07 本来なら憧れの無双展開と奈落の迫が意味すること
文字数 2,250文字
「数多すぎだろ!」
悪態をつく蒼龍騎の足が一歩後ずさる。
一体一体は弱くとも数が多いゾンビとの戦いで、最初に音をあげたのは蒼龍騎の左腕だった。
疲労が溜まって腕が上がらなくなったのか、目に見えて手数が減っていた。
その結果、ゾンビの前進圧力に堪えきれずに後退を余儀なくされているのだ。
「サスケ、蒼龍騎と交替してください」
ゼンは得 物 の刃渡りが短く間合いの近いサスケに指示を出す。
一拍遅れて反応したサスケは蒼龍騎を右肩で押し出すようにポジションを替える。
押し出された蒼龍騎が前に来たことで一時手の空いたジュリーが、サスケがいなくなったことで空いたスペースから押し出してくるゾンビを迎撃して陣形を立て直す。
しかし、余力の残っている二人と違って先陣で疲れている蒼龍騎は押し出されてくるゾンビを捌き切れないのか、ジリジリと陣形が崩れかける。
その蒼龍騎の外、左の壁際からゼンが杖の石突きで援護の攻撃を繰り出す。
陣形的には鋒矢陣から左が少し厚い魚鱗陣に変化したと言えるだろうか?
とにかくこれでなんとか持ちこたえることに成功し、そのまま最後まで凌 ぎ切った。
「もう右も左も手が上がんねぇ」
戦闘終了後、サスケが地図の作成でゾンビの数や通路の距離を測っている間、蒼龍騎は足を投げ出し背中を丸めて脱力していた。
「気を抜くな」といってもこれは無理からぬことだったかもしれない。
事件後、数度のダンジョンアタックで改めて自分たちの戦闘力のなさを実感したジュリーたちは、千葉のダンジョンからパーティに加わったロムに指導を仰ぐ形でほぼ毎日剣を振り続けてきた。
わずかひと月ふた月とはいえ腕が上がらなくなるまで振り込んできた成果は着実に彼らの血肉となり、蒼龍騎との体力差となって顕 れた。
もちろんそれは付け焼き刃だ。
ただただ迫ってくるだけの人形だったから、底上げされた体力が尽きる前に倒せたにすぎない。
単純な機械制御の人形だったから通用したにすぎない。
そういう自覚が彼らにはある。
だからこの状況で慢心することなどあり得なかった。
「この先もこんなか?」
通路の奥、目の前に開いた非常階段への入り口のような扉をくぐり先ほどと同じ構造の階段を降りる。
拍子抜けするくらいあっさりとクリアできてしまうフロアはしかし、階層という概念で作られた既存のダンジョンとはかけ離れていた。
少なくとも縮小前に見たダンジョンの外観サイズは小さめとはいえこんなマンション然とした奥行きではなかった。
「RPGというくくりで考えれば階層を上がったり下がったりというのも特別なことではありませんが」
それはタイムアタック的なアトラクションであるミクロンダンジョンの構造としてはそぐわないとゼンは続ける。
下から上へと昇っていくという従来のスタイルを踏襲していないことも気にかかる。
サスケの作成している地図の大部分を占める未踏領域には一体どんな罠が仕掛けられているのか?
「蒼龍騎、腕は上がるか?」
階段を下り切ったところでジュリーが訊ねる。
「またあんな大群相手にするってんなら不安だけど、戦えなくはない」
「状況次第ですが隊列を変えましょう。ジュリーを先頭にサスケ、私、蒼龍騎の一列縦隊です。いいですか?」
「構わぬ」
ジュリーも頷き扉を開く。
そしてここでも彼らは当惑することになる。
通路の先には大部屋の控え室のような空間が扉もなく彼らを待っていた。
怪物が仕込まれている様子もなく、単なる控え室を模した空間らしい。
正面奥には扉がある。
そこを開けると暗い通路が伸びていて、通路の先に部屋がありそうだった。
ゼンはその通路を歩きながら胸騒ぎを覚える。
(扉の向こうは倉庫のような場所ではないでしょうか?)
そんな予想通り、扉の先は倉庫のようだった。
ここもそういう意匠というだけで何かが仕掛けられているというわけでもない。
倉庫は他に出口もなく、ある種の行き止まりになっている。
「隠し扉か何かを探すってわけだな?」
ジュリーが壁を探そうと歩き出すのをゼンが止める。
「どうしたんだ?」
「すいませんが、サスケが配置図を書き終えるまで待っていてもらえませんか」
「何かあるのでござるか?」
「えぇ、嫌な予感です」
そんなゼンをちらりと一瞥したサスケは、それきり何も言わずに黙々と地図に書き込んでいく。
手持ち無沙汰なジュリーとまだだるさを感じている蒼龍騎は邪魔にならない場所に腰を下ろし、ゼンは倉庫の中央あたりに顔を青くしながら立ってサスケを目で追っていた。
ほどなく配置図が完成すると、四人は額を集めて地図を見る。
「やはりここは奈落ですね……」
「奈落って『奈落の底』のあの奈落?」
蒼龍騎が確認するのに頷いたゼンは青ざめた顔で続ける。
「配置物の何かが迫 になっています」
言いながら地図と実物を見比べながら一面が開放された大きな箱を指差した。
「あぁ、あれでしょう」
その箱の上を見上げるとなるほどその箱の大きさほどの穴が天井に空いていた。
期せずして全員がこの状況が何を意味するのかに気づいてしまった。
「相手が本物の生き物じゃなきゃいいな」
乾く唇を無意識にひと舐めして、ジュリーはその箱に乗り込む決意を固めた。
悪態をつく蒼龍騎の足が一歩後ずさる。
一体一体は弱くとも数が多いゾンビとの戦いで、最初に音をあげたのは蒼龍騎の左腕だった。
疲労が溜まって腕が上がらなくなったのか、目に見えて手数が減っていた。
その結果、ゾンビの前進圧力に堪えきれずに後退を余儀なくされているのだ。
「サスケ、蒼龍騎と交替してください」
ゼンは
一拍遅れて反応したサスケは蒼龍騎を右肩で押し出すようにポジションを替える。
押し出された蒼龍騎が前に来たことで一時手の空いたジュリーが、サスケがいなくなったことで空いたスペースから押し出してくるゾンビを迎撃して陣形を立て直す。
しかし、余力の残っている二人と違って先陣で疲れている蒼龍騎は押し出されてくるゾンビを捌き切れないのか、ジリジリと陣形が崩れかける。
その蒼龍騎の外、左の壁際からゼンが杖の石突きで援護の攻撃を繰り出す。
陣形的には鋒矢陣から左が少し厚い魚鱗陣に変化したと言えるだろうか?
