09 円形闘技場での死闘

文字数 3,274文字

 四方を囲む壁の一面が開放された大きな箱。
 四人の冒険者がその中に入るとその箱が()り上がる。
 鎖で吊られているため引き上げられるたびにジャラジャラと音がなるのは果たして意図的な演出なのか。
 ゆっくり、ゆっくりと迫り上がる間四人は否が応でも緊張感が高まっていく。
 やがて箱は天井を超え、彼らを上の階に(いざな)う。
 そこには彼らが想像していた通りの円形闘技場が広がっていた。
 一つ予想外だったのは天井が解放されていて部屋の天井、室内照明が見えていたこと。
 二人の男がニタニタとこちらを見下ろしていたことだ。
 そして彼らの正面には十人の若い男たちがこれもニタニタと笑いながら、近寄りたくない雰囲気を醸し出してこちらを見下していた。
 「これか」と四人は下町の迷宮亭の店長(マスター)が調べてくれたレポートを思い出す。

「これ、マジか……」

 蒼龍騎が青ざめた表情で呟く。
 彼は御多分に洩れず、中学高校とこの手の相手とは極力関わらないようにしていたオタクである。
 特にいじめられていたという経験こそなかったが、十分に苦手意識を持っていた。

「それで縮小機が三台もあったのですね……」

「きっちりこちらの倍、十人用意していたでござるな」

「こっちは四人だ。倍以上だろ?」

 三人も軽口を言い合っているようだが、蒼龍騎同様できれば関わりたくない部類の相手だと思っている。

「こちらはロムが参加していませんからね。結果相手の優勢が強まっています」

「一人足りないだけじゃないだろ。最大戦力が欠けているハンディキャップマッチだ」

 震える声を隠そうともせず蒼龍騎が不安を口にする。
 三人もそんなことは百も承知だ。
 相手の実力のほどは判らなくてもロムの実力なら判っている。
 彼らが四人束になってかかっても五分と持たないほど力量差があることを。

「……ここを切り抜けられないようじゃ、レイナに辿り着けない。何としても勝つんだ」

 ジュリーが低く唸るように呟く。

「……でしたね」

「ゼン、出し惜しみは無しでござる」

「人相手に試すとは思いませんでした」

 ワナワナと震える唇をどうにか押さえつけて答えながら、彼は右手に握る杖に力を込める。

「さぁ、始めようぜ、オタクども」

 他の男たちより半歩前にいた男が少年の声で叫びかけてきた。
 そこには圧倒的優位からくる余裕の(あざけ)りがあり、(かさ)にきた威圧があった。
 戦う前から四人はすでにこの状況に呑まれている。
 ゼンはそこだけは冷静に意識していた。
 だからと言ってどうにかできる打開策など考える心の余裕はない。
 ジュリーもこのままでは一方的にやられる光景しかイメージできず、未だ戦闘態勢をとることすら忘れて棒立ちのままでいた。

