09 日本式意思の疎通「察しろよ」
文字数 2,546文字
「ああやって倒しゃいいんだ」
紅蓮の鳳凰が呆然と呟く。
確かに彼らのパーティも集団で一匹に狙いを定め倒すという戦法を取っていたが、そのやり方はもっと大雑把で全員が散らばって誰かが目の前を通るネズミを叩くという、少々強引というか運任せなやり方だったからである。
他のパーティも多少癖というかパターンを理解しているところはあったが、概ね同じような倒し方をしていた。
ミクロンダンジョンの挑戦者は非合法化以降、基本的にRPGオタクがその大半を占めており、どちらかといえば文科系人間の集まりだった。
彼らはいわゆる体育会系の部活とは縁遠い存在が多く、したがってこの手の戦略にたどり着かなかったようだ。
実際、現場でネズミを追いかけているとなかなか戦略を練るなどといった思考にならないことが多く、人海戦術的に「みんなで倒す」が基本戦略となりやすかった。
「プログラムのパターン変えなきゃ、みんな真似しちゃうな」
彼らの戦い方を見て、店長がうんざりといった口調で呟いた。
「変えちゃうんですか? せっかくいい攻略法が判ったのに」
「当たり前だろ? うちのダンジョンは戦闘主体のダンジョンだぞ、効率的な必勝パターンがばれちまったら変更するに決まってんだろが」
「この後の敵は必勝パターンのないタイプもいるんだし、コレッくらいいいでしょう? ねぇ、店長」
「だーめ。そろそろギルドのパーティもだいたい攻略終わってるし、ダンジョン作り直そうかと思ってたしな」
「おぉ!」
会場がどよめいた頃、冒険者たちは宝箱の中身を確認しラバーグリップが巻かれたペンのような金属の棒を手に入れていた。
「……何に使うんだろうな?」
宝箱を開けたサスケから手渡されたジュリーは一方の端を持ってフリフリと振ってみせる。
「……判りませんがこの手のアイテムは意味もなく配置はされないものです。きっと何かで必要になるんだと思うんですけど……さて」
「じゃあゼンが持っててくれ」
手渡した棒を懐にしまったのを確認した後でサスケに視線を向けると、彼は地図への書き込みを終えていた。
「行くか」
呼吸を整えたジュリーが宣言すると冒険者はいつもの隊列で通路を進む。
次の扉も木製で鍵穴などは見当たらない。
丸い木製のドアノブを回し扉を開けると狭い部屋に五体のオークが一列に並び、その後ろに木製の扉があった。
ダンジョンに配置されている機械制御の怪物は基本的に省電力の観点からドアの開閉が起動スイッチになっていて、目の前のオークもドアを開けることで起動したようだ。
背面の扉を守るように手に持った棍棒を振り回している。
「オレが一人でやる」
剣を抜き部屋へ入ろうとするジュリーの肩を掴み、ロムが言う。
「いや、サスケと協力すべきだな」
「なんでだよ?」
タイプ的にはオーソドックスなシステムで移動もせずに武器を振り回しているように見える。
ゼンはロムの意図を量 るようにしばらくオークを観察し、口を開いた。
「なるほど、ロムの助言に従うべきです」
「だからどうして?」
「固定されてないからですよ」
「なに?」
「狭い部屋に横一列に並んでいます。一見固定されていると錯覚しがちですが、固定されていると奥の扉へ行けません」
ゼンの説明にサスケも気づいたようだ。
「なるほど、可能性の問題でござるな。拙者はサポートに回ろう」
元々の日本語の性質でもあるのだが、オタク同士の会話は時に相手も自分と同等の知識を有している前提で行われるため、得てして主語・指示語など本来言わなければならない言葉を省略しがちである。
サスケの言葉もゼンとの意思疎通は成っていたが、ジュリーとの間には成立していない。
「真ん中を狙うのは下策でござるな。端から狙うのが良かろう」
「オレは納得してねぇぞ」
