12 命を賭けた攻防

文字数 2,915文字

「判った」

 頷いたジュリーは正眼の構えから脇構えに構え直す。
 構えが定まったのを横目で確認したロムは、長い棍を威嚇がてら頭上で大きく旋回させると、低い姿勢で警戒レベルを跳ね上げたキメラに向かって突き出した。
 反応はなかなかに俊敏で、体長以上に高く飛び上がると着地と同時にこちらに飛びかかってくる。
 その攻撃を棍で迎え撃つこともできたのだが、突き出した棍を引き戻すこともせずジュリーがキメラを払う様を凝視する。
 脇構えから跳ね上げられた刀は、着地とともに飛び退ったキメラにキレイに(かわ)された。
 うまいもんだとロムは感心し、タイミングが悪かったとジュリーは落胆する。
 ロムは、多分よほど不意をついても今のジュリーの斬撃では皮一枚斬れるかどうかだと踏んだ。
 それほど相手の反応はいい。
 いや、ジュリーの斬撃が遅いのだ。
 まだまだ刀に振り回されている。
 防御に徹すればしばらくは一対一でも凌げるかもしれない。
 それくらいには上達している。
 しかし、始動から振り切るまでの速度がまだ足りない。
 予備動作も大きく斬撃とスムーズに連動していないから見切りやすい。
 キメラに野生動物の勘が働くのかは判らないけれども、これだけの反射速度と追随性能があればジュリー一人では勝ち目はない。

(さて……)

 ロムは改めて対キメラの戦略を練る。
 反応の仕方は犬というより狐に近い。
 その反応を山猫然とした太い肢体が力強く補強している。
 明らかに遺伝子操作されたキメラ合成体だが、各部位の反応はスムーズで違和感がない。
 非常に厄介だ。
 このキメラがこのサイズで実寸なのか縮小されたものなのかは知りようもないが、仮に実寸が本来の山猫(リンクス)サイズだったとしたら接近戦は()(めん)(こうむ)りたい所だ。
 今でもできれば戦いたくない。
 しかし、倒さなければ先へ進めない。
 追い散らしてもまた接敵する可能性がある。
 不意を突かれて襲われたら厄介なので、手負いにして逃すなどもってのほかだった。
 出来れば一撃で倒したい。
 どこなら出来る?
 ロムは人体の急所である正中線を目の前のキメラに当てはめていく。
 なるほど四つ足の生き物はうまい具合に急所が隠れている。
 人類は直立二足歩行をすることで手を空け、文明を築き上げてきた代わりに急所をさらけ出すことになったようだ。
 天倒(てんとう)()(けん)(じん)(ちゅう)……直接狙えそうなのはこの三箇所。
 あとはせいぜい顎を跳ね上げて喉を狙うくらいだろうか。
 手数が増えれば失敗する可能性も反撃の隙を作るリスクも増える。
 ロムは狙いを眉間一つに定め、意識をキメラのみに集中する。
 研ぎ澄まされた感覚がキメラを捉える。
 相手も最大の脅威が彼だと認識しているようで意識の大部分をこちらに向けているようだ。
 ゆっくりと時間をかけて息を吸い、しばし息を止めていたロムはほんの一瞬ほぅと息を吐く。
 それを隙と見たのか、キメラはタッと彼めがけて飛び込んできた。
 ロムはそのキメラめがけて予備動作をほとんど感じさせない突きを繰り出した。
 真っ直ぐ飛び込んでくるキメラ目掛けて繰り出したロムの突きは、縮小された世界であることを差っ引いても達人の域に達していたかも知れない。
 合成生物にも命の危機に反応する本能はあったのか、眉間目掛けて繰り出された棍による突きを顔を背けることで避ける。
 もちろん急所を避けただけであり、攻撃自体を避け切れたわけではない。
 しかし、必殺を狙った突きをかわしたことには違いない。
 大きく仰け反り肩から地面に倒れ込むキメラに対して、ロムはもう一度突きを放つ。
 彼にしても一撃で倒せるなどと自分を過大評価してはいない。
 最初から二段突きの構えだったのだ。
 ただ最初は同じ所を二度狙うつもりだった目標を、()()り倒れたことによって晒された腹部へ咄嗟に変更している。
 流石に正確に急所を狙うことはできなかったが、腹部なら内蔵に打撃が通りやすいだろうという判断だ。
 その目論見は半ば当たったが、彼の思っていたほどの効果は得られなかった。
 キメラは外見的には致命的な怪我を負っているようには見えなかったが、ダメージは小さくないはずだ。
 攻撃を受けた右目の下を盛んに気にしていたし、痛みのせいか動きが少し鈍くなっているようではある。
 しかし、姿勢を低くして威嚇する態勢は崩しておらず、逃走の気配はない。

「逃げないのか……」

「ある意味助かるけどね」

 ロムはジュリーに視線を向けず返す。
 手負いにして逃すなんて最悪の事態である。
 彼は再び突きの構えでキメラを見据える。

「集中しないと襲われるから気をつけろ」

「オレに来るのか?」

「不利な場面で強いのと弱いの、狙うならどっちにする?」

「うわぁ……」

 ジュリーは言葉にならない呻き声を漏らし、改めて切っ先をキメラに向け直した。
 実際には時と場合による。
 事実、目の前の怪物は最初にロムを襲ってきた。
 最大の脅威が彼だと認識していたからだ。
 ロムさえ倒せばどうとでもなる。
 そういう戦力分析だったのだろう。
 今はこの状況を変える必要があるはずで、逃げる選択をしていないのだから次の行動は弱い方を先に倒すという戦略だろうというのがロムの見立てなのだ。
 そして、再び神経のすり減るヒリヒリとする睨み合いが始まる。
 が、今度は違った。
 カツン
 という軽い小さな音がキメラの背後で鳴る。
 キメラの耳がピクリと動く。
 ロムはその変化に気づいたが、ジュリーはいっぱいいっぱいだったためだろう全く気づいていない。
 コツン
 今度は少し大きな音がした。
 キメラの意識がわずかにそちらに動いたのが判る。
 あまり間を置かず、今度はパラパラとたくさんのものが落ちる音が同じ場所から聞こえてきた。
 流石にここまでくればジュリーにも気がついた。
 隙と言えばこれほど無防備な隙はなかっただろう。
 しかし、本能だったのかキメラも一瞬、後ろを振り返った。
 この隙をロムが見逃すはずがない。
 一撃必殺を狙った突きがキメラの喉笛に入る。

「ジュリー!」

 ゼンの声がダンジョン内にこだまするほどの大きさで彼を呼んだ。
 キメラがダメージから立ち直るよりわずかに早くジュリーが察して踏み込んだ。
 自身を奮い起こすのと相手を威嚇するために甲高い大きな声を発し、大上段から斬りおろした切っ先には外しようのない大きさでキメラの胴が横たわっている。
 恐怖でわずかに踏み込みは甘かったが、確かに腹を切り裂いた。
 筋肉と皮膚によって押し込められていた腸が鮮血とともにぶちまけられる。
 返り血を浴び、その鼻をつく臭いに何も残っていないはずなのに再び込み上げて来るものを強引に押さえ込み、再び刀を振り上げたところでサスケに後ろから止められ、後衛に引き退らせられた。

「止めを……止めを刺さなきゃ……」
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