08 見た目は特に何もしていないけど、頭の中はフル回転
文字数 2,820文字
四人を見送ったロムは、緩慢な動作で彼らの荷物を片付けながら考える。
まずは、部屋の間取りの確認だ。
これは、急ぐ必要はない。
荷物を片付ければあとは特段することがない。
ぼーっとしている風を装ってじっくり確認すればいい。
ついでに男たちの様子も観察できる。
ちらりと三人の男を見てすぐに視線を荷物に戻す。
こっちはあまりじっくり見ると因縁つけられそうだ。
片付けを終えた彼はグルリと部屋を見回す。
時計がないことは部屋に入った時から確認済みだったが、この行動はあくまでも彼らに対するポーズだ。
時計がないことを確認するとポケットから携帯端末を抜き出し確認する。
あくまでも時間を確認するていで実際に確認したのは電波状況の方である。
案の定電波が届いていない。
携帯端末は今や完全な社会インフラだ。
オフィスもマシンパワーを極端に要求する仕事や、安全のためのオフライン作業でもない限り携帯端末で行われている。
そして携帯端末の利用は九分九厘ネット接続が前提であり、オフィスビル内に電波の不感地帯があるなどまず考えられない。
あるとすればそれは意図的な遮断と考えるのが妥当だろう。
「すいません、どこにいればいいですか?」
眼鏡の男に声をかけると、彼は案内の男にパイプ椅子を用意させて壁際にロムを座らせた。
ミクロンシステムの前、部屋の隅に用意されたパイプ椅子にだるそうに座ると改めて部屋を眺めまわす。
窓のない長方形の部屋はもともと会議室だったと見え、障害物となるような柱はない。
会議室としては決して広くないその部屋の長辺の一面をミクロンシステムが隠している。
縮小装置が三台。
調子が悪いと言っていた二台はしかし、稼働している気配がある。
ロムが見る限り少なくとも通電し、起動していることは間違いない。
ダンジョンフィールドは「賢者の迷宮亭」と比べても外観上ふたまわりは小さく見える。
それでも部屋全体の六割以上は占有しているだろう。
通常ダンジョンフィールドの外観は味気ないほどシンプルである。
メンテナンスのため内部にアクセスしやすいようにストッパーや持ち手がいくつかあるだけ、というのが大半である。
合法時代のダンジョンフィールドはアミューズメントパークなどに設置され、多くの人の目に触れていたこともあり宣伝も兼ねてイラストなどで飾られていたが、今はそんなところに金をかけるオーナーはいない。
観客を入れていた下町の迷宮亭でさえ外観は持ち手のついたパネル以上のものではなかった。
そういう意味では目の前のダンジョンフィールドも外見上、特に変わったところはない。
空いたスペースは六畳もないだろう。
ロムの対角に二人。
細いフレームのスクエアメガネに濃灰色のカットソーの男と、臙脂色のスリムなレザーパンツに襟ぐりの広い黒のタンクトップを着た茶金色の髪をしたにやけた男。
その向かい、ドアの前に立っている整える気の無い無精髭を顎に生やした若い男。
白いスラックスに黒いヨレヨレのタンクトップの上からは派手な刺繍入りのジャンパーを羽織り、下品なほどジャラジャラとしたネックレスが目立つ見事なまでのチンピラスタイルだ。
彼らの服装を見る限り特に武器になるようなものを持っているようには見えない。
それ以外には何も目につくものがない。
天井も古い直管型蛍光灯照明器具が二列に並んでいる(もっとも照明自体はLEDのようだ)し、掃除用具どころかゴミ箱さえ見当たらない。
(何戦うこと前提に状況把握してるんだろうね、俺)
思わず自嘲を漏らしそうになったロムは目を閉じ、耳をすます。
「どうします?」
数分後、彼が眠ったと思ったのだろうか?
あご髭の男が小声で問いかけるのが聞こえた。
「構わねぇよ、一人で何ができるってんだ。さ、準備準備」
茶金髪の男が答えながら動き出す気配がする。
こちら側に近寄ってくるようだ。
いや、彼のことは眼中にないらしい。
ダンジョンフィールドを回って奥へ入って行ったようだ。
「そっすね」
あご髭の男は深く考えた形跡のない返事で作業を手伝い始めたらしい。
ロムは何を始めたのかを確認したいところだったが、メガネの男の気配がこちらに向いているため実行に移せないでいた。
(やっぱ、あいつの攻略がポイントだな)
ロムは音と気配を頼りに何が行われているかを探り続ける。
(ダンジョンフィールドを開いている?)
