ひとときの安息
文字数 2,756文字
最初に気がついたのはやはりというべきだろうか?
むくりと起き上がったロムが靄がかかったようでスッキリしない頭を振ったあと辺りを見回す。
ハリウッドのSF映画でありがちだった白一色の無機質な立方の空間で、天井には部屋全体を照らすLED照明。
部屋の色と照明の明るさで眩しいくらいだ。
部屋の中央に一列に並べられたベッドに寝かされていた三人を見つける。
自分の状態を確認すると、体の状態は麻酔の効果が残っているためか、ふわふわしているのが状態異常として残っているくらいである。
着ていたはずの道着ではなく病院のパジャマのようなものになっている。
腕に注射跡があるがこれは治療のためだろうか?
(どれだけ眠らされていた?)
ふらつく足で立ち上がり三人の状態を確認すると、彼らも同じ格好になっていた。
彼らの戦闘による怪我は軽微なものではあったが、きちんと治療されているようだ。
もっとも傷が治っているわけでもない。
それから推察するに三日と経ってはいないだろう。
とすれば、四人に一様に存在する注射跡は点滴か?
ロムは、隣に寝かされているゼンを揺すり起こしてみる。
麻酔の効果は切れていたようで、ゼンは部屋の眩しさに目をすがめながらむくりと起き上がった。
「……ここは……」
「おはよ。まずは二人を起こそう」
「ああ、ロム。ええ、そうですね」
二人はジュリーとサスケをそれぞれ起こし、ジュリーとゼンのベッドを合わせた上で車座になると、状況の整理を始める。
現状確認できるのは荷物など一切を奪われ、どこか知らない場所(おそらく札幌以外の場所に移されている)に移されて隔離されているということだけ。
「参りましたね」
「想定していたことでござろう」
「まぁ、冒険者をどこかへ連れ去る以上、手がかりになるような情報を与えないというのは当然の配慮でしょうからね」
「武器を取り上げられるのも想定内?」
ロムに訊ねられてゼンは少し気落ちした表情で、それでもやはり考えていたように答える。
「まぁ……我々としてはイタイ事態ですけどね」
長い沈黙が空間を支配する。
「……小さいままだよな?」
ジュリーは重い雰囲気を漂わせて確認する。
「感覚を信じるならそうだろうね」
「さて、これからどうする?」
「どうなる? でござろう」
「そうですね、現状できるのはここで何かが起こるのを待つことだけです」
すでに彼らはこの空間が少なくとも内側からは出ることができない密室状態であると確認している。
サスケの言う通り自分たちでどうにか出来ることはなく、どうなるかを待つほかはないように思える。
「何かはしようぜ」
気が逸るのだろう。
ただ悶々と時間をやり過ごすのがどうも苦手なジュリーがそのイライラを隠そうともしないで立ち上がる。
「そうですね、このままジリジリと時を過ごすと言うのは精神衛生上良くありません。いらない軋轢 をパーティの中に産むのは得策ではありません」
「とはいえ出来ることはそう多くはなかろう?」
「筋トレか瞑想。あとは時間潰しの言葉遊びの類くらいかな?」
ロムは指折り数えてできそうなことを言う。
「じゃあ、オレは筋トレだ」
ジュリーはベッドを降りると床に手をつき腕立て伏せを始める。
「では拙者は瞑想をするでござる」
と、自分のベッドに戻って結 跏 趺 坐 に足を組み、目を閉じて深く静かに呼吸を始める。
「ゼンはどうするんだい?」
「私ですか? そうですね、頭の体操ですかね」
「じゃあ、付き合おうか」
そう言いながらロムもベッドを降りると抱拳礼 をとり、ゆっくりと套 路 を練り始める。
「何をする?」
「え?」
「頭の体操だろ?」
