12 軍師の慧眼、怪物の群れを倒す

文字数 3,493文字

 武器のない格闘ならヒビキとロムが怪物に対抗できる程度。
武器を持たせればクロが頭一つ抜けていてヒビキ、ロムあとはシュウトがサイクロプスと一人で戦えるだろう(最も危険を冒すような愚かな戦術は取らない)。
他に一人でも戦えそうなのはコーとレイナ。
この二人なら戦場でも広い視野で上手に立ち回れそうだとやっさんはゼンとクロを交えて話し合っていた。
 集団戦闘のため現在戦闘に支障がない戦士で三人一組の十六班を編成し、四班一組としてイサミ隊・シュート隊・アリカ隊・サタケ隊の四部隊を作り出した。
 これが現在やっさんが指揮する軍団の全容だ。
 これに臨機応変に行動することを許されたクロ・コー・ヒビキとジュリー・サスケ・レイナ・ロムの二遊軍と、頑として指揮下に入らないシュウト隊六人がこの街の現有戦力となる。
 編成に合わせた街の引越しが終わった昨日から軍隊行動訓練を開始したが、もともと陣形行動の経験がある彼らは割と苦もなく演習をこなしていた。

「槍が揃うのはいつ頃になるって?」

 やっさんが問うとクロが答える。

()(けん)(やり)が予備も含めて六十本だったな。柄になる棒は揃ってる。槍頭は折れたりして使えなくなった剣などから流用するそうで数はすぐ揃うだろうと言っていた」

「問題は(なかご)にするのにどれだけ時間がかかるかだろ?」

「ここに来る前に確認した時に完成していたのは七本だった」

 製作ペースが維持できるとしても六十本完成させるのにあと三日はかかる計算になる。

「仮に今襲撃された場合、誰に持たせるんですか?」

 ゼンが顎に親指、鼻先に人差し指を当てながら訊ねると、やっさんは椅子の背もたれに倒れかかって腕を組んだ。

「サイクロプス対策としてコーとヒビキには持ってもらいたいな。最悪ロムは自分の棍を使ってもらうとして後五本か……」

「槍の効果を最大限生かすなら一箇所にまとめて配備する方が良いですよね?」

「最悪竹槍のように柄の先端を鋭角にしておいてもらって出撃という手もあるが」

「そりゃ後で槍頭をはめるのに都合が悪いなぁ」

「揃うまでは今まで通り各自の武器で戦うので良いんじゃないのか?」

「あくまでも今襲撃されたらの話だからな。明日になりゃ後十本は増えてるだろ。サタケ隊を槍部隊にして横陣の一列目に置くことにしよう」

「そんな単純な陣でいいんですか?」

「相手は怪物だろ? 見てた限りてんでに突撃してくるだけだし、二列目にシュート隊アリカ隊を並べておいて素早く鶴翼に展開して押し包んで、イサミ隊にサタケ隊のフォローをさせればコボルド・オークはなんとかなるさ。犠牲も多くは出ないだろ? 出来れば二段構えになるイサミ隊にも槍を持たせたいがな」

 確かに無秩序に突撃してくるコボルドや直線的なオーク相手ならこの戦術であらかた倒せる気がするなとクロは思った。
 こういうものの見方、考え方は個人の武技を頼りにする彼やヒビキには出てこない発想かもしれない。
 特に彼らは映画などで見栄えを優先した演出による個人戦闘的表現に慣れていたため、戦闘陣形の有用性も軽視していたきらいがある。
 やっさんは訓練の最初に「集団戦はできるものに合わせるのではなくできないものに合わせる」と言っていた。
 「足並みを揃える」とはそういうことだと。
 クロは今まで「できないもの」の分は「できるもの」が、つまり自分がより多く受け持てばいいとそう思っていた。
 クロのその態度がコーやネバルたちに無理をさせる結果になっていたのかも知れない。
 これは生死をかけた戦闘だ。
 対サイクロプスなど無理をしなければいけない局面もなくはないが、それをいかに少なくするかを考えるのが指揮官というものだったのかも知れないと今は反省している。