とにかくこれでなんとか持ちこたえることに成功し、そのまま最後まで
「もう右も左も手が上がんねぇ」
戦闘終了後、サスケが地図の作成でゾンビの数や通路の距離を測っている間、蒼龍騎は足を投げ出し背中を丸めて脱力していた。
「気を抜くな」といってもこれは無理からぬことだったかもしれない。
事件後、数度のダンジョンアタックで改めて自分たちの戦闘力のなさを実感したジュリーたちは、千葉のダンジョンからパーティに加わったロムに指導を仰ぐ形でほぼ毎日剣を振り続けてきた。
わずかひと月ふた月とはいえ腕が上がらなくなるまで振り込んできた成果は着実に彼らの血肉となり、蒼龍騎との体力差となって
もちろんそれは付け焼き刃だ。
ただただ迫ってくるだけの人形だったから、底上げされた体力が尽きる前に倒せたにすぎない。
単純な機械制御の人形だったから通用したにすぎない。
そういう自覚が彼らにはある。
だからこの状況で慢心することなどあり得なかった。
「この先もこんなか?」
通路の奥、目の前に開いた非常階段への入り口のような扉をくぐり先ほどと同じ構造の階段を降りる。
拍子抜けするくらいあっさりとクリアできてしまうフロアはしかし、階層という概念で作られた既存のダンジョンとはかけ離れていた。
少なくとも縮小前に見たダンジョンの外観サイズは小さめとはいえこんなマンション然とした奥行きではなかった。
「RPGというくくりで考えれば階層を上がったり下がったりというのも特別なことではありませんが」
それはタイムアタック的なアトラクションであるミクロンダンジョンの構造としてはそぐわないとゼンは続ける。
下から上へと昇っていくという従来のスタイルを踏襲していないことも気にかかる。
サスケの作成している地図の大部分を占める未踏領域には一体どんな罠が仕掛けられているのか?
「蒼龍騎、腕は上がるか?」
階段を下り切ったところでジュリーが訊ねる。
「またあんな大群相手にするってんなら不安だけど、戦えなくはない」
「状況次第ですが隊列を変えましょう。ジュリーを先頭にサスケ、私、蒼龍騎の一列縦隊です。いいですか?」
「構わぬ」
ジュリーも頷き扉を開く。
そしてここでも彼らは当惑することになる。
通路の先には大部屋の控え室のような空間が扉もなく彼らを待っていた。
怪物が仕込まれている様子もなく、単なる控え室を模した空間らしい。
正面奥には扉がある。
そこを開けると暗い通路が伸びていて、通路の先に部屋がありそうだった。
ゼンはその通路を歩きながら胸騒ぎを覚える。
(扉の向こうは倉庫のような場所ではないでしょうか?)
そんな予想通り、扉の先は倉庫のようだった。
ここもそういう意匠というだけで何かが仕掛けられているというわけでもない。
倉庫は他に出口もなく、ある種の行き止まりになっている。
「隠し扉か何かを探すってわけだな?」
ジュリーが壁を探そうと歩き出すのをゼンが止める。
「どうしたんだ?」
「すいませんが、サスケが配置図を書き終えるまで待っていてもらえませんか」
「何かあるのでござるか?」
「えぇ、嫌な予感です」
そんなゼンをちらりと一瞥したサスケは、それきり何も言わずに黙々と地図に書き込んでいく。
手持ち無沙汰なジュリーとまだだるさを感じている蒼龍騎は邪魔にならない場所に腰を下ろし、ゼンは倉庫の中央あたりに顔を青くしながら立ってサスケを目で追っていた。
ほどなく配置図が完成すると、四人は額を集めて地図を見る。
「やはりここは奈落ですね……」
「奈落って『奈落の底』のあの奈落?」
蒼龍騎が確認するのに頷いたゼンは青ざめた顔で続ける。
「配置物の何かが
言いながら地図と実物を見比べながら一面が開放された大きな箱を指差した。
「あぁ、あれでしょう」
その箱の上を見上げるとなるほどその箱の大きさほどの穴が天井に空いていた。
期せずして全員がこの状況が何を意味するのかに気づいてしまった。
「相手が本物の生き物じゃなきゃいいな」
乾く唇を無意識にひと舐めして、ジュリーはその箱に乗り込む決意を固めた。