09 戦場を貫く一陣の疾風
文字数 2,721文字
それはまさに突撃だ。
進路の邪魔になるコボルドもオークさえもかき分けるように突き進む。
楔を打ち込まれたように分断された怪物たちは棍に突かれたものは不意の衝撃で無様に倒れたり、隙が生まれて戦士たちに打ち倒される。
その攻撃スタイルは棍というよりもはや槍だった。
ロムは意図的に中国武術の棍としてではなく、白兵戦最強兵器とも言える槍の有用性を示して見せているのだ。
その意図は少し離れたところで戦場を観察していたゼンに確かに伝わっていた。
「やりますね、ロム」
「あいつがやるのは判ってただろうに」
サイクロプスが一体倒されたことによって戦況は有利のうちに終息に向かっていて、この辺りにはもう襲って来る敵もいない。
それでも一応警戒は怠らずに周囲に目配せしているジュリーもチラリとロムを探す。
「いえ戦闘そのものではなく、戦術的観点で言ってるんですよ」
「戦術?」
「この戦場、ファンタジー過ぎると思いませんか?」
ゼンはニタニタしながら戦場を見渡す。
ジュリーはうんちく開陳が始まったと苦い顔をしながらそれに付き合う。
「陣形戦術が利用されているのに使用武器がRPG的というか、ダンジョンアタックの延長というか」
「言っている意味が判らねぇ」
「なるほど」
唸ったのはサスケである。
そこは流石に忍者マニアと言うべきか。
「歴史的に考えれば戦場の主力武器は、洋の東西を問わず弓と槍でござる」
「おお」
ジュリーもようやく合点がいったらしい。
「私もRPGオタクなせいか、妙な先入観というか固定観念に囚われていましたが、槍であればもっと安全で柔軟な戦術で戦える可能性があります。少なくともあのコボルド・オーク程度ならローリスクで退けられますよ」
「サイクロプスと戦っている連中抜きでもでござるか?」
「ええ、指揮官さえいれば」
「なら……」
ジュリーの顔に湧き上がる期待が浮かぶ。
「ええ」
ゼンはロムが二体目のサイクロプスの目を突いたのを見届けながら頷いた。
それは彼らにとって青天の霹靂であった。
サイクロプス攻略の決め手に欠いて膠着していた戦闘に割って入ってきた棍が、ひと突きでサイクロプスの目を潰したのである。
直後に飛び込んできた少女が痛みに叫び声をあげるサイクロプスの喉を一閃する。
「レイナ!?」
最初にそれを認知したのはアリカだった。
「後はよろしく」
青年はサイクロプスの戦闘不能を確認するとその場を離脱した。
「とどめ刺しといてね」
呆気にとられている四人に付け足すようにそう言ったレイナも彼の後に続く。
まるで一陣の突風である。
シュートとネバルが慌ててサイクロプスにトドメを刺す。
「圧倒的じゃないか」
と、つぶやいたのは二人の背中を見送るイサミだった。
最後のサイクロプスはまだ戦意を失っていなかった。
全身に切り傷を無数に受けていたが、どれも致命的な深さには達していない。
振り回される棍棒にクロもコーも踏み込みきれないためだ。
牽制役のヒビキには疲労の色が見て取れる。
いつも長期戦になる。
コーは意を決してクロとヒビキに視線を送る。
クロはわずかに眉根を寄せ、ヒビキは怒りをあらわにする。
「それはダメだ!」
ヒビキが何に怒っているのか、実のところコーは勘違いしている。
コーが無茶な突撃でサイクロプス戦に決着をつけてきたのは一度や二度じゃない。
その都度戦線離脱を余儀なくされているコーに事あるごとに苦言を呈して来ることから、戦略としての自分の役割についてもっと考えろとでも言いたいのだろうと思っていた。
「しかたねーじゃん!」
現状を打破するには戦況を大きく動かす一手が必要だ。
今日はサイクロプスが三体もいる。
味方の加勢を待ってはいられないどころか、早くもう一体を抑えなければいけないのだ。
三人の中では彼の実力が一格落ちる。
二人にこんなことはさせられない。
意を決して突撃をしようとしたその時だ。
緊迫した戦場にいるとは思えない調子で背後から声がかけられた。
「それは戦術的にも愚策だけど、恋愛査定的にもマイナスだなぁ」
振り返るとそこには棍を構えた新入りの青年とレイナがいた。
