10 おじさんと二日続きの敵襲
文字数 2,397文字
ヒビキは一通り説明をしていたが、今日は戦闘に関しての話をしていない。
これは現状、彼らには無理だという判断からの配慮だった。
やがて、小走りに一団が走り寄って来る音が後ろから聞こえて来たのを合図にしたかのように話を切り上げると、その集団を確認するように振り返る。
タニを先頭とした救護班であった。
レイナを見ると小さく微笑んで来る。
控えめで決して表立って行動しようとしないが、的確な判断でそつなく事態に対応する。
そんな彼女だからこそ最古参でありながら今も一線で戦っていられるのだろうとヒビキは感心するしかない。
彼女は元の世界ではただの女子中学生(正確にはすでに卒業はしていた)だったのだ。
運動神経はいい方だった。
単身での戦闘センスにも光るものがある。
だが、それ以上に彼女には危険に対する反応の良さと素早い決断力、一人でなんとかしようと思わない思慮深さが、つまり危機回避能力の高さがあった。
住人が慣れた様子で検品を始め、救護班が今回の一行の怪我の具合を確認しているのを見ているレイナにヒビキが声をかける。
「帰ろっか」
「あ・うん、ゴメン。ちょっと待っててもらえる?」
あの事件以来、女性は例外なく二人以上で行動するというルールが追加されていた。
そのためレイナが帰らない限りヒビキも帰るわけにいかなかった。
部屋割りでも五、六人で一軒の家をシェアするように配慮されている。
そもそも街全体で女性の比率は一割強で、レイナたちの家の周り四軒の家に集められることになった。
彼女たちが相変わらず三人で住んでいるのは、環境をできる限り変えないようにというタニたちのマユに対する配慮だ。
「まぁ、私はいいけど……何かあるのかい?」
「おじさんがね」
「おじさん?」
言われてヒビキは診察の順番を待つ人たちをみる。
レイナから見てどれくらい年上なら「おじさん」になるのかと少し悩みかけたが、明らかにおじさんという男が目についた。
おどおどしているようでいて妙に落ち着いた気配を漂わせた、少々汚い印象のある男だ。
単純に第一印象で言えば四十代のホームレス。
「おじさんがどうしたのさ」
「んーん……なんとなく。私を見てたから」
「ロリコンか」
「そういうんじゃなかったんだよね」
などと話しているところに鎧を着た男が走り込んできた。
その場が一気に緊張する。
それが意味するところはたった一つだからだ。
「敵襲!?」
ザワザワと動揺が走る。
「みんなはいつも通り検品を続けて。チェックの終わったものから倉庫に運んでください」
凜とした透明感のある心地よい声でレイナが言う。
止まっていた住人たちの手が動き出したのを確認すると、タニに近づく。
「あとはこっちでやっとくよ、早く行った方がいい。二人が遅れるとそれだけ味方が苦しくなる」
「よろしくお願いします」
二人は浅く頭を下げると踵 を返して北門へと急ぐ。
その後ろを例の「おじさん」が追いかけてきた。
やはり無傷のようだ。
「なぁ、何があった? てきしゅうってなんだ?」
鎧の男とレイナにヒビキ、三人の数歩後を歩きながら声をかけてくる。
「文字通り敵が襲ってきたんだよ」
男が振り返りながら答える。
「敵? 物騒な世界だな。援軍が必要なほどって何人ぐらいきたんだ?」
それを聞いて三人が立ち止まる。
男は二人に問う。
「ちゃんと話してないのか?」
「今日の人たちはみんな大怪我をしていて……」
「ピンピンしてんじゃん!」
最後まで言わせず声を荒げた男に「おじさん」が先を急ぐようにと手振りで促しながらこう言った。
「あー、俺もふらふらしてたし、みんな歩くのもやっとってやつばっかりだったんだ。ねーちゃんたちを責めちゃいけねぇや」
その物言いにムッとした態度を隠しもせず歩き出す。
三人もその後に続く。
ヒビキが「おじさん」に改めて「敵」の話を説明する。
彼は青ざめるどころかにやけ出してブルブルと震え始めた。
恐怖で震えているのではない。
興奮で打ち震えているのだ。
「で、何体だったんだ?」
ヒビキが街の中心広場を横切った辺りで先頭を行く男に訊ねると、彼は振り向くこともなくぶっきら棒に「十」と答えた。
「十?」
「ねーちゃん、そいつは多いのかい?」
「むしろ少ない方」
「それでなんで応援が必要なんだい?」
「戦士は全員戦闘参加が義務だから」
レイナがそう言おうとするのを制するように男が言った言葉に、レイナとヒビキは衝撃を受けた。
「今までと違う種類が来たからだ」
それが何を意味するのか「おじさん」には判らないので三人の緊張感が伝わらない。
男は説明を続ける。
それによると敵はコボルドが九匹に一つ目の怪物 が一体。
サイクロプスといえばギリシャ神話やゲームなどから単眼で巨人というイメージがあるが、コボルドとの比較から巨人と言えるほど大きくはないという。それでもいいところ百三十センチ(実際には十分の一)を少し超える程度だったオークと比べて大きく、百九十センチ級ではないかという。
敵の数は確かに少ない。
しかし、昨日も襲撃を受けたばかりでこちらはけが人が多く、自警団の人数が揃っていない。
昨日は総力戦だったのではないかと思えるほどの大群で攻めて来たので、何人かの戦死者を出している。
主戦力だったネバルやアリカ、シュート、戦力として当てにできたイサミたちも多くが深手を負っていた。
