12 神の審判

文字数 2,003文字

 ロムは、うたた寝をしているフリをしながらタイミングを伺っていた。

「よかった。まだ来てなかったっすね」

 何が? 大体の想像はついている。
『下町の迷宮亭』では機材を使って冒険の様子をモニタリングしていた。
ここでは直接ダンジョンを開いて様子を覗こうというのだろう。
しかし、そんなに簡単に最上階にたどり着くというのだろうか?

「お?」

「エレベーター動き出しましたね」

「タイミングバッチリじゃねぇか」

「そうっすね」

 そして、別の声が聞こえて来た。

「さぁ、始めようぜ、オタクども」

 ミクロンシステムで縮小された人特有の高周波数帯の音だ。

「オラ、行くぞてめぇら!」

 なるほど、その声が仲間を促して(ロム)の仲間を襲おうとしているようだ。

「典型的な悪役のセリフだな、おい」

 目を開けたロムは、声の主に向けて軽蔑の色をのせ言い放つ。
 ダンジョンを覗き込んでいた二人の男が困惑と訝しさを浮かべた視線をこちらに向ける。
 こいつらはどうでもいい。
 問題は……と、インテリ武闘派を目で追う。
 男は小首を傾げながらこちらを値踏みするように睨みつけていた。

「兄貴」

「ちょっと厳しいぞ」

 あご髭の男に声をかけられた男は眼鏡を外しながらいう。
 向こうもこちらの実力を測りかねているようだ。
 眼鏡を机に置くと軽くステップを踏む。
 そのフットワークはボクシングか。
 ロムは腰を落とし呼吸を整える。

「拳法か」

 男は胸より下で軽く拳を握り、ロムは脇を締めて縦拳を構える。
 静かな戦いは始まった。
 目の前の男との戦い自体はこれでいい。

不戦而(戦わずして)
 屈人之兵(人の兵を屈するは)
 善之善者也(善の善なる者なり)

 である。
 ようは無事にここから帰ることができればいいのだ。
 しかし、他の二人は戦わずして勝つとはいかないだろう。
 ダンジョンアタックしている四人のことも気がかりだ。
 実力で戦っての勝敗ならば仕方ないが、開放したダンジョンはただ上から覗き込むというだけではない気がする。
 神のごとく上から介入するような行為は許されない。
 あの二人こそなんとかしなければいけないのではないか。
 ロムはそう思い始めていた。

「兄貴、ちゃっちゃっとやっちゃってくださいよ」

 数分の睨み合いが続いていた。
 しびれを切らしたあご髭の男が勝負を急かす。
 彼には二人がただ睨み合っているだけに見えるのだろう。
 茶金髪の男は(はな)からロムが目障りだったのだろう。
 イライラを隠そうともしなくなり、ついに実力でもって排除する選択をした。
 それがどれほど愚かな選択か(ロムにとっては有り難い限りだったが)思い知るのに十秒とかからなかった。
 実力差を測れないことは勝負の世界では致命的だ。
 スポーツと違って運の入り込む余地はほとんどない。
 戦闘で運の要素が作用するのは実力が拮抗しているか、慢心や驕りが招くものだ。
 この状況下でロムが慢心するはずもなく、男が不用意に彼の間合いに入ったまさに瞬間の出来事だった。
 ロムは男を見もしない。
 目にも止まらない早さでみぞおちに裏拳一発叩き込むと何事もなかったように元の構えに戻って目の前の男と対峙する。
 急所を撃ち抜かれた男は悶絶し、あご髭の男が激昂して襲ってくるのも無造作にさばいてこれもみぞおちに掌底を叩き込む。
 こちらは「うむ」と呻くこともできず気を失った。

「やめだ、やめ」

 それを見た最後の男がステップをやめ、呆れたように言葉を紡ぐ。

「ここまで実力差があるんじゃやるだけ無駄だ。お前、よく無名でいられるな」

 正直な話、ロムは彼がいうほど実力に差があるとは思っていない。
 ガチで殴り合えば双方ともに大ダメージを受ける結果になるに違いないと踏んでいる。
 やはり見た目通りインテリな傾向にあるようだ。
 無駄な争いはしない。
 そういう域の人間なんだと思われる。

「そもそも、ここは本来不良の溜まり場だ。あいつらのガス抜きにミクロンシステムを使っていただけなんだ。それをどっから嗅ぎつけてくんのかお前らみたいな趣味人がやってくる。やり合った後はここには来んなと脅しつけてやってんのに、なぜか挑戦者が後を絶たない」

 そっから先は堰を切ったように愚痴がとめどなく溢れてくる。
 それを「はぁ……」と多少迷惑そうな顔でロムが聞いていると、やがて闘技場(ダンジョン)から縮小された人特有の高い声が聞こえてくる。

「チッ! 何やってんだよ! 他の奴らみんなやられちまっただろうが! さっさとこいつらつまめよ!」

「あぁ、ゲームオーバーだ。お前らの勝ちだよ」

 男は、そう言って縮小世界の戦闘に神の審判(ジャッチメント)を下した。
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