10 科学の魔術師、戦況を変える
文字数 3,040文字
先制攻撃には成功したが劣勢をひっくり返せるほどの戦果にはならなかった。
この状況を跳ね除けられるとすれば彼 の杖だけ。
だからこそ絶対に失敗は許されない。
いや、成功するだけではダメだ。
最高のタイミングで起死回生の一撃としなければならない。
(人に向けて使っていいものか……)
などと倫理的な考えがよぎるが、そんなことを言っている場合ではないと心の中で三度自分自身に言い聞かせる。
「サスケ、サンダーボルトを放ちます。できれば三人同時にダメージを与えたいのですが、いい案はありますか?」
意を決したゼンがサスケにたずねる声を聞き咎め、彼らを囲む三人が互いに顔を見合わせ下卑た笑みを浮かべる。
真ん中の一番小さい男が嘲るようにこう言った。
「はっ、サンダーボルトだぁあ? ただのコスプレオタクがカッコだけで魔法を使える気になってんじゃねぇよ。妄想は病院のベッドでするんだな!」
言って金属の鎖を振り上げ攻撃を仕掛けてきた。
同時に他の二人も分銅付きの鎖を投げつけてくる。
サスケは帯の後ろに差し込んでいた短刀を右手で抜くと最初に投げつけられた正面の男の鎖を絡めさせ、左手で持っていた刀で後の鎖を巻きつけさせた。
「やるもんだな忍者コス。だがこれでお前の武器はもう使えねぇ」
「使えなくなったのはそちらでござる」
ぼそりと呟くと、サスケは二本の刀を十字に重ねて力ずくで掲げてみせる。
そこは濃密な時間を過ごした信頼関係であったと言えるだろう。
十字に交差した時点でゼンはサスケの意図を読み取って、掲げられた刀に杖を添えると、ジュリーのお株を奪うような芝居がかった叫びでジュリーたちを殴りつけていた四人の注意を引く。
「喰らえ! サンダーボルト!」
杖のスイッチを押すと杖から刀に向けて青白い閃光が迸 る。
圧電素子に衝撃を与えて高電圧を作ってスパークさせる電子ライターなどで用いられる点火装置のそれである。
と同時に鎖を持っていた三人が叫び声をあげて鎖を手放してうずくまる。
手放された鎖の一つ、短刀に巻き付いていたものを手に取ったサスケはぶるんと鎖を縦に振り鎖の波 を生み出すと、鎖は生き物のように真ん中の男にたどり着く。
「サンダーボルト!」
サスケが鎖から手を放すとゼンが鎖に杖を立て、スイッチを押す。
二度、三度と攻撃するたびにビクッと仰け反る男が生身の人であるということをできるだけ意識の外に追い出しながら、ゼンは必死にアニメのキャラのような冷静沈着な魔術師を演じようと心がける。
その間にサスケは刀に巻き付いていた二本の分胴付きの鎖を取り外す。
衝撃から帰ってきた残りの二人がゼンに殴りかかってきた。
一人はサスケが間に入って牽制することで立ち止まったが、もう一人が拳を振り上げる。
「フラッシュ!」
ゼンが杖の頭をその男の顔に向けて別のスイッチを押すと、LEDのライトが細かく強く明滅する。
突然のことに男が目を瞑り、顔をしかめたのを見てとったゼンは素早く杖の先端を男に押し当て叫びながら例のスイッチを押す。
「サンダーボルト!」
それは泣き声のような悲鳴のような響きだった。
表情も泣き顔といってよかった。
一方的に殴られたことなら一、二度ある。
しかし、喧嘩はしたことがない。
確かに今、目の前にいる男たちは彼らに敵意を込めて暴力を向けてきている。
しかし、生まれてから二十年ちょっと、一度も肉体的暴力の行使を経験してきていない彼にとって自分の拳ではないとはいえ(いや、だからこそか)、その暴力の行使という行動が彼自身の精神 値を削っていたのだ。
杖に仕込まれている装置ではスタンガンのような攻撃力は生み出せない。
だが、それでも何度も受ければ肉体以上にその衝撃を認識する精神がダメージを受ける。
「サンダーボルト」を何度も受けた二人は戦意を喪失しその場にうずくまった。
最後の男と対峙したサスケは柄を握る手を顔の横まであげて、頭一つ低い相手を睨みつける。
薩摩示現流でいうところの蜻蛉 の構えだ。
こちらも喧嘩の経験は小学生の頃にクラスの友達とごっこ遊びがエスカレートした一、二度程度とないも同然であり、喧嘩慣れしているであろう(少なくともこの闘技場で何度も戦っていることは想像に難くない)相手に分があるのは十分自覚している。
だから『一の太刀を疑わず、二の太刀要らず』と教えられたという示現流で一撃勝負を選んだのだ。
