11 第二階層のボスキャラ

文字数 2,375文字

「よけろ!」

 気づいたのは最後尾を歩いていたロム。
 あるいは最初から警戒していなければロムでさえ気づかなかったかもしれない。
 だが警告した時にはすでに遅かった。
 しかも、突然の鋭い声にかろうじて反応できたのはレイナだけ。
 他の三人は驚いて一瞬体を強張らせ、反応ができなかった。
 迫って来たのは長柄の(ほうき)に乗った魔女だ。
 サスケとゼンはその突進に弾かれて壁に打ち付けられ、ジュリーは左の肩甲骨辺りを箒の柄の先端でしたたかに突き飛ばされる。

「お兄ちゃん!」

「ジュリー!」

 魔女には対物センサーか何かがついているのだろう、行き止まりの手前で停止すると箒を縦に立ち上げてぐるりとこちらに向き直る。

「ヒッヒッヒ」

 と、不気味な声を響かせて再び箒を横に倒してゆっくりとこちらに向かって滑るように走り出す。

「くそっ! お返しだ!」

 ジュリーは落としたショートソードを拾い上げると走る魔女にめがけて打ちおろす。
 しかし魔女はその攻撃をものともせずに走り去った。
 ゼンとロムはその間じっと魔女を観察している。
 台車はそれまでの単なる運搬用の四輪キャスタータイプではなく電動立ち乗り二輪車のようだった。

(おそらく床プロックのどこかが起動スイッチになっていたんでしょう。その仕掛けを回避されないためにわざとガタガタにレンガが敷かれていたと言うわけですね。そして、その悪路を走破するためにアレだけが特別仕様になっている……なるほど)

 車輪の間に渡された土台にはおそらくジャイロシステムや制御系のICなどが組み込まれている。
 そしてそこから垂直の軸に箒がつけられているというブームマイクスタンドのような構造になっていて、箒には鷲鼻(わしばな)で大きく裂けた口、歯はノコギリのようで勿忘草(わすれなぐさ)色の肌をしたおぞましい顔の、それまでの怪物と違いちゃんとローブを着せられた魔女の人形が取り付けられている。
 魔女は地上十四、五センチ(体感百五十センチほど)の所を箒に乗ってローブをなびかせながら飛んでいるようにデザインされている。
 駆動制御系はおそらくこの魔女の中に埋め込まれているはずだ。
 魔女は通路の先、灯りの届かない場所で例の不気味な笑い声を響かせる。

「効いてねぇのか!?

「ジュリー、急いでIDの入力を」

「判った」

 言って、彼はキーパッドに飛びつくように走り寄る。

「レイナ、ロム。どこかにヒットポイントがあるはずです。そこを狙って!」

「どこかってのが判んなきゃ狙いようがないんだけど」

「無茶な注文なのは承知の上です」

 ゼンはロムがついた悪態にそう返す。
 殴りつけるようにIDを入力するジュリーの上から無常のブザーが降って来る。

「ダメだ、開かないぞ。やっぱアレを倒すのがフラグになってるらしい!」

 それが判っていても彼は、愚直にID入力を繰り返しブザーを鳴らし続ける。

「頭」

「え?」

 ロムの突然の宣言にレイナが顔を向ける。
 瞬時にそれがロムの狙いどころだと悟ったレイナは

 「じゃあ、しっぽ」

 と、答える。
 実際には魔女に尻尾などないのだが、ひらひらとなびくローブの裾が尻尾に見えなくもないのだ。
 迫り来る魔女に狙いすましたロムの正拳突きが狙い(たが)わず当たる。
 レイナは胴を狙ってレイピアを振り下ろし、宣言通りに

辺りをヒットする。
 しかし、魔女は構わずジュリーめがけて突進する。
 彼は壁にへばりつくように情けない防御姿勢をとって目をつぶった。
 魔女はさっき同様突き当たりの手前で止まり箒を立ち上げる。

「ジュリー! どこかにスイッチなりセンサーがあるはずでござる! 見つけろ!!

 言われて彼は、すぐさま観察を始める。
 そこは腐ってもオタクの端くれである。
 反転して笑い声をあげ、再び走り出すわずかの間にソレを見つけ出した。

「箒の先端! 下向きにスイッチがあるぞ!」

 ロムはそれを聞くとしゃがみこみ、目を凝らす。
 なるほど確かに箒の先端から一センチくらいのところに押しボタンがあった。

「心なしか速くなってませんか?」

「うん」

 二往復。
 都合四本の走行でそれは体感できた確実な事実だった。
 おそらくまだまだ速くなるだろう。

「さっきの打撃でもほとんどフラつきもしなかったから倒して押すってわけにもいかないし……」

 上から撃ち下ろした二度の剣撃はともかく横から殴りつけた拳撃にもよろめかないのは電動立ち乗り二輪車の面目躍如か。
 彼はしゃがみ込んだままその場にいた三人を見上げ、彼らが驚くほど自然な声音で穏やかにこう言った。

「俺がやるよ。集中したいから灯りを置いて奥で待っててくれないかな?」

 言われた三人は互いに顔を見合わせ、無言で従う。
 一人残ったロムはランタンを片膝立ての体の前に置き、笑い声が聞こえる暗闇を見つめる。
 今やスピードに乗って走行音が響くほどに聞こえて来る怪物への攻撃チャンスは、彼の見立てでこの一往復だけ。
 全神経を耳と目に集め、右手を軽く開いて小刻みに揺らす。
 それは(はた)から見ればなんでもないような一瞬の出来事だった。
 暗闇から姿を現した魔女が通り過ぎようとする一瞬を逃さず下から上へ、まるでハンカチ取りゲームでもするように無造作にボタンを押す。
 しかし、それはロムという少年の修練と天与の才があってこそのものと言っても過言ではない。
 もしこのパーティにロムがいなければ、きっとこの局面をクリアできていないだろう。
 実のところ、この魔女にはカウンターがついていて五往復すると終了するフラグが組まれていたのだ。
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