02 実験とビジネス
文字数 2,671文字
中は三階までの吹き抜けとなったエントランス。
天井には電灯色のシャンデリアが飾られ、大理石が敷き詰められた作りになっている。
「少々お待ちを」
と、案内されたのは応接室だろう。
程なく戻ってきた彼の後から先ほどの二人組のもう一人と、彼らより少し年配の男が二人入ってきた。
「ようこそ、勇敢なる冒険者諸君」
豪奢なテーブルを挟んで冒険者たちは家人と対峙する。
三人がけのソファにはクロとゼン。
その後ろにジュリー、サスケ、コーが警戒しながら立つ。
対する男たちは自分たちは丸腰にも関わらず、彼らから武器を取り上げることもせずソファにどっかと腰を下ろしている。
「まぁ、気楽に気楽に」
窓からの日差しを横顔に浴びながら、年配の男が声をかける。
ゼンは素早く値踏みする。
クロより年上だろうか、腹が出ていて運動不足が見て取れる戦闘には不向きな体型だ。
その両脇に控えている二人もそれほど強そうには見えない。
「さて、こちらから話さなければ先に進まないでしょうね。何から話しましょうか……ふむ」
「ここがどこなのかからお伺いしてもよろしいですか?」
ゼンが促すと男はわずかに鼻で笑って質問に質問で返してくる。
「皆さんはミクロンシステムがいかにして産まれたかご存知ですか?」
「某新興国家が、独裁政権時代に増え続ける人口によって食糧問題などが深刻化したため、その解決策として考えられたものだったと聞いています」
「素晴らしい! もう十年以上前のことなので若いプレイヤーには歴史的経緯を知らないものも多いというのに……」
そこまで言った男は表情を消してわずかに声を低くした。
「我々はね、当時の人体実験の是非はともかく彼らの理想を高尚だと思っているのだよ。ところが、世論というものはどうにも保守的でいけない。やれ安全性がどうの人道的にこうのと全く困ったものだ。なんだね? 君達もそんな目で睨むのか……やれやれ。君達だってミクロンダンジョンのプレイヤーだろう。ゲームを楽しんでいたんじゃないのかね?」
「ゲームは楽しんでいました。しかし、ここは……」
ゼンの言葉を遮るように男は恍惚の表情で言う。
「ゲームだよ。命のやり取りをする。最高に刺激的なゲームじゃあないか」
「あなたは……」
開いた口が塞がらないゼンに変わってクロがいつもよりドスの効いた声で訊ねる。
「では、あなたはここで怪物相手に戦ったことがあるのですか?」
「もちろんないよ。そんな危険なこと、この私がするわけないじゃないか」
「じゃあ!」
「いいかね」
激昂したコーを手で制し、男は自分の主張を滔々と語る。
それはまるで自分は何一つ間違っていないと確信しているようだった。
「我々が行なっているのは実験とビジネスだ。十分の一世界で人は自立して生活できるのか? これは問題なく行えそうだ。君達が、君達の仲間が今なお証明し続けている。外敵の存在があれば団結することも証明された。多少不満があっても協力する必要性があれば団結するというのはプロパガンダやスローガンを引き合いに出せば判ってもらえるかね?
