03 新しい住人と不穏な空気

文字数 2,714文字

 通りが騒がしくなった。
 そろそろ朝夕火が欲しくなる季節である。
 この世界は人工的だろうが、外の世界と同様に日が伸びたり短くなる。
 そして今は日が沈もうかという時間帯であり、火を熾そうかと暖炉の準備をしていたところだった。

「荷が到着したらしいよ」

 二階から降りて来たヒビキが、そんなレイナに声をかけた。

「どうりで」

 レイナは特に興味を惹かれないという態度で淡々と手慣れた手順で火を熾す。

「相変わらず素っ気ないね、レイナは」

 ヒビキの後ろからマユが言う。

「荷物が来たってことは、新しい人たちが来たってことよ? 興味ないの?」

 この街はレイナが来た時から三百人規模の街として作られていた。
 ミクロンダンジョンというRPGの延長線上に意図されたらしい伝統的な洋風建築を模した街だった。
 レイナが目覚めた時は街の中央に食料と、彼女同様拉致されたらしい十五人ほどと一緒に放置されていた。
 第一陣である。
 第二陣はそれから二月も経った頃だったろうか?
 荷車に野菜や肉を乗せたものを引かされて、霧深い中を南門からやって来た。

「んーん……特に」

 春のゲームエクスポでさらわれたレイナがいつここに連れてこられたか?
 おそらく拉致から一月以上経っていたとは思えないが、以来ずっとここで暮らしている。
 あれから二度目の冬を迎えようとしている最古参だ。
 今更ワクワクするという感じでもなかった。

「あたしは興味あるよ」

 ヒビキは火がつきはじめた暖炉の前、レイナの隣にしゃがみこんで手をかざす。
もっとも、まだ火は温もりを与えてくれてはいない。

「ここんところ戦える人が不足していて厳しかったからね。今度の人たちはどうかな?」

 オークの出現以降、怪我人の離脱と復帰のバランスが大きく崩れ戦闘にかり出される頻度が増えていた。
 これまでも確かに戦士の離脱が復帰を上回ってはいたが、一度戦闘に参加すると次の戦闘は免除されていた。
 しかし、ヒビキもレイナもここ四度の戦闘全てに参加せざるを得ない状況だった。

「そもそも何人五体満足かって話よね」

 レイナは二人の話に割り込まない。
 彼女たちは生死をかけたダンジョンでの戦いをくぐり抜けてここに連れてこられており、(レッド)(ドラゴン)にさらわれたレイナとは境遇が違うからだ。
 大体が合成獣(キメラ)と戦い疲弊したところを人造人間(ホムンクルス)に拉致され、一応一定の医療的処置を施された後、この街の生活物資を積んだ荷車をひかされて南門にたどり着く。
 今や百五十人以上が暮らす街の一月分の生活物資を、怪我人も多いわずか数十人で運ばされるのだ。
 食料となる家畜も荷車を引いているとはいえ、これはなかなかの重労働だった。

「人より私は新鮮な野菜かな?」

 二人の話が一段落(いちだんらく)したあたりで、レイナが晩御飯の準備を始めるために歩きながらそう言った。
 ヒビキもマユもそれに気づいてあとを追う。

「それはある。特に果物と葉物野菜はこの一週間くらいだもんね、生で食べられるのは」

 南門の内側にわずかばかりの畑が作られているが、太陽光が得られないらか元々土地が耕作に適していないためか、イチゴやミニトマト、申し訳程度のジャガイモくらいしか収穫できない。
 もっとも十分の一サイズの彼らからすれば、そんな成りの悪いジャガイモでもおばけジャガイモであり、収穫の際には「おおきなかぶ」よろしく住民総出で引き抜くことになるわけだが。
 暖炉の前でナイフを使い、三人が調理をしている。
 その様はさながら第一次世界大戦前のヨーロッパの農村家庭のようだ。食べやすい大きさに刻んだ食材をホイポイと暖炉に据えた鍋の中に放り込んでいく。
 鍋の横には飯盒らしきものが置かれている。
 この辺りに日本人を見て取れるとでも言えばいいだろうか?
 三人が穏やかな日常として夕飯の支度を続けていたところに玄関のノッカーが三度叩かれ、来客を知らせる。
 レイナが出迎えると、そこにはアリカが立っていた。

「珍しいね、あんたがノックするなんて」

 来訪者に顔だけ向けてヒビキが声をかける。

「ボクだって礼儀はわきまえてるよ。ここに来るときは大抵緊急事態だからね。いや、それはいいんだ。ちょっと来てもらえないかな?」

「あたし?」

「いや、できればみんなに」

「ん・晩御飯火にかけてるからみんなって訳にいかないなぁ……」

「私が留守番してようか?」

 マユが自分を指差しそう言った。

「んーん……今んとこマユが必要な事態にはならないから、そうしてもらおうかな?」

 などと不穏なことを言う。
 その言葉に、それまでの日常モードだったヒビキの表情がサッと引き締まった。

「揉め事かい?」

「そう。今日はクロさん北門だから新しい人の世話役をコーと私でやってたんだけど……」

「コーがまたなんかやらかしたんだ」

 フンと鼻を鳴らして出かける準備をするヒビキにレイナは苦笑を添えてついていく。

「まぁ、コーもあんなだけどさ、今回は相手がちょっと……」

 まともじゃないとは直接言わない。
 しかし、その濁し方は明らかに相手に相当の問題があると匂わせていた。

「まぁいいさ、よくあることだ」

 外出の支度を終えた二人はアリカを先頭に南門へと向かう。
 南門にだどりつくと、確かにちょっとした騒ぎになっていた。
 ヒビキがざっと数えただけで今回到着したのは三十人近く。
 単純に五、六パーティというところだろうか?
 少し休めばすぐに戦えそうな人が十人以上はいる。
 戦闘に参加できないだろう人も十人くらいいるだろうか。
 ただ、人相・ガラの悪そうな男たちが多い感じで、このイザコザは彼らとのものらしい。
 少し離れたところでしばらく様子を見ていたが、一団の男たちとコーたち街側の人間で互いの主張を繰り返しているだけの押し問答が続いていることが判る。

「レイナ、コーちゃん連れてクロさん呼んできて」

「え?」

 これは直感というより洞察力の結果である。

「コー」

 言い合い睨み合いの中に無造作に入っていったヒビキは、いつもの「ちゃん」付けではなく呼び捨てにしてその隣に立つ。

「クロさん呼んできて」

 と、目配せでレイナを指す。

「ス……判った」

 この辺りは二人の力関係というよりは気心の知れた仲というのだろうか、コーは反論も質問もせずにチラリとヒビキの見知らぬ少年を一瞥してからその場を外れた。
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