05 天敵
文字数 2,025文字
ジュリーは部屋に入った瞬間、何かに絡め取られた。
「サスケ、入るな!」
とっさに叫ぶも時すでに遅く、サスケもその何かに絡め取られた後だったようだ。
それは糸だった。
しなやかで強靭、粘性があって彼らの体の自由を奪っている。
強引に引きちぎることが出来ないほどではないが、もがけばもがくほど周りの糸に絡まり文字通り自らの首を絞めることになる。
「これは……」
ゼンがその様子を呆然と見つめながら呟く。
規則的で幾何学的な模様を織り成す糸の網。
もうここに何がいるのかは明らかだ。
問題はどんな種かだ。
部屋を見回すと一面に張られた巣の中心部に地味目な涅色 の、腹の丸く大きな蜘蛛がいた。
見た目で三十センチを超えていそうだが、蟻などと違いミクロンシステムで巨大化されているわけではないだろう。
だがこれは最大のピンチだ。
ゼンは肩口にロムを振り返る。
彼はすでに鳥肌もあらわに小刻みに震えていた。
どんなトラウマがあるのか知らないがそれはロムの唯一と言っていい弱点だったのだ。
しかし、この状況ではもうロムに頼る他はない。
「ロム」
ジュリーはなんとか手にしていた日本刀を投げてよこす。
「ロム」
ゼンが声をかける。
ゼンでは勝てない。
ロムも頭では判っている。
ゼンも自身の運動神経を言い訳に剣の稽古を避けていたわけではない。
彼もまた精一杯剣をを振ってきているのだ。
しかし、悲しいかな二人のようには実戦で戦えるほど上達していなかった。
おそらく一時的に自分の身を守る程度にはなっているだろう。
でも相手を倒せる剣術には到達していない。
「戦えるのはあなただけなんです。お願いします」
自身の不甲斐なさは十分承知している。
だからこそロムに頼む理不尽さに心が痛む。
「ア レ ら は一般的に獲物の動きを封じるため、麻痺毒を持っていると言われています。普通なら効くものではありませんが、我々は十分の一に縮小されていますから影響がないとも言い切れません。それに、私も咬 まれたことがあるのですが……痛いんですよ、かなり」
今や二人とも身動きが取れないほど絡まっている。
揺れの収まった巣の中心から蜘蛛が音もなく二人に近づいてくる。
感情の読めない八つの目と威圧的な模様が恐怖感と嫌悪感を彼らに与える。
ロムは全身が総毛立ち小刻みに震えているのを自覚していた。
呼吸も浅く速くなっている。
額には玉のような汗、背筋にも冷や汗が一筋流れたのを感じる。
(たかが三十センチ)
そう言い聞かせるが、普段五ミリに満たない蜘蛛でさえ飛び上がり悲鳴をあげて逃げ出すロムにはなかなか気力が湧いてこない。
本来なら戦術を練るためにも相手を観察しなければならないが、その姿を視界に入れることさえ体が受け入れない。
足を一本二本落としただけじゃダメだ。
突いても虫は簡単に絶命しない。
やはり頭部と胸部を区切る頸溝 部で切り離すのが最善だろう。
しかし、そのためには側面に回らなければいけない。
目の前一面に広がる巣網を避けながらそれが出来るのか?