実際、優秀なミクロンプレイヤーというそれだけの条件で集められた不特定な、わずか数百人の集団が一つの街で曲がりなりにも大きな衝突なく暮らしている。十分な成果だ」
「……ビシネスとは?」
眉間にしわを寄せながらも努めて冷静でいようと心がけているクロが訊ねる。
男は右の口角だけを歪めるニヤリといやらしい笑みを浮かべて、ソファの背にもたれる。
「君たちは我々が作った怪物 どもをどう思った?」
言ってぐるりと部屋の中にいる男たちを見回し発言を待つが、冒険者たちは沈黙を守る。
「知っての通り、今や人間が生きていくために必要不可欠な産業は七割が機械化されている。おそらく今世紀中に人類は生きていくために労働する必要がなくなるだろう」
「生きることに汲々とすると人は確かに荒みますが、目的もなく退屈すると腐るようですね」
「辛辣だね。だが真理だ。我々はその腐った人間を相手にビジネスをしようとしているのだよ」
「どういうことか判るか?」
コーが隣にいるサスケに小声で訊ねる。
どうやらこの場で判っていないのは自分だけのようだとコーはみた。
おそらく先の体験がなければサスケにもジュリーにも思い至らなかったかもしれない。
しかし、彼らは実際に狂戦士 の墓標亭で、闘技場 での残虐な殴り合いを楽しんでいた男たちの存在を知っている。
そもそも闘技場の歴史自体がそれを証明していると言ってもいい。
サスケに教えられ、コーが再び怒りをあらわにする。
しかし、目の前の男は悪びれる様子もなくこうも言う。
「金持ちの道楽もそうだが、君たちに対しても刺激的なゲームを提供する用意をしているのだよ。二十世紀末コンピュータのスペックアップとインターネット技術の確立で始まったMMORPGは、その後の技術の発展によってモニター表示の2Dから3D化、視覚のみのVR化を経て今や完全VRが定着している。しかし、V《バーチャル》R《リアリティ》は所詮仮想 現実 だ。のめり込むと現実の生活が破綻すると言う問題点は二十一世紀初頭には既に指摘されていた。フルダイブによって没入感が高まったことによって社会問題化も深刻だ。いいかね? 君たちミクロンプレイヤーは健全なんだよ。我々はVRMMO RPG プレイヤー に仮想現実のゲーム世界ではなく、実生活をそのまま営める十分の一のゲーム世界を提供しようとしているのだよ」
男は自分の構想に酔っているのか、恍惚の表情を浮かべて滔々と理想を語っていく。
そこに唐突にノックする音が聞こえ、不躾に扉が開かれた。
「おやおや、千客万来だ。君たちのお仲間だろうね」
男は表情も態度も変えることなく、にこやかに来客を招き入れた。
三人は視線だけを左右に振ってクロたちの後ろに回る。
「そうだ、飲み物すら用意してなかったね。これは不作法だ」
そういって男たちが出ていく。
「よくここが判ったな」
コーが言うと、ヒビキキが答える。
「判りやすい足跡つけてきたからね」
それから冒険者はそれぞれの情報の突き合わせを行い、それぞれが難しい顔をして黙り込むことになった。
天井には電灯色のシャンデリアが飾られ、大理石が敷き詰められた作りになっている。
「少々お待ちを」
と、案内されたのは応接室だろう。
程なく戻ってきた彼の後から先ほどの二人組のもう一人と、彼らより少し年配の男が二人入ってきた。
「ようこそ、勇敢なる冒険者諸君」
豪奢なテーブルを挟んで冒険者たちは家人と対峙する。
三人がけのソファにはクロとゼン。
その後ろにジュリー、サスケ、コーが警戒しながら立つ。
対する男たちは自分たちは丸腰にも関わらず、彼らから武器を取り上げることもせずソファにどっかと腰を下ろしている。
「まぁ、気楽に気楽に」
窓からの日差しを横顔に浴びながら、年配の男が声をかける。
ゼンは素早く値踏みする。
クロより年上だろうか、腹が出ていて運動不足が見て取れる戦闘には不向きな体型だ。
その両脇に控えている二人もそれほど強そうには見えない。
「さて、こちらから話さなければ先に進まないでしょうね。何から話しましょうか……ふむ」
「ここがどこなのかからお伺いしてもよろしいですか?」
ゼンが促すと男はわずかに鼻で笑って質問に質問で返してくる。
「皆さんはミクロンシステムがいかにして産まれたかご存知ですか?」