「オラ、行くぞてめぇら!」

 それが合図であったかのように住人がこちらに向かって走り出す。
 体感距離にして三十メートルほど。
 十秒もしないちに接敵するだろう。
 その時。

「典型的な悪役のセリフだな、おい」

 その声は天から降ってきた。
 それは彼らにとって天の声だった。
 声の調子、タイミング、そして何よりその表現が彼らを主人公側に据えた発言であることが、(こわ)()った心と体をほぐす。
 ジュリーなど「ぷっ」と吹き出したほどである。
 その効果は味方だけでなく、敵にも現れた。
 突然自分たちに向けられた嘲りに足を止め、彼らは天を見上げた。
 そこには困惑と(いぶか)しさの浮かぶ二人の男がいるだけ。
 彼らを知っている十人は声の主が彼らではないことだけが判っている。
 「一体誰が?」と考えてしまう。
 そう、その効果は絶大だった。
 四人の冒険者は武器を構え、先制攻撃をすべく走り寄る。
 数的不利は間違いない。
 だからこそ先手を取らなければならない戦いだったのだ。
 しかし、実際には場の雰囲気に呑まれ、常に後手後手に回らされていた。
 いや、後手どころかあのままであれば防御もままならず一方的にやられていた可能性も否定できない。
 それを少なくとも攻勢に出ることができるほど劇的にひっくり返してもらった。
 まさに天の声だった。
 ジュリーがいち早く接敵してずんぐりむっくりの男に体当たりをかます。
 不意を突かれた男は身構える間も無く衝撃を受け、仰向けに弾き倒されそのまま起き上がってこない。
 鎧を通して感じる人の感触。
 ジュリーはその生々しさに顔をしかめながら片手で水平に大きく剣を振り回す。
 その先には痩せぎすの男がいて、剣は男の胸に当たる。
 彼らも防具は身につけていたようだが、それはアーマーというよりプロテクターという方がしっくりする防具であり、剣打の衝撃を防ぎきるほどの防御力はなかった。
 「自分たちは一方的に殴る側」そんな意識でいたのかもしれない。
 苦し紛れ、破れかぶれの攻撃で不用意な一撃をもらわないための用心。
 その程度の装備ではあったが防具としての役割を果たしたようで、ジュリーの渾身の力を乗せた一撃でも、それだけではさすがに倒れてはくれなかった。
 防具がなければあるいは大ダメージを与えていたかもしれないが、人の体はそこまで脆弱ではないのだとジュリーは知ることになる。

「てめ」

 痛みに顔をしかめながら手にしていた鉄パイプのような棒を振り上げる。
 とっさに足を止めて腕で防ぐ態勢をとるジュリーだったが、すぐに腹から声を出しつつその腕で顎をかちあげるように前進する。
 武器を振り上げた勢いもあってか男は踏ん張ることができず二歩三歩とたたらを踏んで後退する。
 間髪入れず逆胴打ちで脇腹を薙ぐと、相手は短く唸って体をくの字に曲げ膝をついてうずくまる。
 嫌な感触が両手に残っている。
 感慨に浸っていたつもりはなかったが、その思考は隙を作ってしまっていたようだ。
 突然背中から鈍い痛みが彼を襲う。
 ジュリーの最初の攻撃ターンは終わり、相手のターンが始まった。
 ジュリーに数歩遅れて蒼龍騎が攻撃の間合いに入る。
 彼は、最初に声を出した男に剣を振り下ろした。
 どんな心の作用があったのか、無意識に定めた狙いはおそらくリーダーを倒せば的な感覚だったのかもしれない。
 その攻撃は右肩に当たる。

「いっ……てェな、このやろう!」

 恐怖に引きつった表情で必死に二撃目を打ち下ろしたもののその攻撃は相手の攻撃と同時、相打ちになる。
 精神状態が災いしたのだろう。
 左腕に装着していた盾で防いでいればダメージなどなかったはずである。
 しかし、剣を振ることばかりに意識が向き防御がおろそかになった結果、相手の剣は彼の鎧を装着していない左上腕をしたたかに打ち据え彼の攻撃ターンを完全に終わらせる。
 あとは痺れで上がらない左腕を右手でかばうように持ち上げ必死に相手の攻撃を防ぐだけだった。
 サスケは、背負ってきた刀を右手で左肩越しに引き抜くと、その勢いのまま自分より大きいかという男を袈裟懸けに打ち据え、弾かれた刀を両手で握り直すと逆胴に振り抜き、さらに右袈裟に斬り下ろす。
 逆胴で前屈みになっていた男は最後の袈裟懸けに撃たれてそのまま倒れた。
 サスケはそれを視界の隅で確認しながら、他の男たちの様子を伺いつつゼンをかばうように男たちから距離を取る。
 そのゼンは戦闘領域に追いつくと男たちの動向をチラチラと確認しながら杖の操作を始めた。
 この数ヶ月、彼らはロムとの稽古こそしていたが、実際の対人戦闘は初めてと言っていい。
 ケンカ慣れしていそうな相手とは経験値に大きな隔たりがあるのは火を見るよりも明らかだ。
 このまま戦い続けても勝ち目はない。
 戦況は四対七。すでにそれぞれ一対二で防戦に回っているジュリーと蒼龍騎はジリ貧だし、鎖を振り回す三人に囲まれじりじりと追い詰められている二人も時間の問題と言えた。
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