もちろんこれは時代小説の受け売りであって、サスケの剣術はロムから教わった剣道の初歩ともいえない幾筋かの素振りで出来ている。
相手がファイティングポーズのまま動かないのも明らかにこちらを警戒してのこと。
「武器を持っている分こちらが圧倒的に有利である」と心の中で何度もつぶやき自己暗示をかける。
ジリジリとすり足で刀の間合に詰めてゆく。
普段のバリトンボイスとは違う甲高い裂帛 の気合い。
示現流独特と言われる叫び声とも言える掛け声とともに刀を振り下ろす。
確実性を意識するあまりいつもより一足 間合いを深く詰めすぎてしまったからだろう、それは幸か不幸か刀身の半ばあたりで相手の肩を叩くことになった。
結果、もちろん有効打となり相手を倒すことに成功したものの、相手に鎖骨骨折などの大けがをさせることなく済んだ。
これで戦況は四対四。数的不利はなくなった。
しかし戦況が不利なことには変わりがない。
ジュリーも蒼龍騎もそれぞれ二人を相手に一方的に殴られている。
金属製の鎧が確実に致命傷から守ってくれているとはいえ、衝撃をゼロにできているわけではない。
「コウ、お前はあっちをやれ」
蒼龍騎を嗜 虐 的な表情で殴りつけていたリーダー格の少年は、興奮で周りが見えず一緒になって殴りつけていた男にいう。
(周りが見えていたのですね)
ゼンはこめかみあたりから冷や汗が一筋流れるのを感じて、思わず手の甲で拭う。
言われた男が面倒くさそうに二人を睨みつけると、だるそうに鉄パイプを引きずりながら近づいてくる。
日本刀には不利な得物だ。
サスケは左手に短刀を逆手持ち、右手にも逆手持ちの刀を握って構えながら武器を損失せずに勝つ算段を始める。
体格差は百八十センチを超える彼のほうが優位にある。
相手はいいところ百七十二、三センチだろう。
武器は一本の鉄パイプ。
切り結んでは刀の方が折れてしまうに違いない。
しかし避けていては相手の間合いに入れない。
ダメージ覚悟で受けるといってもサスケの着込んでいるのは鎖帷子だ。
実際どれほどダメージが貫通してくるか?
その予測がつかずに身がすくむ。
彼の後ろには肉弾戦がからっきしのゼンがいる。
ダメージが深そうな蒼龍騎はすでに戦力にならないし、ジュリーも救わなければいけない。
この後も主戦力として戦わなければならないサスケはまだタメージを負うわけにはいかないのだ。
とはいえ目の前の男に手間取っていると蒼龍騎を殴りつけている男がこちらに加勢してくることになるだろう。
迫り来る男の肩越しに見える光景は、いつそうなってもおかしくないほど切迫していた。
この状況を跳ね除けられるとすれば
だからこそ絶対に失敗は許されない。
いや、成功するだけではダメだ。
最高のタイミングで起死回生の一撃としなければならない。
(人に向けて使っていいものか……)
などと倫理的な考えがよぎるが、そんなことを言っている場合ではないと心の中で三度自分自身に言い聞かせる。
「サスケ、サンダーボルトを放ちます。できれば三人同時にダメージを与えたいのですが、いい案はありますか?」
意を決したゼンがサスケにたずねる声を聞き咎め、彼らを囲む三人が互いに顔を見合わせ下卑た笑みを浮かべる。
真ん中の一番小さい男が嘲るようにこう言った。
「はっ、サンダーボルトだぁあ? ただのコスプレオタクがカッコだけで魔法を使える気になってんじゃねぇよ。妄想は病院のベッドでするんだな!」
言って金属の鎖を振り上げ攻撃を仕掛けてきた。
同時に他の二人も分銅付きの鎖を投げつけてくる。
サスケは帯の後ろに差し込んでいた短刀を右手で抜くと最初に投げつけられた正面の男の鎖を絡めさせ、左手で持っていた刀で後の鎖を巻きつけさせた。
「やるもんだな忍者コス。だがこれでお前の武器はもう使えねぇ」
「使えなくなったのはそちらでござる」
ぼそりと呟くと、サスケは二本の刀を十字に重ねて力ずくで掲げてみせる。
そこは濃密な時間を過ごした信頼関係であったと言えるだろう。
十字に交差した時点でゼンはサスケの意図を読み取って、掲げられた刀に杖を添えると、ジュリーのお株を奪うような芝居がかった叫びでジュリーたちを殴りつけていた四人の注意を引く。
「喰らえ! サンダーボルト!」
杖のスイッチを押すと杖から刀に向けて青白い閃光が
圧電素子に衝撃を与えて高電圧を作ってスパークさせる電子ライターなどで用いられる点火装置のそれである。
と同時に鎖を持っていた三人が叫び声をあげて鎖を手放してうずくまる。
手放された鎖の一つ、短刀に巻き付いていたものを手に取ったサスケはぶるんと鎖を縦に振り