そうとしか考えられない。
最初こそ彼を憚 ってか、なるべく音を立てないように配慮しながらだった作業はいつしか普通にそれなりの音を立てている。
(いやいや、アタック中だよ?)
このタイミングなら目を開けるのもありかと判断したロムの背筋をぞくりと悪寒が走る。
メガネの男の気配が鋭いものに変わったからだ。
位置は変わっていない。
相変わらず同じ場所にいる。
しかし、こちらに向けている気配の質が変わった。
こちらの気配を探るような圧がある。
おそらくこちらの反応が伝わったと考えなければいけないだろう。
油断していたわけじゃない。
しかし、気質の変化に反応してしまった自覚もある。
ここまであからさまに気の質を変えてくる相手が、相手の気を読めないはずがない。
大きくは揺らいでいない自信はあっても楽観するほど強気でも傲慢でもない。
ロムは改めて男の容姿を思い出す。
ジーンズに濃灰色のカットソーを着たどちらかといえばインテリな若者。
フレームの細いスクエアのメガネがその印象を強調している。
背はロムより五センチほど大きかっただろうか。
全体的な印象は細身だったが同じ背格好の茶金髪の男や、ゼンと同じ背丈のあご髭の男と違って胸板は厚く張りがあった。
(やべ、インテリどころか武闘派だ)
何らかの格闘技を習っていたことは間違い無く、少なくとも今でも筋トレは続けている。
肉付きがそれを物語っていた。
(何を習っていた?)
一口に格闘技といってもいろいろある。
見た目の印象から組み技ではないだろうと勝手に想像しているが、打撃専門と考えるのも怖い。
それよりも……と、ロムは無駄な考察から行動するタイミングへと思考を切り替えた。
ガタガタとそれなりの音がしていたのだ。
微睡 んでいたとして目覚めても不自然とは思わないだろう。
問題は起きた後だ。
それが決まらなければ目を開けられない。
メガネの男がいなければ寝ぼけたふりでも構わない。
あとの二人など彼にとっては相手ではない。
しかしメガネの男がどれだけの戦闘力を持っているか判らず、じっとこちらを注視している以上下手 を打つわけにはいかなかった。
まずは、部屋の間取りの確認だ。
これは、急ぐ必要はない。
荷物を片付ければあとは特段することがない。
ぼーっとしている風を装ってじっくり確認すればいい。
ついでに男たちの様子も観察できる。
ちらりと三人の男を見てすぐに視線を荷物に戻す。
こっちはあまりじっくり見ると因縁つけられそうだ。
片付けを終えた彼はグルリと部屋を見回す。
時計がないことは部屋に入った時から確認済みだったが、この行動はあくまでも彼らに対するポーズだ。
時計がないことを確認するとポケットから携帯端末を抜き出し確認する。
あくまでも時間を確認するていで実際に確認したのは電波状況の方である。
案の定電波が届いていない。
携帯端末は今や完全な社会インフラだ。
オフィスもマシンパワーを極端に要求する仕事や、安全のためのオフライン作業でもない限り携帯端末で行われている。
そして携帯端末の利用は九分九厘ネット接続が前提であり、オフィスビル内に電波の不感地帯があるなどまず考えられない。
あるとすればそれは意図的な遮断と考えるのが妥当だろう。
「すいません、どこにいればいいですか?」
眼鏡の男に声をかけると、彼は案内の男にパイプ椅子を用意させて壁際にロムを座らせた。
ミクロンシステムの前、部屋の隅に用意されたパイプ椅子にだるそうに座ると改めて部屋を眺めまわす。
窓のない長方形の部屋はもともと会議室だったと見え、障害物となるような柱はない。
会議室としては決して広くないその部屋の長辺の一面をミクロンシステムが隠している。
縮小装置が三台。
調子が悪いと言っていた二台はしかし、稼働している気配がある。
ロムが見る限り少なくとも通電し、起動していることは間違いない。
ダンジョンフィールドは「賢者の迷宮亭」と比べても外観上ふたまわりは小さく見える。
それでも部屋全体の六割以上は占有しているだろう。
通常ダンジョンフィールドの外観は味気ないほどシンプルである。
