14 圧倒的な実力はまさに映画の主人公のように

文字数 2,519文字

 ロムがサイクロプスの間合いに入る。
 二百センチ級のサイクロプスが両手に百センチ級の棍棒を持っているわけで、まだまだロムの攻撃は届かない。
 振り回される棍棒は彼の胴を狙っているが最小限の動きでこれを(かわ)して行く。
 観客席からは感嘆の声が上がる。
 二十秒ほど躱し続けていたロムは、一旦相手の間合いから離れると大きく息を()く。
 心持ち頬が紅潮し、口元には笑みが浮かぶ。
 振ってくるだけで突きはない。
 実際の大きさは二十センチほどのロボットだ。
 科学技術の発展により、ロボット工学が飛躍的に進歩した今では自律型の介護ロボットも珍しくないが、このサイズではまだプログラムされた以上のことはできないようだ。
 攻撃としての()(とつ)は恐ろしいが、(はな)から中・下段にでも構えていなければどんな達人でも技に隙ができるほど(もっとも達人の隙などあってないような刹那でしかない)駆動制御は難しく、バランスも崩しやすいので突きに関してはないものと思って間違いないだろう。
 両手で別々に振り回している棍棒が互いに干渉しないように正中から左右で振り分けられていることも判った。
 攻撃プログラムは駆動部品に高負荷をかけないためなのか、一つの動作が完了するまで次の動作に移らないことも確認した。
 だからと言って相手の懐に潜り込んでこちらの攻撃を当てるのが容易なわけではない。
 攻撃は滑らかで動作と動作の間には目に見える遅延は少ない。
 距離を取りつつ時計回りにジリジリと回るとそれに応じて立ち位置こそ移動しないが常に正面を向こうとする。
 パッと元の位置に飛び退くと、遅れて体を正面に戻す。
 仲間の三人は声も出さずにその様子を見守ると決めているし、観客席は固唾を飲んでモニターに釘付けなっている。
 様子見は終わった。
 ロムは右にステップして相手の間合いに入る。
 反応したサイクロプスが向きを変えて攻撃する前に左に跳び、さらに左にステップして一気に間合いを詰めた。
 位置としてはちょうどサイクロプスの真横、威嚇で構えている右腕の外側だ。
 サイクロプスは左の棍棒を振り、右手をバックブローのように振ろうとする。
 その腕を左手で掴むように抑え、右拳をひねりこむように打ち込む。
 その拳が肋骨の一番下あたりに打ち込まれたとき、観客席が「オオッ!」とどよめいた。
 店長がしかめ面するほどにどよめきは大きく、観客の方でも自分たちの立場に思い至ったものから唇に人差し指をあてて周りに促す。
 サイクロプスの右腕は始動前にロムに掴まれて力を振るうことができず、あとはひたすら右の縦拳がダメージを与えていく。
 その数六打。
 ロムは(ごう)して七発のパンチでサイクロプスを倒したのである。

「俺たちが武器を使ってよってたかって殴りまくってようやく倒したサイクロプスをたった七パンって……」

 蒼龍騎が力なく呟く。
 他の経験者たちも同じ感想だったようだ。
 口々に嘆きとも愚痴ともつかない感想を呟き合う。

「お前らの攻撃力が低いのは怖がって力が逃げてるだけだからな」

 ざわめきが収まる頃合いを見計らって店長が告げた。

「そりゃ中ボスとして配置してるんだから他の怪物(モンスター)よりライフ設定は高いがな、鬼設定にはしてないぞ」

 観客席がムムムとおし黙る。
 蒼龍騎が認めたくなさそうにこう言った。

「攻撃がえげつないんすよ。あの棍棒(クラブ)当たると結構痛いんだから」

「そりゃ当たり前だろ、戦ってんだから」

「いや、そうですけど……」

「それにしたってあの拳士君は強いねぇ」

 惚れ惚れと呟いたのは観戦組の白髪の男だ。

「まるっきり昔のカンフー映画を見ているようだった」

 感心していたのは何も観客だけじゃない。

「お前どんだけ強いんだよ」

 呆れた口調でジュリーが言えば、サスケも

「一人でもダンジョンをクリアできそうでござるな」

 とこちらも皮肉とも言えない感想を述べる。

「棍を使っていたらどうなっていたんですか?」

 ゼンに尋ねられたロムは興味もなさそうにこう答えた。

「突きならこっちの間合いの方が長いことだし二、三回突けば倒せたんじゃないかな」

 そんなことを言われれば呆れてものも言えず、「開いた口が塞がらない」を体現するより他にない。
 実際ロムがあえて武器を持たずに挑んだのは攻めより守りを意識してのことだった。
 ドブネズミとの戦いは一瞬のやりとりであり紙一重の攻防だったし、カマキリとは威嚇しあっただけで戦闘とは言い難い。
 この先どんな戦いの場面が訪れるか判らないことを考えるとあえて危険に身を置く必要があるような気になったのであり、自分の今の実力を確認しておきたかったのだ。
 結果を言えば、それは少々物足りなかった。
 生き物相手の過去の経験と比べると、安全に配慮されたプログラムパターンに多少ランダム要素がある程度のロボット相手では先が読みやすく、肌のひりつくような感覚は覚えなかった。

(これならまだ武術大会の方がマシ)

 というのがロムの感想だ。
 冒険者は第三階層に到達した。
 このダンジョンを初アタックで第三階層に到達したパーティは彼らが初めてであり、それだけでも十分快挙と言える。
 冒険者が例によって地図作成(マッピング)でダンジョンを歩き回っている間に店長が時計を確認する。
 ここ下町の迷宮亭は夕方を目処(めど)にダンジョンアタックを切り上げるようにしている。
 非合法化されて以来いつまでも遊べてしまえるRPGであるミクロンダンジョンを運営する上での経営判断であり、非合法のミクロンダンジョンを運営していることを怪しまれないようにするという配慮でもある。
 まだ一時間半以上はありそうだった。
 それだけの時間があればこの冒険者たちならラスボスまでたどり着ける可能性がある。
 どのタイミングで終了の声をかけるか?

(なかなか難しい判断をさせられそうだ)

 とモニタに映る彼らを見つめながら考え始めていた。
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