サイクロプスはコーの隙を捉えて棍棒を振り上げる。
「コーちゃん!」
ヒビキが叫ぶのとほぼ同時にロムが単眼に棍を突き入れる。
クロがすかさずトドメを刺すとロムが笑顔を彼に向けてきた。
「さすが、本物の武道家は違う」
クロがロムと正対すると、彼は真正面からその視線を受け止めた。
「言いたいことがあるようだな」
クロの問いかけにロムは頷く。
「いいだろう。後で会合を開こう」
「ありがとうございます」
深くお辞儀をすると彼はレイナとともに仲間の元へ去って行く。
「あ、待って」
「ここはもういい、彼に話があるなら後を追うといい」
言われてヒビキも頭を下げて二人の後を追う。
戦況を見回し、あらかた戦闘が終わっているのを確認したコーがクロのそばに寄ってくる。
「助けられたな」
「ですね。今後だいぶ楽になりますよ」
「……どうかな」
刀を振って血を飛ばし、鞘に収めるとクロは事後処理に向かう。
追いついたヒビキは二人を呼び止める。
振り返ったロムに対して少し躊躇した後、こう言った。
「助けてくれてありがとう」
すると、彼は少し意地悪げにニヤリと笑いかけてきた。
「誰をですかね?」
「意外と意地悪なんだね」
「そうかな?」
レイナに言われて頭をかくロムは、あっさり話題を変えてきた。
「いつもこんな戦い方をしてきたんですか?」
「え? あ、ああ。それがどうした?」
「非効率でハイリスクだなぁと思って」
ロムも御多分に洩れずオタクの端くれであり、毒舌なところがある。
もっともそれを自覚しており、場合によって意図的に利用しているあたりタチが悪いと自分自身思っていた。
「効率的でローリスクな戦い方があると言いたいのか?」
「当然です」
その自信に溢れた返答にほんの少し苛立ちを漏らしたヒビキではあったが、反論はせずこちらも別の話題をふってきた。
「ロムだっけ? あたしと勝負してくれない?」
「今じゃなければいいですよ」
ロムも興味がある。
やってみなければ判らない。
そんなレベルの相手なのだ。
「あ、ただし武器なしで」
と、付け加えるのを忘れない。
進路の邪魔になるコボルドもオークさえもかき分けるように突き進む。
楔を打ち込まれたように分断された怪物たちは棍に突かれたものは不意の衝撃で無様に倒れたり、隙が生まれて戦士たちに打ち倒される。
その攻撃スタイルは棍というよりもはや槍だった。
ロムは意図的に中国武術の棍としてではなく、白兵戦最強兵器とも言える槍の有用性を示して見せているのだ。
その意図は少し離れたところで戦場を観察していたゼンに確かに伝わっていた。
「やりますね、ロム」
「あいつがやるのは判ってただろうに」
サイクロプスが一体倒されたことによって戦況は有利のうちに終息に向かっていて、この辺りにはもう襲って来る敵もいない。
それでも一応警戒は怠らずに周囲に目配せしているジュリーもチラリとロムを探す。
「いえ戦闘そのものではなく、戦術的観点で言ってるんですよ」
「戦術?」
「この戦場、ファンタジー過ぎると思いませんか?」
ゼンはニタニタしながら戦場を見渡す。
ジュリーはうんちく開陳が始まったと苦い顔をしながらそれに付き合う。
「陣形戦術が利用されているのに使用武器がRPG的というか、ダンジョンアタックの延長というか」
「言っている意味が判らねぇ」
「なるほど」
唸ったのはサスケである。
そこは流石に忍者マニアと言うべきか。
「歴史的に考えれば戦場の主力武器は、洋の東西を問わず弓と槍でござる」
「おお」
ジュリーもようやく合点がいったらしい。
「私もRPGオタクなせいか、妙な先入観というか固定観念に囚われていましたが、槍であればもっと安全で柔軟な戦術で戦える可能性があります。少なくともあのコボルド・オーク程度ならローリスクで退けられますよ」
「サイクロプスと戦っている連中抜きでもでござるか?」
「ええ、指揮官さえいれば」
「なら……」
ジュリーの顔に湧き上がる期待が浮かぶ。
「ええ」
ゼンはロムが二体目のサイクロプスの目を突いたのを見届けながら頷いた。
それは彼らにとって青天の霹靂であった。