いや、そもそももう考えている時間がない。
ロムは意を決し、ジュリーが造った日本刀の切れ味と自分の技量に鍛え上げた膂 力 を信じる一種の賭けに出た。
震える喉で大きく息を吸うと丹田 に意識を集中しながら呼吸する。
空手の呼吸法である息 吹 だ。
一時的に震えが止まり気が満ちる。
拾い上げた日本刀で手近な縦糸を切断すると、巣網は張力 の均衡 を崩す。
それに反応して動きを止めた鬼蜘蛛に対し、大上段から垂直に押し込むように雄 叫 び上げて斬り下ろす。
その斬撃は刀の鋭利さとロムの技量を背景に対象を文字通り一刀両断した。
ゼンは蜘蛛の亡骸をロムの視界に入らないように部屋の隅に移動すると、蜘蛛の糸に絡みとられている二人を救出する。
「助かった……」
未だまとわりつく糸を払いながら、ジュリーが息を吐く。
「大丈夫でござるか?」
訊ねられたロムはゾクリと身を震わせて頷いた。
「すぐに出発した方がいいな」
「そうですね……」
緑 青 が全体を覆っている青銅の扉には鍵がかかっているが鍵穴はない。
これも東京のダンジョンと同様である。
壁を調べるとやはりスイッチとなるレンガを見つけることが出来た。
解錠し扉を開くと生臭い湿った空気が肌にまとわりつく。
「隊列は?」
ジュリーが通路に足を踏み入れる前にゼンを振り返る。
「まだロムに頼るのですか?」
「…………」
「腹を括るでござる」
二人に促され、ジュリーは最終エリアに一歩を踏み出した。
「サスケ、入るな!」
とっさに叫ぶも時すでに遅く、サスケもその何かに絡め取られた後だったようだ。
それは糸だった。
しなやかで強靭、粘性があって彼らの体の自由を奪っている。
強引に引きちぎることが出来ないほどではないが、もがけばもがくほど周りの糸に絡まり文字通り自らの首を絞めることになる。
「これは……」
ゼンがその様子を呆然と見つめながら呟く。
規則的で幾何学的な模様を織り成す糸の網。
もうここに何がいるのかは明らかだ。
問題はどんな種かだ。
部屋を見回すと一面に張られた巣の中心部に地味目な
見た目で三十センチを超えていそうだが、蟻などと違いミクロンシステムで巨大化されているわけではないだろう。
だがこれは最大のピンチだ。
ゼンは肩口にロムを振り返る。
彼はすでに鳥肌もあらわに小刻みに震えていた。
どんなトラウマがあるのか知らないがそれはロムの唯一と言っていい弱点だったのだ。
しかし、この状況ではもうロムに頼る他はない。
「ロム」
ジュリーはなんとか手にしていた日本刀を投げてよこす。
「ロム」
ゼンが声をかける。
ゼンでは勝てない。
ロムも頭では判っている。
ゼンも自身の運動神経を言い訳に剣の稽古を避けていたわけではない。
彼もまた精一杯剣をを振ってきているのだ。
しかし、悲しいかな二人のようには実戦で戦えるほど上達していなかった。
おそらく一時的に自分の身を守る程度にはなっているだろう。
でも相手を倒せる剣術には到達していない。
「戦えるのはあなただけなんです。お願いします」
自身の不甲斐なさは十分承知している。
だからこそロムに頼む理不尽さに心が痛む。
「
今や二人とも身動きが取れないほど絡まっている。
揺れの収まった巣の中心から蜘蛛が音もなく二人に近づいてくる。
感情の読めない八つの目と威圧的な模様が恐怖感と嫌悪感を彼らに与える。
ロムは全身が総毛立ち小刻みに震えているのを自覚していた。
呼吸も浅く速くなっている。
額には玉のような汗、背筋にも冷や汗が一筋流れたのを感じる。
(たかが三十センチ)
そう言い聞かせるが、普段五ミリに満たない蜘蛛でさえ飛び上がり悲鳴をあげて逃げ出すロムにはなかなか気力が湧いてこない。
本来なら戦術を練るためにも相手を観察しなければならないが、その姿を視界に入れることさえ体が受け入れない。
足を一本二本落としただけじゃダメだ。
突いても虫は簡単に絶命しない。
やはり頭部と胸部を区切る
しかし、そのためには側面に回らなければいけない。
目の前一面に広がる巣網を避けながらそれが出来るのか?
いや、そもそももう考えている時間がない。
ロムは意を決し、ジュリーが造った日本刀の切れ味と自分の技量に鍛え上げた
震える喉で大きく息を吸うと
空手の呼吸法である
一時的に震えが止まり気が満ちる。
拾い上げた日本刀で手近な縦糸を切断すると、巣網は
それに反応して動きを止めた鬼蜘蛛に対し、大上段から垂直に押し込むように
その斬撃は刀の鋭利さとロムの技量を背景に対象を文字通り一刀両断した。
ゼンは蜘蛛の亡骸をロムの視界に入らないように部屋の隅に移動すると、蜘蛛の糸に絡みとられている二人を救出する。
「助かった……」
未だまとわりつく糸を払いながら、ジュリーが息を吐く。
「大丈夫でござるか?」
訊ねられたロムはゾクリと身を震わせて頷いた。
「すぐに出発した方がいいな」
「そうですね……」
これも東京のダンジョンと同様である。
壁を調べるとやはりスイッチとなるレンガを見つけることが出来た。
解錠し扉を開くと生臭い湿った空気が肌にまとわりつく。
「隊列は?」
ジュリーが通路に足を踏み入れる前にゼンを振り返る。
「まだロムに頼るのですか?」
「…………」
「腹を括るでござる」
二人に促され、ジュリーは最終エリアに一歩を踏み出した。