14 たとえそこに何が待ち受けていようと
文字数 2,226文字
「あるな。一つ決定的なやつが」
ジュリーは応急の治療を終えた左手の状態を確かめるように動かしながら思考に潜りかけたゼンに答える。
「タイムアップのアナウンスだ」
四人は一斉にジュリーを見つめる。
通常ミクロンダンジョンのプレイ終了は、タイムオーバーを知らせるアナウンスによってもたらされる。
ゲームオーバーを宣告されたパーティは速やかに帰還することになっている。
強制的な仕組みではないので残ることも可能ではあるが、パーティのIDがゲームオーバーと同時に無効化されてしまうためそれ以上のゲーム進行が不可能となり、帰還を余儀なくされている。
「第二階層一番乗りに興奮して気にもしてなかったんだが、階段上がってからこっち一度も聞いちゃいないぜ」
一体、熱血漢然とした普段の態度はどこまでが演技なのか?
あの粗暴な行動の陰で彼がこんなにも冷静に状況を把握していたことにロムは舌を巻く。
「言われてみれば……。しかしそれは……」
「リアリティの追求?」
ゼンの言葉をジュリーが遮 る。
疑問形ではあるがその考えに対する否定が込められていることは明らかだ。
「そういえば一階では耳をすませば聞こえていた外の音も聞こえてこないよね」
レイナの指摘にゼンは沈黙せざるを得なくなる。
「建築は専門外だが、こんなミニチュアでここまで遮音するのは容易ではござらんぞ。確かに気になる事柄にござる」
「しかし、それが違和感とどうつながるのですか?」
ゼンがネガティブになる思考に抗おうとジュリーに詰め寄る。
「オレに訊くなよ。違和感があるって言ったのはロムだぜ?」
四人の視線が集まったことに戸惑うロムは申し訳なさそうにこう言った。
「いや……それが判れば違和感なんて曖昧な表現使わないよ」
「そりゃそうだ」
気まずい沈黙をジュリーの能天気な声が破る。
意図しているのか天然なのか、こういう時のジュリーの芝居じみた言動は場の雰囲気を変えてくれる。
「クリアすれば謎は全て解ける。それがゲームってもんだろ?」
「もう出発する気ですか? 傷の方は大丈夫なのですか?」
「大丈夫じゃなくても行くしかないだろ?」
ゼンの心配そうな問いかけにジュリーは事もなげに答える。
楽天的なのか豪胆なのか、ジュリーには根っからのムードメーカーとしての素質があるようだ。
包帯を巻かれた左腕を腰に帯びた剣の上に置き、多少血の気のない顔色ながら明るい表情で仲間を促す。
ゼンはそれに応えるべく大きく息を吐いた。
「隊列は組み直しましょう。その腕では先頭は任せられません」
「うっ……仕方ない」
そんな中、レイナは真剣な眼差しで自分が壊したゴーレムの残骸を見つめているロムに気がついた。
「やっぱり気になるの? 違和感ってやつ」
「! あぁ、うん。ちょっとね」
彼はそう言ったきり話そうとはしない。
言葉にはできないのだ。
こういった場面ではかえってゲーム初心者の方が敏感である。
彼はRPGに慣れた人間では気づかない微妙な異常を感じとっていた。
もちろんそれを考慮に入れてゲームをデザインする場合もある。
この『異常』なるものを意図的に作り出し『伏線』として利用するのだ。
だがそういった類いのものならば、それを暴くことを生き甲斐にでもしているようなゼンたちマニアが気づかないはずがない。
いや、むしろ異常に気づいてもらわなければシナリオが進まない。
そう、これは根源的な異常なのだ。
シナリオ的な変化ではなくゲームそれ自体の異常。
だからその異常に気がつかないのだ。
しかし、ロムは気づいた。
この異常な雰囲気をロムの武道家としての感覚が、武道に精通した人間特有の経験に基づく危機感がこの異常な事態に警鐘を鳴らしていた。
「どこかおかしい」と。
(何なんだ? この全身が震えるような危機感は?)
それはもう、戦士の勘としか言いようがない。
その潜在的恐怖と言える感覚が、全くの無意識にゴーレムの斧を担いでダンジョンアタックを続けさせていることに顕 れていた。
四人も彼が斧を持ち続けていたことに気づいていない。
やがて五人はドアがなく、正面壁際に螺 旋 階段が見えるロビーのような空間が見えるところまできた。
ざわざわと人の声も聞こえてくる。
サスケの書いていた地図はそこが第三階層の終わりであると告げていた。
「──てことはアレを上がるとドラゴンとご対面ってことだな?」
三列目をロムと一緒に歩いていたジュリーが、レイナとともに先頭を歩いていたサスケに声をかける。
「うむ、拙者の記憶とマッピングが確かなら屋上のドラゴンの前にあった出口の位置と螺旋階段の座標は一致しているものとみられる」
四人が立ち止まったことで、ロムも意識を彼らの会話に向ける。
「上下にセンサーっぽい仕掛け、壁には縦に並んだ穴……あの広間の中に入ったら穴から棒が飛び出して入り口を塞ぐんだろうな」
ジュリーの説明にロムが視線を向けると確かにいう通りのものがある。上下のセンサーというのは不可視の光線か電波のようなものが出ていて、それを遮るとジュリーの言った通り壁から棒が飛び出してくるのだろう。
判り易すぎるほどこれ見よがしな仕掛けだった。
ジュリーは応急の治療を終えた左手の状態を確かめるように動かしながら思考に潜りかけたゼンに答える。
「タイムアップのアナウンスだ」
四人は一斉にジュリーを見つめる。
通常ミクロンダンジョンのプレイ終了は、タイムオーバーを知らせるアナウンスによってもたらされる。
ゲームオーバーを宣告されたパーティは速やかに帰還することになっている。
強制的な仕組みではないので残ることも可能ではあるが、パーティのIDがゲームオーバーと同時に無効化されてしまうためそれ以上のゲーム進行が不可能となり、帰還を余儀なくされている。
「第二階層一番乗りに興奮して気にもしてなかったんだが、階段上がってからこっち一度も聞いちゃいないぜ」
一体、熱血漢然とした普段の態度はどこまでが演技なのか?