「ああ、そうですね……しりとり……なんて退屈でしょうか」
「構わないよ、時間潰しなんだし」
その後ジュリーは腕が体を支えられなくなるまで腕立て伏せをした後、腹筋・スクワットとこちらも限界いっぱいまで数をこなしてベッドに倒れこむ。
套路をしながらゼンに付き合っていたロムもたっぷり汗を流すほど続け、ベッドに横になった。
「サスケ、二人のマッサージをお願いできますか?」
両脇の戦士たちを交互に見たゼンが寝ているようにも見えたサスケに声をかけると、彼は「よかろう」とつぶやき立ち上がる。
まずは隣のベッドにうつ伏せに倒れ込み、すでに寝息を立て始めていたジュリーの施術を始めた。
しばらくぶりの施術でまず驚いたのは痩せぎすだったジュリーがオーバーワークでパンプアップしていることを差し引いても筋肉質になっていたことだった。
体質的に筋肉が太らないようでムキムキ感とは遠いが、脂肪もつきにくい体は絞り込まれた戦士の筋肉になっている。
なるほどこれならサスケとの撃ち稽古でも力負けしないのも頷ける。
どれほどレイナがさらわれたことが悔しかったか、ダンジョンアタックでロムにおんぶ抱っこだった時期がどれほど情けなかったのか。
あのオーバーペースではないかと思われる稽古の理由を思い知らされる。
次に施術したロムは今回初めて直接触って目を見張ることになった。
整体師の見習いとして最近では現役のプロスポーツ選手も任されるようになっていたが、これほどしなやかな筋肉は初めてだった。
固く、ただ太く厚くした鎧のような筋肉ではない。
高い柔軟性と広い可動域の邪魔をしない動くための筋肉だ。
しかもたっぷり二時間はやっていただろう套路の後だと言うのに疲労の具合が小さい。
これ以上ない良質の戦闘用筋肉だった。
サスケの施術は相当心地いいのだろう。
ロムも半ばですっかり眠りについていた。
「お疲れ様」
ゼンに労われたサスケは自分のベッドの上に戻り、結跏趺坐の姿勢をとる。
「人間の尊厳はここでは無視されるのでござろうか」
「何かありましたか?」
「雪隠 がござらぬ」
「ああ、そういえば。したいのですか?」
「今はまだ我慢するのしないのの段階ではござらんがな」
「便器がないことからあまり間を置かずに解放されると私は思っていたのですがねぇ……」
「せめて尿 瓶 くらい用意しておいてもらいたいものでござる」
そういった後、サスケは大きくあくびをした。
瞑想をしようという彼が集中を切らすなど珍しいと声をかけようとしたゼンであったが、彼自身も強い眠気を感じて薄れゆく意識の中でこのひと時の覚醒が意識的なものであったのかとだけ思考した。
むくりと起き上がったロムが靄がかかったようでスッキリしない頭を振ったあと辺りを見回す。
ハリウッドのSF映画でありがちだった白一色の無機質な立方の空間で、天井には部屋全体を照らすLED照明。
部屋の色と照明の明るさで眩しいくらいだ。
部屋の中央に一列に並べられたベッドに寝かされていた三人を見つける。
自分の状態を確認すると、体の状態は麻酔の効果が残っているためか、ふわふわしているのが状態異常として残っているくらいである。
着ていたはずの道着ではなく病院のパジャマのようなものになっている。
腕に注射跡があるがこれは治療のためだろうか?
(どれだけ眠らされていた?)
ふらつく足で立ち上がり三人の状態を確認すると、彼らも同じ格好になっていた。
彼らの戦闘による怪我は軽微なものではあったが、きちんと治療されているようだ。
もっとも傷が治っているわけでもない。
それから推察するに三日と経ってはいないだろう。
とすれば、四人に一様に存在する注射跡は点滴か?