メンテナンスのため内部にアクセスしやすいようにストッパーや持ち手がいくつかあるだけ、というのが大半である。
合法時代のダンジョンフィールドはアミューズメントパークなどに設置され、多くの人の目に触れていたこともあり宣伝も兼ねてイラストなどで飾られていたが、今はそんなところに金をかけるオーナーはいない。
観客を入れていた下町の迷宮亭でさえ外観は持ち手のついたパネル以上のものではなかった。
そういう意味では目の前のダンジョンフィールドも外見上、特に変わったところはない。
空いたスペースは六畳もないだろう。
ロムの対角に二人。
細いフレームのスクエアメガネに濃灰色のカットソーの男と、臙脂色のスリムなレザーパンツに襟ぐりの広い黒のタンクトップを着た茶金色の髪をしたにやけた男。
その向かい、ドアの前に立っている整える気の無い無精髭を顎に生やした若い男。
白いスラックスに黒いヨレヨレのタンクトップの上からは派手な刺繍入りのジャンパーを羽織り、下品なほどジャラジャラとしたネックレスが目立つ見事なまでのチンピラスタイルだ。
彼らの服装を見る限り特に武器になるようなものを持っているようには見えない。
それ以外には何も目につくものがない。
天井も古い直管型蛍光灯照明器具が二列に並んでいる(もっとも照明自体はLEDのようだ)し、掃除用具どころかゴミ箱さえ見当たらない。
(何戦うこと前提に状況把握してるんだろうね、俺)
思わず自嘲を漏らしそうになったロムは目を閉じ、耳をすます。
「どうします?」
数分後、彼が眠ったと思ったのだろうか?
あご髭の男が小声で問いかけるのが聞こえた。
「構わねぇよ、一人で何ができるってんだ。さ、準備準備」
茶金髪の男が答えながら動き出す気配がする。
こちら側に近寄ってくるようだ。
いや、彼のことは眼中にないらしい。
ダンジョンフィールドを回って奥へ入って行ったようだ。
「そっすね」
あご髭の男は深く考えた形跡のない返事で作業を手伝い始めたらしい。
ロムは何を始めたのかを確認したいところだったが、メガネの男の気配がこちらに向いているため実行に移せないでいた。
(やっぱ、あいつの攻略がポイントだな)
ロムは音と気配を頼りに何が行われているかを探り続ける。
(ダンジョンフィールドを開いている?)
そうとしか考えられない。
最初こそ彼を
(いやいや、アタック中だよ?)
このタイミングなら目を開けるのもありかと判断したロムの背筋をぞくりと悪寒が走る。
メガネの男の気配が鋭いものに変わったからだ。
位置は変わっていない。
相変わらず同じ場所にいる。
しかし、こちらに向けている気配の質が変わった。
こちらの気配を探るような圧がある。
おそらくこちらの反応が伝わったと考えなければいけないだろう。
油断していたわけじゃない。
しかし、気質の変化に反応してしまった自覚もある。
ここまであからさまに気の質を変えてくる相手が、相手の気を読めないはずがない。
大きくは揺らいでいない自信はあっても楽観するほど強気でも傲慢でもない。
ロムは改めて男の容姿を思い出す。
ジーンズに濃灰色のカットソーを着たどちらかといえばインテリな若者。
フレームの細いスクエアのメガネがその印象を強調している。
背はロムより五センチほど大きかっただろうか。
全体的な印象は細身だったが同じ背格好の茶金髪の男や、ゼンと同じ背丈のあご髭の男と違って胸板は厚く張りがあった。
(やべ、インテリどころか武闘派だ)
何らかの格闘技を習っていたことは間違い無く、少なくとも今でも筋トレは続けている。
肉付きがそれを物語っていた。
(何を習っていた?)
一口に格闘技といってもいろいろある。
見た目の印象から組み技ではないだろうと勝手に想像しているが、打撃専門と考えるのも怖い。
それよりも……と、ロムは無駄な考察から行動するタイミングへと思考を切り替えた。
ガタガタとそれなりの音がしていたのだ。
問題は起きた後だ。
それが決まらなければ目を開けられない。
メガネの男がいなければ寝ぼけたふりでも構わない。
あとの二人など彼にとっては相手ではない。
しかしメガネの男がどれだけの戦闘力を持っているか判らず、じっとこちらを注視している以上