「いずれにせよいつ襲ってくるか判らないんだし、人事を尽くして天命を待つだ。明日は午後に槍術訓練と行こうじゃないか」

 パンと響く柏手を打ってやっさんはお開きの合図とした。





 翌日の午後、槍術訓練までに完成した槍は二十三本。
 合して三十本になった。
 コーとヒビキ、そしてサタケ隊とイサミ隊に支給したのが二十六本。
 残りの部隊には昨日同様棒だけを持たせて槍術の稽古が始まった。
 まずは三人一組、班ごとに息を揃えて振り下ろしたり突いたりする訓練。
 様になると四班一組のそれぞれの隊ごとに息を揃える訓練だ。
 一時間ほど訓練を続けた後、北門外で演習を行うことにした。
 (かね)の打つ数で陣形を変えたり、槍を繰り出す訓練である。
 それを一時間ほど続けていてさて、そろそろ休憩でもとやっさんが考えていた時だ。
 物見櫓で見張りを担当していた男が敵影を確認した。

「やっぱり敵さんにこちらの様子は筒抜けらしいな」

 と呟いたのは北門の上で演習の指揮をとっていたやっさんである。
 左右にいたゼンとクロも頷かざるを得ない。

 北門外で演習を行う。

 やっさんは槍稽古の後の休憩中にそう言った後、二人にだけ聞こえるように「多分演習終盤に敵が来る」と予言めいた発言をしていた。
 どうも確信があったとしか思えない。
 やっさんは素早くゼンに指示を出し三列に横陣を敷かせる。
 昨日言った通り、一列目にサタケ隊二列目にシュート隊とアリカ隊、三列目にイサミ隊だ。
 演習のため、すでに彼らは防具も着ているし自分たちの武器も携帯している。
 クロはサイクロプスの数を確認すると門の階段を素早く駆け下りていく。
 その背中にやっさんが声をかける。

「サイクロプスは遊撃隊に任せたよ」

 クロは小さく右手を上げるだけで振り返りはしない。
 北門前には遊撃隊の六人がすでに準備万端クロを待っていた。

「物見の報告だとオーク三十二体、サイクロプスが二体それぞれケルベロスとみられる合成獣(キメラ)を連れているということです」

「ケルベロス?」

 コーの報告を受け、クロが訊き返す。
 それに答えたのはジュリーだった。

「ギリシャ神話に出てくる三つ首の大型犬で『冥界の入り口を守護する番犬』です」

「なるほど、新手を投入してきたということはこちらの戦術を脅威とみなしたんだな」

「こちらの戦術を?」

 ヒビキはその言葉を聞き咎める。

「あとで話す。今は戦闘に集中だ。オレたちの班は右翼から、君たちは左翼からサイクロプスに当たってくれ」

 そう指示を受け、それぞれが了解を示して門を出ていく。

「シュウトたちは?」

 右から展開しながらクロがコーに訊ねると、今日は出てきていないという。

「そうか……」

 と、独り言のように呟くとクロは目の前の戦闘に集中する。
 シュウトは例の建物の五階から戦況を見つめていた。
 門の上からの合図で陣形を維持しつつ粛々と前進をした部隊はオークたちが突撃を始めると、前衛が槍を倒して突撃に備え足を止める。
 槍の間合いにオークが入ってくるタイミングに合わせて槍を突き出すと、(やり)(ぶすま)にオークが縫い付けられた。
 それを確認したやっさんが二列目を鶴翼に展開させる。
 と同時に後衛が前衛のすぐ後ろについてオークの第二波を受け止める。
 鶴の翼は速やかにオークを取り囲んで長い柄でオークをバシバシと叩く。
 殺傷力は低いが、追い立てられたオークが槍頭のついた殺傷力のある槍に突き殺される様はまさに袋叩きである。
 勝負は一方的に決着した。
 一方、右翼を駆け上がった三人はサイクロプスによって放たれたケルベロスを二本の槍が縫い付けてクロが危なげなく(ほふ)り、サイクロプスもヒビキが目を、コーが胸をついてクロがとどめを刺す。
 今までの苦労が嘘のように危なげない勝利だった。
 他方左翼の四人も気に触る男が棍でケルベロスを牽制している間に忍者と戦士が二つの首を刎ねる。
 とどめを二人に任せて拳法家がサイクロプスへと走り急所である単眼、喉、鳩尾(みぞおち)と突き上げ、後を追ってきたレイナがサイクロプスの後ろに回り込んで膝裏、アキレス腱と斬りつけて行動不能にする。
 ケルベロスにとどめを刺して追いついた戦士と忍者が、レイナとともにサイクロプスにとどめを刺してこちらも無傷で勝利を収めた。
 今日の戦闘はこれ以上ない完勝であった。
 それを見届けたシュウトは仲間と言葉を交わすレイナをしばらく睨むように見つめたあと、無言で部屋を出て行った。
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