「つまりですね、そのオークは可動式なんですよ。これは状況的に見て確実です。移動してくれなければ我々は奥の扉へ行けないからです」
「それは理解した」
「ここからはあくまで可能性の問題ですが、可動式のオークが固定されているかのように不自然に並べられている理由があるのではないかと言うことです」
「言いたいことが判ってきたぞ、動いて囲んで来るんじゃないかって話だな?」
「その通り、故に拙者がサポートに回ろうと言うのである」
「完全に囲まれたら俺が助けるから」
「判った。だけどロムの手は借りない! な? サスケ」
芝居がかった言い回しで力強く宣言するジュリーにうなずくサスケ。
サスケもジュリー同様戦闘に対しての不甲斐なさには忸 怩 たる思いがあったのだ。
サスケは百八十センチを超える恵まれた体躯を持っている。
小さな頃からクラスでは後ろの方だった。
しかし運動では目立った活躍はできなかった。
中学の頃までは三人の中で唯一の運動部に所属していたのだが、体が大きいだけでは大成はしなかった。
中学の三年間は所属していたバスケットボール部で結局レギュラーになれなかったどころか試合にも満足に出してもらえなかった。
上手くなるためにと様々な文献を読み漁ったあたりにオタクの片鱗は確かにあったかもしれない。
結果、出会ったのが整体であり、オタク趣味としてのRPGだった。
高校時代はジュリーやゼンなどとTRPGにのめり込み、運動とは無縁の生活になっていた。
ミクロンダンジョンの嚆 矢 「小さな迷宮からの脱出」がボードゲームの老舗メーカーE社から発表された時は、イノベーターとして挑戦している。
そもそも運動の苦手なゼンやジュリーと違って運動部出身の自負みたいなものはあった。
しかし結果は惨憺 たるもので、初挑戦では第一階層もクリアできずリタイア。
それが結果として三人がミクロンダンジョンにのめり込む要因になったと言えるわけだが、その後ジュリーの妹レイナを加えいくつかのダンジョンを攻略するうちに役割分担ができて、それを当たり前のように受け入れてきた自分に対する情けなさにもつながっている。
紅蓮の鳳凰が呆然と呟く。
確かに彼らのパーティも集団で一匹に狙いを定め倒すという戦法を取っていたが、そのやり方はもっと大雑把で全員が散らばって誰かが目の前を通るネズミを叩くという、少々強引というか運任せなやり方だったからである。
他のパーティも多少癖というかパターンを理解しているところはあったが、概ね同じような倒し方をしていた。
ミクロンダンジョンの挑戦者は非合法化以降、基本的にRPGオタクがその大半を占めており、どちらかといえば文科系人間の集まりだった。
彼らはいわゆる体育会系の部活とは縁遠い存在が多く、したがってこの手の戦略にたどり着かなかったようだ。
実際、現場でネズミを追いかけているとなかなか戦略を練るなどといった思考にならないことが多く、人海戦術的に「みんなで倒す」が基本戦略となりやすかった。
「プログラムのパターン変えなきゃ、みんな真似しちゃうな」
彼らの戦い方を見て、店長がうんざりといった口調で呟いた。
「変えちゃうんですか? せっかくいい攻略法が判ったのに」
「当たり前だろ? うちのダンジョンは戦闘主体のダンジョンだぞ、効率的な必勝パターンがばれちまったら変更するに決まってんだろが」
「この後の敵は必勝パターンのないタイプもいるんだし、コレッくらいいいでしょう? ねぇ、店長」
「だーめ。そろそろギルドのパーティもだいたい攻略終わってるし、ダンジョン作り直そうかと思ってたしな」
「おぉ!」
会場がどよめいた頃、冒険者たちは宝箱の中身を確認しラバーグリップが巻かれたペンのような金属の棒を手に入れていた。
「……何に使うんだろうな?」
宝箱を開けたサスケから手渡されたジュリーは一方の端を持ってフリフリと振ってみせる。