あの粗暴な行動の陰で彼がこんなにも冷静に状況を把握していたことにロムは舌を巻く。
「言われてみれば……。しかしそれは……」
「リアリティの追求?」
ゼンの言葉をジュリーが
疑問形ではあるがその考えに対する否定が込められていることは明らかだ。
「そういえば一階では耳をすませば聞こえていた外の音も聞こえてこないよね」
レイナの指摘にゼンは沈黙せざるを得なくなる。
「建築は専門外だが、こんなミニチュアでここまで遮音するのは容易ではござらんぞ。確かに気になる事柄にござる」
「しかし、それが違和感とどうつながるのですか?」
ゼンがネガティブになる思考に抗おうとジュリーに詰め寄る。
「オレに訊くなよ。違和感があるって言ったのはロムだぜ?」
四人の視線が集まったことに戸惑うロムは申し訳なさそうにこう言った。
「いや……それが判れば違和感なんて曖昧な表現使わないよ」
「そりゃそうだ」
気まずい沈黙をジュリーの能天気な声が破る。
意図しているのか天然なのか、こういう時のジュリーの芝居じみた言動は場の雰囲気を変えてくれる。
「クリアすれば謎は全て解ける。それがゲームってもんだろ?」
「もう出発する気ですか? 傷の方は大丈夫なのですか?」
「大丈夫じゃなくても行くしかないだろ?」
ゼンの心配そうな問いかけにジュリーは事もなげに答える。
楽天的なのか豪胆なのか、ジュリーには根っからのムードメーカーとしての素質があるようだ。
包帯を巻かれた左腕を腰に帯びた剣の上に置き、多少血の気のない顔色ながら明るい表情で仲間を促す。
ゼンはそれに応えるべく大きく息を吐いた。
「隊列は組み直しましょう。その腕では先頭は任せられません」
「うっ……仕方ない」
そんな中、レイナは真剣な眼差しで自分が壊したゴーレムの残骸を見つめているロムに気がついた。
「やっぱり気になるの? 違和感ってやつ」
「! あぁ、うん。ちょっとね」
彼はそう言ったきり話そうとはしない。
言葉にはできないのだ。
こういった場面ではかえってゲーム初心者の方が敏感である。
彼はRPGに慣れた人間では気づかない微妙な異常を感じとっていた。
もちろんそれを考慮に入れてゲームをデザインする場合もある。
この『異常』なるものを意図的に作り出し『伏線』として利用するのだ。
だがそういった類いのものならば、それを暴くことを生き甲斐にでもしているようなゼンたちマニアが気づかないはずがない。
いや、むしろ異常に気づいてもらわなければシナリオが進まない。
そう、これは根源的な異常なのだ。
シナリオ的な変化ではなくゲームそれ自体の異常。
だからその異常に気がつかないのだ。
しかし、ロムは気づいた。
この異常な雰囲気をロムの武道家としての感覚が、武道に精通した人間特有の経験に基づく危機感がこの異常な事態に警鐘を鳴らしていた。
「どこかおかしい」と。
(何なんだ? この全身が震えるような危機感は?)
それはもう、戦士の勘としか言いようがない。
その潜在的恐怖と言える感覚が、全くの無意識にゴーレムの斧を担いでダンジョンアタックを続けさせていることに
四人も彼が斧を持ち続けていたことに気づいていない。
やがて五人はドアがなく、正面壁際に
ざわざわと人の声も聞こえてくる。
サスケの書いていた地図はそこが第三階層の終わりであると告げていた。
「──てことはアレを上がるとドラゴンとご対面ってことだな?」
三列目をロムと一緒に歩いていたジュリーが、レイナとともに先頭を歩いていたサスケに声をかける。
「うむ、拙者の記憶とマッピングが確かなら屋上のドラゴンの前にあった出口の位置と螺旋階段の座標は一致しているものとみられる」
四人が立ち止まったことで、ロムも意識を彼らの会話に向ける。
「上下にセンサーっぽい仕掛け、壁には縦に並んだ穴……あの広間の中に入ったら穴から棒が飛び出して入り口を塞ぐんだろうな」
ジュリーの説明にロムが視線を向けると確かにいう通りのものがある。上下のセンサーというのは不可視の光線か電波のようなものが出ていて、それを遮るとジュリーの言った通り壁から棒が飛び出してくるのだろう。
判り易すぎるほどこれ見よがしな仕掛けだった。