サイクロプス攻略の決め手に欠いて膠着していた戦闘に割って入ってきた棍が、ひと突きでサイクロプスの目を潰したのである。
直後に飛び込んできた少女が痛みに叫び声をあげるサイクロプスの喉を一閃する。
「レイナ!?」
最初にそれを認知したのはアリカだった。
「後はよろしく」
青年はサイクロプスの戦闘不能を確認するとその場を離脱した。
「とどめ刺しといてね」
呆気にとられている四人に付け足すようにそう言ったレイナも彼の後に続く。
まるで一陣の突風である。
シュートとネバルが慌ててサイクロプスにトドメを刺す。
「圧倒的じゃないか」
と、つぶやいたのは二人の背中を見送るイサミだった。
最後のサイクロプスはまだ戦意を失っていなかった。
全身に切り傷を無数に受けていたが、どれも致命的な深さには達していない。
振り回される棍棒にクロもコーも踏み込みきれないためだ。
牽制役のヒビキには疲労の色が見て取れる。
いつも長期戦になる。
コーは意を決してクロとヒビキに視線を送る。
クロはわずかに眉根を寄せ、ヒビキは怒りをあらわにする。
「それはダメだ!」
ヒビキが何に怒っているのか、実のところコーは勘違いしている。
コーが無茶な突撃でサイクロプス戦に決着をつけてきたのは一度や二度じゃない。
その都度戦線離脱を余儀なくされているコーに事あるごとに苦言を呈して来ることから、戦略としての自分の役割についてもっと考えろとでも言いたいのだろうと思っていた。
「しかたねーじゃん!」
現状を打破するには戦況を大きく動かす一手が必要だ。
今日はサイクロプスが三体もいる。
味方の加勢を待ってはいられないどころか、早くもう一体を抑えなければいけないのだ。
三人の中では彼の実力が一格落ちる。
二人にこんなことはさせられない。
意を決して突撃をしようとしたその時だ。
緊迫した戦場にいるとは思えない調子で背後から声がかけられた。
「それは戦術的にも愚策だけど、恋愛査定的にもマイナスだなぁ」
振り返るとそこには棍を構えた新入りの青年とレイナがいた。
サイクロプスはコーの隙を捉えて棍棒を振り上げる。
「コーちゃん!」
ヒビキが叫ぶのとほぼ同時にロムが単眼に棍を突き入れる。
クロがすかさずトドメを刺すとロムが笑顔を彼に向けてきた。
「さすが、本物の武道家は違う」
クロがロムと正対すると、彼は真正面からその視線を受け止めた。
「言いたいことがあるようだな」
クロの問いかけにロムは頷く。
「いいだろう。後で会合を開こう」
「ありがとうございます」
深くお辞儀をすると彼はレイナとともに仲間の元へ去って行く。
「あ、待って」
「ここはもういい、彼に話があるなら後を追うといい」
言われてヒビキも頭を下げて二人の後を追う。
戦況を見回し、あらかた戦闘が終わっているのを確認したコーがクロのそばに寄ってくる。
「助けられたな」
「ですね。今後だいぶ楽になりますよ」
「……どうかな」
刀を振って血を飛ばし、鞘に収めるとクロは事後処理に向かう。
追いついたヒビキは二人を呼び止める。
振り返ったロムに対して少し躊躇した後、こう言った。
「助けてくれてありがとう」
すると、彼は少し意地悪げにニヤリと笑いかけてきた。
「誰をですかね?」
「意外と意地悪なんだね」
「そうかな?」
レイナに言われて頭をかくロムは、あっさり話題を変えてきた。
「いつもこんな戦い方をしてきたんですか?」
「え? あ、ああ。それがどうした?」
「非効率でハイリスクだなぁと思って」
ロムも御多分に洩れずオタクの端くれであり、毒舌なところがある。
もっともそれを自覚しており、場合によって意図的に利用しているあたりタチが悪いと自分自身思っていた。
「効率的でローリスクな戦い方があると言いたいのか?」
「当然です」
その自信に溢れた返答にほんの少し苛立ちを漏らしたヒビキではあったが、反論はせずこちらも別の話題をふってきた。
「ロムだっけ? あたしと勝負してくれない?」
「今じゃなければいいですよ」
ロムも興味がある。
やってみなければ判らない。
そんなレベルの相手なのだ。
「あ、ただし武器なしで」
と、付け加えるのを忘れない。