何より単眼であるという以外外見的に人と変わらない敵と対峙できそうなのはクロとヒビキ、あとはシュウトにコーくらいだろうかという状況なのだ。
これは現状、彼らには無理だという判断からの配慮だった。
やがて、小走りに一団が走り寄って来る音が後ろから聞こえて来たのを合図にしたかのように話を切り上げると、その集団を確認するように振り返る。
タニを先頭とした救護班であった。
レイナを見ると小さく微笑んで来る。
控えめで決して表立って行動しようとしないが、的確な判断でそつなく事態に対応する。
そんな彼女だからこそ最古参でありながら今も一線で戦っていられるのだろうとヒビキは感心するしかない。
彼女は元の世界ではただの女子中学生(正確にはすでに卒業はしていた)だったのだ。
運動神経はいい方だった。
単身での戦闘センスにも光るものがある。
だが、それ以上に彼女には危険に対する反応の良さと素早い決断力、一人でなんとかしようと思わない思慮深さが、つまり危機回避能力の高さがあった。
住人が慣れた様子で検品を始め、救護班が今回の一行の怪我の具合を確認しているのを見ているレイナにヒビキが声をかける。
「帰ろっか」
「あ・うん、ゴメン。ちょっと待っててもらえる?」
あの事件以来、女性は例外なく二人以上で行動するというルールが追加されていた。
そのためレイナが帰らない限りヒビキも帰るわけにいかなかった。
部屋割りでも五、六人で一軒の家をシェアするように配慮されている。
そもそも街全体で女性の比率は一割強で、レイナたちの家の周り四軒の家に集められることになった。
彼女たちが相変わらず三人で住んでいるのは、環境をできる限り変えないようにというタニたちのマユに対する配慮だ。
「まぁ、私はいいけど……何かあるのかい?」
「おじさんがね」
「おじさん?」
言われてヒビキは診察の順番を待つ人たちをみる。
レイナから見てどれくらい年上なら「おじさん」になるのかと少し悩みかけたが、明らかにおじさんという男が目についた。
おどおどしているようでいて妙に落ち着いた気配を漂わせた、少々汚い印象のある男だ。
単純に第一印象で言えば四十代のホームレス。
「おじさんがどうしたのさ」
「んーん……なんとなく。私を見てたから」
「ロリコンか」
「そういうんじゃなかったんだよね」
などと話しているところに鎧を着た男が走り込んできた。
その場が一気に緊張する。
それが意味するところはたった一つだからだ。
「敵襲!?」
ザワザワと動揺が走る。
「みんなはいつも通り検品を続けて。チェックの終わったものから倉庫に運んでください」
凜とした透明感のある心地よい声でレイナが言う。
止まっていた住人たちの手が動き出したのを確認すると、タニに近づく。
「あとはこっちでやっとくよ、早く行った方がいい。二人が遅れるとそれだけ味方が苦しくなる」
「よろしくお願いします」
二人は浅く頭を下げると
その後ろを例の「おじさん」が追いかけてきた。
やはり無傷のようだ。
「なぁ、何があった? てきしゅうってなんだ?」
鎧の男とレイナにヒビキ、三人の数歩後を歩きながら声をかけてくる。
「文字通り敵が襲ってきたんだよ」
男が振り返りながら答える。
「敵? 物騒な世界だな。援軍が必要なほどって何人ぐらいきたんだ?」
それを聞いて三人が立ち止まる。
男は二人に問う。
「ちゃんと話してないのか?」
「今日の人たちはみんな大怪我をしていて……」
「ピンピンしてんじゃん!」
最後まで言わせず声を荒げた男に「おじさん」が先を急ぐようにと手振りで促しながらこう言った。
「あー、俺もふらふらしてたし、みんな歩くのもやっとってやつばっかりだったんだ。ねーちゃんたちを責めちゃいけねぇや」
その物言いにムッとした態度を隠しもせず歩き出す。
三人もその後に続く。
ヒビキが「おじさん」に改めて「敵」の話を説明する。
彼は青ざめるどころかにやけ出してブルブルと震え始めた。
恐怖で震えているのではない。
興奮で打ち震えているのだ。
「で、何体だったんだ?」
ヒビキが街の中心広場を横切った辺りで先頭を行く男に訊ねると、彼は振り向くこともなくぶっきら棒に「十」と答えた。
「十?」
「ねーちゃん、そいつは多いのかい?」
「むしろ少ない方」
「それでなんで応援が必要なんだい?」
「戦士は全員戦闘参加が義務だから」
レイナがそう言おうとするのを制するように男が言った言葉に、レイナとヒビキは衝撃を受けた。
「今までと違う種類が来たからだ」
それが何を意味するのか「おじさん」には判らないので三人の緊張感が伝わらない。
男は説明を続ける。
それによると敵はコボルドが九匹に
サイクロプスといえばギリシャ神話やゲームなどから単眼で巨人というイメージがあるが、コボルドとの比較から巨人と言えるほど大きくはないという。それでもいいところ百三十センチ(実際には十分の一)を少し超える程度だったオークと比べて大きく、百九十センチ級ではないかという。
敵の数は確かに少ない。
しかし、昨日も襲撃を受けたばかりでこちらはけが人が多く、自警団の人数が揃っていない。
昨日は総力戦だったのではないかと思えるほどの大群で攻めて来たので、何人かの戦死者を出している。
主戦力だったネバルやアリカ、シュート、戦力として当てにできたイサミたちも多くが深手を負っていた。
何より単眼であるという以外外見的に人と変わらない敵と対峙できそうなのはクロとヒビキ、あとはシュウトにコーくらいだろうかという状況なのだ。