「……判りませんがこの手のアイテムは意味もなく配置はされないものです。きっと何かで必要になるんだと思うんですけど……さて」
「じゃあゼンが持っててくれ」
手渡した棒を懐にしまったのを確認した後でサスケに視線を向けると、彼は地図への書き込みを終えていた。
「行くか」
呼吸を整えたジュリーが宣言すると冒険者はいつもの隊列で通路を進む。
次の扉も木製で鍵穴などは見当たらない。
丸い木製のドアノブを回し扉を開けると狭い部屋に五体のオークが一列に並び、その後ろに木製の扉があった。
ダンジョンに配置されている機械制御の怪物は基本的に省電力の観点からドアの開閉が起動スイッチになっていて、目の前のオークもドアを開けることで起動したようだ。
背面の扉を守るように手に持った棍棒を振り回している。
「オレが一人でやる」
剣を抜き部屋へ入ろうとするジュリーの肩を掴み、ロムが言う。
「いや、サスケと協力すべきだな」
「なんでだよ?」
タイプ的にはオーソドックスなシステムで移動もせずに武器を振り回しているように見える。
ゼンはロムの意図を
「なるほど、ロムの助言に従うべきです」
「だからどうして?」
「固定されてないからですよ」
「なに?」
「狭い部屋に横一列に並んでいます。一見固定されていると錯覚しがちですが、固定されていると奥の扉へ行けません」
ゼンの説明にサスケも気づいたようだ。
「なるほど、可能性の問題でござるな。拙者はサポートに回ろう」
元々の日本語の性質でもあるのだが、オタク同士の会話は時に相手も自分と同等の知識を有している前提で行われるため、得てして主語・指示語など本来言わなければならない言葉を省略しがちである。
サスケの言葉もゼンとの意思疎通は成っていたが、ジュリーとの間には成立していない。
「真ん中を狙うのは下策でござるな。端から狙うのが良かろう」
「オレは納得してねぇぞ」
「つまりですね、そのオークは可動式なんですよ。これは状況的に見て確実です。移動してくれなければ我々は奥の扉へ行けないからです」
「それは理解した」
「ここからはあくまで可能性の問題ですが、可動式のオークが固定されているかのように不自然に並べられている理由があるのではないかと言うことです」
「言いたいことが判ってきたぞ、動いて囲んで来るんじゃないかって話だな?」
「その通り、故に拙者がサポートに回ろうと言うのである」
「完全に囲まれたら俺が助けるから」
「判った。だけどロムの手は借りない! な? サスケ」
芝居がかった言い回しで力強く宣言するジュリーにうなずくサスケ。
サスケもジュリー同様戦闘に対しての不甲斐なさには
サスケは百八十センチを超える恵まれた体躯を持っている。
小さな頃からクラスでは後ろの方だった。
しかし運動では目立った活躍はできなかった。
中学の頃までは三人の中で唯一の運動部に所属していたのだが、体が大きいだけでは大成はしなかった。
中学の三年間は所属していたバスケットボール部で結局レギュラーになれなかったどころか試合にも満足に出してもらえなかった。
上手くなるためにと様々な文献を読み漁ったあたりにオタクの片鱗は確かにあったかもしれない。
結果、出会ったのが整体であり、オタク趣味としてのRPGだった。
高校時代はジュリーやゼンなどとTRPGにのめり込み、運動とは無縁の生活になっていた。
ミクロンダンジョンの
そもそも運動の苦手なゼンやジュリーと違って運動部出身の自負みたいなものはあった。
しかし結果は
それが結果として三人がミクロンダンジョンにのめり込む要因になったと言えるわけだが、その後ジュリーの妹レイナを加えいくつかのダンジョンを攻略するうちに役割分担ができて、それを当たり前のように受け入れてきた自分に対する情けなさにもつながっている。