ロムは、隣に寝かされているゼンを揺すり起こしてみる。
麻酔の効果は切れていたようで、ゼンは部屋の眩しさに目をすがめながらむくりと起き上がった。
「……ここは……」
「おはよ。まずは二人を起こそう」
「ああ、ロム。ええ、そうですね」
二人はジュリーとサスケをそれぞれ起こし、ジュリーとゼンのベッドを合わせた上で車座になると、状況の整理を始める。
現状確認できるのは荷物など一切を奪われ、どこか知らない場所(おそらく札幌以外の場所に移されている)に移されて隔離されているということだけ。
「参りましたね」
「想定していたことでござろう」
「まぁ、冒険者をどこかへ連れ去る以上、手がかりになるような情報を与えないというのは当然の配慮でしょうからね」
「武器を取り上げられるのも想定内?」
ロムに訊ねられてゼンは少し気落ちした表情で、それでもやはり考えていたように答える。
「まぁ……我々としてはイタイ事態ですけどね」
長い沈黙が空間を支配する。
「……小さいままだよな?」
ジュリーは重い雰囲気を漂わせて確認する。
「感覚を信じるならそうだろうね」
「さて、これからどうする?」
「どうなる? でござろう」
「そうですね、現状できるのはここで何かが起こるのを待つことだけです」
すでに彼らはこの空間が少なくとも内側からは出ることができない密室状態であると確認している。
サスケの言う通り自分たちでどうにか出来ることはなく、どうなるかを待つほかはないように思える。
「何かはしようぜ」
気が逸るのだろう。
ただ悶々と時間をやり過ごすのがどうも苦手なジュリーがそのイライラを隠そうともしないで立ち上がる。
「そうですね、このままジリジリと時を過ごすと言うのは精神衛生上良くありません。いらない
「とはいえ出来ることはそう多くはなかろう?」
「筋トレか瞑想。あとは時間潰しの言葉遊びの類くらいかな?」
ロムは指折り数えてできそうなことを言う。
「じゃあ、オレは筋トレだ」
ジュリーはベッドを降りると床に手をつき腕立て伏せを始める。
「では拙者は瞑想をするでござる」
と、自分のベッドに戻って
「ゼンはどうするんだい?」
「私ですか? そうですね、頭の体操ですかね」
「じゃあ、付き合おうか」
そう言いながらロムもベッドを降りると
「何をする?」
「え?」
「頭の体操だろ?」
「ああ、そうですね……しりとり……なんて退屈でしょうか」
「構わないよ、時間潰しなんだし」
その後ジュリーは腕が体を支えられなくなるまで腕立て伏せをした後、腹筋・スクワットとこちらも限界いっぱいまで数をこなしてベッドに倒れこむ。
套路をしながらゼンに付き合っていたロムもたっぷり汗を流すほど続け、ベッドに横になった。
「サスケ、二人のマッサージをお願いできますか?」
両脇の戦士たちを交互に見たゼンが寝ているようにも見えたサスケに声をかけると、彼は「よかろう」とつぶやき立ち上がる。
まずは隣のベッドにうつ伏せに倒れ込み、すでに寝息を立て始めていたジュリーの施術を始めた。
しばらくぶりの施術でまず驚いたのは痩せぎすだったジュリーがオーバーワークでパンプアップしていることを差し引いても筋肉質になっていたことだった。
体質的に筋肉が太らないようでムキムキ感とは遠いが、脂肪もつきにくい体は絞り込まれた戦士の筋肉になっている。
なるほどこれならサスケとの撃ち稽古でも力負けしないのも頷ける。
どれほどレイナがさらわれたことが悔しかったか、ダンジョンアタックでロムにおんぶ抱っこだった時期がどれほど情けなかったのか。
あのオーバーペースではないかと思われる稽古の理由を思い知らされる。
次に施術したロムは今回初めて直接触って目を見張ることになった。
整体師の見習いとして最近では現役のプロスポーツ選手も任されるようになっていたが、これほどしなやかな筋肉は初めてだった。
固く、ただ太く厚くした鎧のような筋肉ではない。
高い柔軟性と広い可動域の邪魔をしない動くための筋肉だ。
しかもたっぷり二時間はやっていただろう套路の後だと言うのに疲労の具合が小さい。
これ以上ない良質の戦闘用筋肉だった。
サスケの施術は相当心地いいのだろう。
ロムも半ばですっかり眠りについていた。
「お疲れ様」
ゼンに労われたサスケは自分のベッドの上に戻り、結跏趺坐の姿勢をとる。
「人間の尊厳はここでは無視されるのでござろうか」
「何かありましたか?」
「
「ああ、そういえば。したいのですか?」
「今はまだ我慢するのしないのの段階ではござらんがな」
「便器がないことからあまり間を置かずに解放されると私は思っていたのですがねぇ……」
「せめて
そういった後、サスケは大きくあくびをした。
瞑想をしようという彼が集中を切らすなど珍しいと声をかけようとしたゼンであったが、彼自身も強い眠気を感じて薄れゆく意識の中でこのひと時の覚醒が意識的なものであったのかとだけ思考した。