「某新興国家が、独裁政権時代に増え続ける人口によって食糧問題などが深刻化したため、その解決策として考えられたものだったと聞いています」
「素晴らしい! もう十年以上前のことなので若いプレイヤーには歴史的経緯を知らないものも多いというのに……」
そこまで言った男は表情を消してわずかに声を低くした。
「我々はね、当時の人体実験の是非はともかく彼らの理想を高尚だと思っているのだよ。ところが、世論というものはどうにも保守的でいけない。やれ安全性がどうの人道的にこうのと全く困ったものだ。なんだね? 君達もそんな目で睨むのか……やれやれ。君達だってミクロンダンジョンのプレイヤーだろう。ゲームを楽しんでいたんじゃないのかね?」
「ゲームは楽しんでいました。しかし、ここは……」
ゼンの言葉を遮るように男は恍惚の表情で言う。
「ゲームだよ。命のやり取りをする。最高に刺激的なゲームじゃあないか」
「あなたは……」
開いた口が塞がらないゼンに変わってクロがいつもよりドスの効いた声で訊ねる。
「では、あなたはここで怪物相手に戦ったことがあるのですか?」
「もちろんないよ。そんな危険なこと、この私がするわけないじゃないか」
「じゃあ!」
「いいかね」
激昂したコーを手で制し、男は自分の主張を滔々と語る。
それはまるで自分は何一つ間違っていないと確信しているようだった。
「我々が行なっているのは実験とビジネスだ。十分の一世界で人は自立して生活できるのか? これは問題なく行えそうだ。君達が、君達の仲間が今なお証明し続けている。外敵の存在があれば団結することも証明された。多少不満があっても協力する必要性があれば団結するというのはプロパガンダやスローガンを引き合いに出せば判ってもらえるかね?
実際、優秀なミクロンプレイヤーというそれだけの条件で集められた不特定な、わずか数百人の集団が一つの街で曲がりなりにも大きな衝突なく暮らしている。十分な成果だ」
「……ビシネスとは?」
眉間にしわを寄せながらも努めて冷静でいようと心がけているクロが訊ねる。
男は右の口角だけを歪めるニヤリといやらしい笑みを浮かべて、ソファの背にもたれる。
「君たちは我々が作った
言ってぐるりと部屋の中にいる男たちを見回し発言を待つが、冒険者たちは沈黙を守る。
「知っての通り、今や人間が生きていくために必要不可欠な産業は七割が機械化されている。おそらく今世紀中に人類は生きていくために労働する必要がなくなるだろう」
「生きることに汲々とすると人は確かに荒みますが、目的もなく退屈すると腐るようですね」
「辛辣だね。だが真理だ。我々はその腐った人間を相手にビジネスをしようとしているのだよ」
「どういうことか判るか?」
コーが隣にいるサスケに小声で訊ねる。
どうやらこの場で判っていないのは自分だけのようだとコーはみた。
おそらく先の体験がなければサスケにもジュリーにも思い至らなかったかもしれない。
しかし、彼らは実際に
そもそも闘技場の歴史自体がそれを証明していると言ってもいい。
サスケに教えられ、コーが再び怒りをあらわにする。
しかし、目の前の男は悪びれる様子もなくこうも言う。
「金持ちの道楽もそうだが、君たちに対しても刺激的なゲームを提供する用意をしているのだよ。二十世紀末コンピュータのスペックアップとインターネット技術の確立で始まったMMORPGは、その後の技術の発展によってモニター表示の2Dから3D化、視覚のみのVR化を経て今や完全VRが定着している。しかし、V《バーチャル》R《リアリティ》は
男は自分の構想に酔っているのか、恍惚の表情を浮かべて滔々と理想を語っていく。
そこに唐突にノックする音が聞こえ、不躾に扉が開かれた。
「おやおや、千客万来だ。君たちのお仲間だろうね」
男は表情も態度も変えることなく、にこやかに来客を招き入れた。
三人は視線だけを左右に振ってクロたちの後ろに回る。
「そうだ、飲み物すら用意してなかったね。これは不作法だ」
そういって男たちが出ていく。
「よくここが判ったな」
コーが言うと、ヒビキキが答える。
「判りやすい足跡つけてきたからね」
それから冒険者はそれぞれの情報の突き合わせを行い、それぞれが難しい顔をして黙り込むことになった。