03 ミクロンシステム、それは悲劇と希望の結晶

文字数 2,750文字

 「こ存じの通り……」と話し始めた彼の話は次のようなものだ。

 そもそもにおいて「ミクロン」とはゲームの名ではなく、その名の示す通り有機生命体を十分の一に縮小するシステムの名称であり、近年人口の爆発的増加による土地および食料問題が深刻化した某新興国が、その対策として秘密裏に計画・遂行した極秘国家プロジェクトによって発明されたものである。
 独裁政権が崩壊して人体実験が行われていたことが判明すると、縮小された被験者を元に戻す技術が必要であると人道的見地から世界中の学者・技術者が研究を進め、八年がかりでリバースエンジニアリングを完成させた。
この生命体縮小復元システムを世界で初めて商用としてゲームに利用しアスレチックRPGと銘打ってリリースされたたのがボードゲームの老舗メーカーE社の「小さな迷宮からの脱出」通称ミクロンダンジョンである。
 ミクロンシステムという巨大なコンピューター及び縮小復元機、十分の一スケールのミニチュアとはいえダンジョンも広い設置場所が必要な上に高額なプレイ料金、半日に及ぶ煩雑なプレイ前準備。
にもかかわらず連日大行列ができる人気となったこのゲームは、今回ゲームエクスポに出展し彼らの眼の前でブースを構えているジーンクリエイティブ社を始め多くのメーカーが参入、今やゲーム業界最大の激戦区となっている。

「──つまりダンジョンフィールドと呼ばれるミニチュアの中で謎解きや戦闘などアスレチック的なことをするわけですが……ここまで説明すればもうお判りですよね?」

 と、ローブ男はさも弘武を誘う理由が自明の理であるかのように語りかけてくるが、何のことやらさっぱり理解できない。
弘武が素直にそれを口にすると少女は頭を抱え、青年戦士とロープ男は「なぜ判ってくれないのか?」と口をあんぐり開けていた。

「運動能力を評価したのでござる。そなたなら戦える……と」

 それまで無言で腕を組み、立っていただけの忍者男が口を開いた。
彼もまた忍者になりきっているつもりなのか時代劇のような芝居がかった話し方である。
 弘武は(ござると来たか)と鼻白む。

「はぁん。でも、見かけ倒れだったらどうする?」

 興味はある。
 提案は実に魅力的だ。
 しかし、どうにも胡散臭い。
だから弘武はそんな言い方で相手の反応をうかがってみた。

「拙者、整体師見習いでござる。診立(みた)てだけは師匠にも一目置かれてござる」

 百八十センチ以上あるだろう忍者男はただでさえ低音でぼそぼそとした話し方であるのにさらに()(きん)で口元が覆われているので聞き取りにくかったが、しっかりと力強く言い切った。

「まぁいいや。っていうかむしろ願ったり叶ったりだ。よろしく」

 こんなチャンスは滅多にない。
これ以上渋っても時間の無駄であり、場合によっては交渉決裂と判断される可能性もある。
弘武はあっさり受け入れた。
 交渉成立だ。

「じゃあ自己紹介だ。オレは珠木理、ジュリーと呼んでくれ」

と、青年戦士が親指で自分の胸をトントンと指す。

「三田善治です。ゼン……とでも呼んでください」

「よ……よろしく…………」

 差し出された手を握り返し戸惑いながらも返答した弘武が、最も怪しく見える忍者男に視線を向ける。

「サスケと申す」

 彼は一言つぶやいただけで組んだ腕を解こうともしない。

「え、えーと…………」

 (まとめてメンドクセー)と思いつつ一等まともに見える少女に向き直ると、彼女は愛くるしい大きな眼で真っ直ぐこちらを見上げて心地いい響きを持った声でこういった。

「私は(たま)()(れい)()。お兄ちゃんと区別するために名前で呼んで。まぁ、お兄ちゃんを『ジュリー』って呼ぶなら珠木でもいいけど」

 歯切れが良く聞き取りやすい快活さを感じる声色だ。
それでいて中性的な感じもない。
自然で飾り気のない物言いにもかかわらず育ちの良ささえ感じられる。
ジュリーを自称する痩せ気味で芝居掛かった青年の妹とは思えないと弘武は二人を見比べた。
するとなるほど確かに顔の造りなど全体的な雰囲気は似ているようでまず兄妹に違いない。

「で? 君は?」

 そんな弘武にジュリーは一切(とん)(ちゃく)する様子がない。

「あ・あぁ、伊達弘武」

 弘武がそう答えるとなぜかグループにしばしの沈黙が訪れた。
 最初にそれを破ったのは忍者男サスケだった。

「拙者、伊達者は気に入らぬ」

「真田十勇士の(かたき)みたいなものですからね」

 などと弘武の理解できない

なやり取りを繰り広げる様は彼に(イっちゃったオタって本ト面倒な人種だな)などと感想を抱かせる。

「変な人達でしょう? 凝り性で私にまでこんな格好をさせて……」

 レイナが申し訳なさそうに弘武に近づき両手を大きく広げてみせる。
その衣裳センスは確かに流行とは大きく掛け離れてはいたけれど、若草色をベースにした素朴な色遣いと女性らしいラインを生み出しながら決して機能性を損なわないデザインが調和した彼女によく似合うものだった。

「自分の知っている事は当然他の人も知っているつもりで話すから、時々判らない事もあるのよね。でも、みんないい人だよ。優しいし。だから……ね? ……あは、何言ってるか判んないね」

 弘武には言いたいことが判っている。
世間の人が思うほど彼らは変質的ではない。
それを判ってほしいと言っているのだと。
 彼はわずかに目を細めてそれに応えた。

「では、ロムはいかがでござる? ひろむの『ひ』を取ってロム」

「いいですね」

 と、言う訳でロムというニックネームをつけられてしまった。

「いいの?」

 と、玲奈が聞いてくる。

「別に」

 弘武はそっけなく答えた。
 いい気はしないがとやかく言うほどのものでもない。
彼にしてみれば「どう呼ばれようが自分は自分だ」という想いがある。

「ロムねぇ……」

 ジュリーは複雑な表情で頭を掻いてみせる。
それは無意識というより、やはり芝居がかって見える。

「何か問題でも?」

 ローブ姿のゼンに訊ねられ、独り言のようにこう呟いた。

「んーん……レイナにロムの組み合わせがどうにも…………」

 (なるほど)とゼンは思い至るが「ジュリーもシスコンの()があるのですね」と突っ込むのは野暮と思い敢えて聞こえなかったふりをした。

「ま。いいや、行こうぜ、ダンジョンアタック」

 受付に向かって歩き出したジュリーに新しい仲間ロムを加えた冒険者たちはついて行く。
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