「サンダーボルト!」
サスケが鎖から手を放すとゼンが鎖に杖を立て、スイッチを押す。
二度、三度と攻撃するたびにビクッと仰け反る男が生身の人であるということをできるだけ意識の外に追い出しながら、ゼンは必死にアニメのキャラのような冷静沈着な魔術師を演じようと心がける。
その間にサスケは刀に巻き付いていた二本の分胴付きの鎖を取り外す。
衝撃から帰ってきた残りの二人がゼンに殴りかかってきた。
一人はサスケが間に入って牽制することで立ち止まったが、もう一人が拳を振り上げる。
「フラッシュ!」
ゼンが杖の頭をその男の顔に向けて別のスイッチを押すと、LEDのライトが細かく強く明滅する。
突然のことに男が目を瞑り、顔をしかめたのを見てとったゼンは素早く杖の先端を男に押し当て叫びながら例のスイッチを押す。
「サンダーボルト!」
それは泣き声のような悲鳴のような響きだった。
表情も泣き顔といってよかった。
一方的に殴られたことなら一、二度ある。
しかし、喧嘩はしたことがない。
確かに今、目の前にいる男たちは彼らに敵意を込めて暴力を向けてきている。
しかし、生まれてから二十年ちょっと、一度も肉体的暴力の行使を経験してきていない彼にとって自分の拳ではないとはいえ(いや、だからこそか)、その暴力の行使という行動が彼自身の
杖に仕込まれている装置ではスタンガンのような攻撃力は生み出せない。
だが、それでも何度も受ければ肉体以上にその衝撃を認識する精神がダメージを受ける。
「サンダーボルト」を何度も受けた二人は戦意を喪失しその場にうずくまった。
最後の男と対峙したサスケは柄を握る手を顔の横まであげて、頭一つ低い相手を睨みつける。
薩摩示現流でいうところの
こちらも喧嘩の経験は小学生の頃にクラスの友達とごっこ遊びがエスカレートした一、二度程度とないも同然であり、喧嘩慣れしているであろう(少なくともこの闘技場で何度も戦っていることは想像に難くない)相手に分があるのは十分自覚している。
だから『一の太刀を疑わず、二の太刀要らず』と教えられたという示現流で一撃勝負を選んだのだ。
もちろんこれは時代小説の受け売りであって、サスケの剣術はロムから教わった剣道の初歩ともいえない幾筋かの素振りで出来ている。
相手がファイティングポーズのまま動かないのも明らかにこちらを警戒してのこと。
「武器を持っている分こちらが圧倒的に有利である」と心の中で何度もつぶやき自己暗示をかける。
ジリジリとすり足で刀の間合に詰めてゆく。
普段のバリトンボイスとは違う甲高い
示現流独特と言われる叫び声とも言える掛け声とともに刀を振り下ろす。
確実性を意識するあまりいつもより
結果、もちろん有効打となり相手を倒すことに成功したものの、相手に鎖骨骨折などの大けがをさせることなく済んだ。
これで戦況は四対四。数的不利はなくなった。
しかし戦況が不利なことには変わりがない。
ジュリーも蒼龍騎もそれぞれ二人を相手に一方的に殴られている。
金属製の鎧が確実に致命傷から守ってくれているとはいえ、衝撃をゼロにできているわけではない。
「コウ、お前はあっちをやれ」
蒼龍騎を
(周りが見えていたのですね)
ゼンはこめかみあたりから冷や汗が一筋流れるのを感じて、思わず手の甲で拭う。
言われた男が面倒くさそうに二人を睨みつけると、だるそうに鉄パイプを引きずりながら近づいてくる。
日本刀には不利な得物だ。
サスケは左手に短刀を逆手持ち、右手にも逆手持ちの刀を握って構えながら武器を損失せずに勝つ算段を始める。
体格差は百八十センチを超える彼のほうが優位にある。
相手はいいところ百七十二、三センチだろう。
武器は一本の鉄パイプ。
切り結んでは刀の方が折れてしまうに違いない。
しかし避けていては相手の間合いに入れない。
ダメージ覚悟で受けるといってもサスケの着込んでいるのは鎖帷子だ。
実際どれほどダメージが貫通してくるか?
その予測がつかずに身がすくむ。
彼の後ろには肉弾戦がからっきしのゼンがいる。
ダメージが深そうな蒼龍騎はすでに戦力にならないし、ジュリーも救わなければいけない。
この後も主戦力として戦わなければならないサスケはまだタメージを負うわけにはいかないのだ。
とはいえ目の前の男に手間取っていると蒼龍騎を殴りつけている男がこちらに加勢してくることになるだろう。
迫り来る男の肩越しに見える光景は、いつそうなってもおかしくないほど切迫していた。