02 たとえ非合法でもそれ以外にたどるすべもなく

文字数 2,857文字

「それでわざわざここに部屋を借りたのか?」

「いいえ、ここを借りたのは偶然です。条件が良かったんですよ、我々にとって」

「しかし、あれだけの事故に巻き込まれたのにまだ潜る気なのか?」

「あぁ、妹を探す唯一の手かがりだからな」

 事故からわずか一ヶ月でミクロンシステムが世界的に民生利用できなくなるという極めて異例の事態となった「ゲームエクスポミクロンダンジョン崩壊事故」。
 比較的軽傷だった三人は事故から二週間後に退院すると、捜査に進展が見られない警察とは別に独自でレイナの行方を捜し始めた。
 レイナを連れ去った(レッド)(ドラゴン)はどこへ行ったのか?
 事故の経過を調べる過程でまずジーンクリエイティブ社の()(さん)(くさ)さに行き着いた。
 起業後わずか二年足らずのベンチャー企業だというのに資金が妙に潤沢だったし、複数の大学病院などと共同研究開発していたとアナウンスされていたその共同研究機関が事件後、口を揃えて依頼された実験データの精査以上のことはしていないと声明を出していた。
 その後を追跡しようにも事件の責任を取る形で廃業すると全く足取りが追えなくなり、一度行き詰まったのが事故から三ヶ月経った頃。
 時を同じくしてミクロンプレーヤーの間で非合法のミクロンダンジョンが噂になり始めた。
 噂を頼りに行き着いた神奈川のダンジョンは二度のアタックでクリアできず、三度目の前に摘発された。
 その後見つけた山梨のダンジョンも一度挑戦した翌日に摘発され今はない。
 ロムがパーティに加わったのは年が明けてすぐ、この部屋を借りてからである。
 三人がバラバラに動いていては効率が悪いということで話し合い、すでに一人暮らしだったゼンとサスケに実家暮らしだったジュリーが、ネット環境完備の4LDK家賃十二万円以内という条件で見つけた物件である。
 直後、茨城にあるダンジョンを見つけてアタックすると決めた際、ゼンがロムを加えることを強く主張した。
 ゼンは自身が退院する際、ネズミに左肩を噛まれるなど全治三ヶ月だった彼と連絡先を交換していて、こちらからは月に一度くらい進展を知らせてもいた。
 実は最初の神奈川のダンジョンにアタックする時にも誘っていたのだが、その際は「もう少し時間をくれ」と断られていたのだ。
 だが、都合三度のダンジョンアタックで結果的に一度もクリアできなかったことに危機感を持ったゼンが、是非にと頼んで参加してもらったのだ。
 結果は難なく完全制覇。
 続く千葉のダンジョンでもあの危険な虫たちをかわしてゴールへ導いてくれた。

「この間行ったダンジョンのマスターとはちょっと親しくさせてもらってなぁ」

 三人はあの後、ダンジョンの全面改修を格安で行なった。
 ほとんど採算度外視といってもいいくらいのリニューアルは、ゼンが手がけたシナリオ設計だけで一ヶ月。
 夏休みをまるまる潰して怪物(モンスター)を造形したり、巧妙に仕掛けた(トラップ)などを常連客にテストプレイしてもらうなど綿密にバランス調整した。
 アスレチック的な要素をふんだんに取り入れつつ、散りばめられた高難度の謎解き(リドル)をそれと判るように施されたヒントと巧妙に隠したヒントで解かせる宝探しのシナリオは、容易にクリアできないようにできていた。
 絶妙なバランスで練られたシナリオに常連冒険者たちは満足し、二度三度と挑戦するようになったようだ。
 ちなみにリニューアルから二十日ほど、未だロムたち以外でクリアできたパーティはないという。
 店主(マスター)には報酬の代わりにダンジョンを探してもらった。
 簡単に探り当てたダンジョンは警察にも容易に把握されていたようで既に摘発されていたものが多く、もっとも不確実な情報を頼りに三人が追跡調査をしてようやく探り当てたのが、自分たちの住む部屋の目の前のオモチャ屋だったわけだ。

「頼む、オレたちを紹介してくれ」

 目の前のダンジョンはおそらく目的の、ジーンクリエイティブ社とは接点のないダンジョンだろうと、内偵を進めた段階でその健全性(非合法活動にこの表現もどうかと思うが)から判っていた。
 彼らが彼らがオモチャ屋のダンジョンに期待しているのは、店主の情報網とダンジョンアタックの経験値を上げることだったのだ。
 特にジュリーは戦闘場面での実力(能力と経験)の圧倒的不足を痛感している。
 虫を相手にしたあの苦い経験で思い知らされたのは、仮に妹レイナの手がかりを見つけたとしてあれほどの惨事を引き起こした組織(組織的な黒幕がいなければありえない周到な

だったと彼らは思っている)から助け出せないという厳然たる事実だった。
 今はロムの忠告に従って毎日サスケとともに木刀による素振りを繰り返して型と体幹を鍛え、防具や道具に改良を加えている。
 わずか数ヶ月ではあったがその成果は出てきた。
 少なくともレイナに頼っていた頃の彼らではない。
 今なら彼女に頼ってクリアしたダンジョンも三人だけでクリアできるかもしれない。
 しかし、それでは足りない。
 自分たちで作ったシナリオ・マップではいくらアタックしても意味がない。
 彼らが必要としているのは実戦だった。
 不測の事態に対する咄嗟(とっさ)の対処、未知の敵との遭遇戦での条件の判らない中での勝利。
 そういった実戦での経験が何よりも必要だったのだ。
 思いつめたような真剣なジュリーたちの眼差しにうつむき、じっと何かを考えていた蒼龍騎(さわさき)は決意の表情を浮かべて顔を上げた。

「判った。お前たち三人を……」

 言いかけた言葉を遮ったのは昔ながらの呼び鈴の音だった。

「あれ? まだ話し中だったんだ」

 と、言いながらリビングに入ってきた学生を見上げ、蒼龍騎は金魚のように口をパクパクさせる。

「あー、初めまして。あらかた話を聞いてるんならご存知でしょうが改めまして、伊達弘武です」

「あ・(わり)ぃ、お前のことは端折(はしょ)ってるわ」

 ドラマのワンシーンのような決めの台詞を邪魔された蒼龍騎は、気負いすぎていた自分に恥ずかしさがこみ上げてきたようで、オタク感のあるこもった笑い声をあげて三人を振り返った。

「判った判った。四人を招待するよ」

 決断をした後の蒼龍騎の行動は早かった。
 携帯端末で連絡を取るとその日のうちに四人をオモチャ屋へ連れて行く。
 店主との話し合いが終わり紹介を受けた四人は翌月の第一日曜日にダンジョンアタックできることになった。

「確かに(レッド)(ドラゴン)(さら)われた少女の目撃情報は多い。衆人環視の中の出来事だったからな。にもかかわらず足取りがつかめない。確かによくよく考えると不思議な話だ。ダンジョンアタックの当日までにこっちでもちょっと調べてみよう」

 帰り際、店の店主はそう約束してくれた。
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