16 三面六臂を相手に八面六臂の大活躍

文字数 2,299文字

 観客席は固唾をのむ。
 ここはどのパーティも何度となく阻まれた場所である。

「こいつは困ったぞ。まるで隙がない」

 ジュリーが間髪入れずに通り過ぎる刀の軌道をやり過ごし、ゴクリの唾を飲み込んだ。
 ありがたいことに石像はこちらを攻撃してくるというよりはあくまでも宝珠を守ることに徹しているらしく、深追いしてくる様子はない。
 サスケは一旦宝珠を取りに行くことを諦め短刀を抜いて攻撃に加わる姿勢を見せた。
 ロムは二、三度牽制攻撃を仕掛けてみたが三本の刀に阻まれていた。

(綺麗に受けられる。まるで防御の手本のようだ)

「手本?」

 自分の思考に自分で疑問符をつけたロムは、少し距離を置くと石像の位置取りや刀の軌道を確認する。
 そこには確かに規則性が見て取れた。

「ゼン、巻物にはなんて書いてあったっけ?」

「ちょっと待ってください」

 巻物を取り出したゼンはそれを開いて大きな声で朗読する。

「『宝珠護は無生の守護者
  三面六臂の阿修羅を模して 舞うは剣舞
  三面 四海を見透し 六臂 全てを受く
  守護者の前に骸 山を築き 宝珠 未だそこにあり』
 です」

 それを聞いたロムは棍を構え直し、こちらも流れるような動きで棍を振りながら相手の間合いに入っていった。
 互いの攻撃がよく噛み合う。
 こちらが攻めればあちらが受け、あちらの攻めにはこちらも綺麗に受け流す。
 そこにはジュリーもサスケも入る余地がない。
 五分ほどそんな攻防が続いただろうか、不意にロムが石像の間合いを出る。

「大丈夫か?」

 息が上がっている様子はない。
 互いにうまくいなしていたように見えていたことからゲガをしたわけでもないようだった。

「演舞だ」

 ロムの返答だった。

「演舞?」

「ああ、いろんな流派の動きが混ざってて癖があるけど文字通り『舞うは剣舞』ってやつさ」

「……じゃ、じゃあ攻略できる?」

 ロムは頷く。

「任せて」

 ロムは頭上で二、三度棍を回し低い姿勢で突きの構えをとる。
 観客席がしんと静まりかえる。
 突きが攻撃として有効なのは、歴史的実践や様々な文献で広く知られている。
 しかし、行うのは非常に難しい。
 そもそもにおいて素人が突いてみてもまっすぐな軌道を描くことができず、狙ったところに届かないことがほとんどである。
 ビリヤードでも台に固定した利き手と反対の手で軌道を補ってさえ、正確なショットを打つのはかなりの修練が必要だ。
 まして動く相手、左右に三本計六本の刀を振って守る相手の防御をくぐり抜けて攻撃するのは簡単ではない。
 とはいえ観客は、彼が第二階層のボスキャラであるサイクロプス相手に徒手空拳で圧勝した実力を数十分前に目の当たりにしているわけで、いやが上にも期待は高まる。
 『ドン』と、鈍い音が響く。
 観戦用小型カメラの性能を超えたスピードだったため、観客席からは一瞬彼がブレて見えただけだった。
 そばで見ていた三人でさえ突いたことが『判った』程度。
 初撃はそれほどのスピードを持った強烈な一撃だった。
 鳩尾(みぞおち)を撃ち込まれた阿修羅像(リビングスタチュー)は仰向けに倒れかけ、バランス制御の処理に右足を一歩後ろに下げて踏みとどまる。
 機械制御の弱点とも言えるその隙を元の構えに戻っていたロムが見逃すはずもなく、連続して突きを繰り出す。
 第二撃は寸分たがわず鳩尾に、そして間髪入れずにのけぞるように上を向いた顎を突き上げる。
 姿勢制御が間に合わず阿修羅像が倒れた隙をついて、サスケが素早く横をすり抜け祭壇に走りより宝珠を取り上げる。
 しかし、希望に反して戦闘は終わらない。
 起き上がった阿修羅像はサスケにターゲットを絞り襲いかかろうとする。
 背を向けた相手にロムが攻め込む。
 観客席のモニタからは一瞬消えたように観えるほどのスピードで続けざま繰り出された突きは、音が『ドドドン!』と連なって聞こえた。

「うらぁっ!」

 雄叫びをあげたジュリーが大上段から袈裟懸けに振り下ろした一撃が決定打となり、ついに阿修羅像は動きを止める。
 観客席からは声も出ない。
 結果論で言えば圧勝である。
 すごいことはすごいのだが、モニタ越しではその凄さのほどが感じられないせいもあったのかもしれない。
 ただただ呆気にとられるより他にない。
 誰も彼もがそんな心境だったのだろう。
 宝珠を抱えて蒼ざめていたサスケがようやく祭壇から降りてくると、ゼンも三人の元へ歩いてきた。

「おいしいところを持っていきますね」

「だが戦闘時の連携としてはなかなかスムーズでござったぞ。おかげで命拾いをした」

 ゼンの皮肉にサスケが珍しくフォローをする。

「しかし、やっぱロムはすげえな。最後のは三段突きだろ?」

「よく漫画や小説では表現されますが、私も音が間断なく聞こえる攻撃なんて初めて見ましたよ」

 言われたロムは照れ臭そうにはにかみ、話題をそらす。

「ところで宝珠ってなんだい?」

「ファンタジー的には魔法的効力のあるアイテムというところでしょうか? ミクロンダンジョン的には手に入れること自体が目的なので『目的のお宝』です」

「あとは出口を探すだけ?」

「……ええ」

 ゼンの返答に妙な間があったことで、ジュリーは再び気を引き締める。

(やべ、気を抜いてた)

 サスケの見つけた出口となる扉は、ゴシック調の室内インテリア的デザインで鍵穴はないものだった。
 しかし、鍵がかかっている。
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