02 美は細部に宿り、あのダンジョンを想起させる。

文字数 2,685文字

 四人の冒険者が「帰らずの地下迷宮」にアタックしたのは三日後の土曜日だった。
 そこは「下町の迷宮亭」の目の前にある彼らの家から歩いても三、四十分ほどのところにある築十年以内と見える三階建ての小さなテナントビルにあった。
 裏の通用口から入り、窓口の男に合言葉を言うと

「ちょっとこっちへ来てください」

 と連れていかれたのが事務所の奥。
 そこにはエレベーターがあり、エレベーターの中にはたった一つのボタン以外に何もない。
 顔を見合わせた四人はそっとうなずきあう。
 ジュリーがボタンを押すと、エレベーター内の照明が消えてほんの僅かに揺れる。
 緊張感に溢れた沈黙が狭い空間を支配する。
 どれほどたったのか。
 確認はしていないが数分経った頃、

「動き出したんだよな」

 と、ほとんど加速によるGを感じなかったことを(いぶか)しんでジュリーが言う。
 ゼンも

「おそらく」

 としか言えなかった。
 四人は上昇したのか下降したのかも判らないまま体感でさらに数分暗闇の中で待たされ、やがて突然戻った照明の明るさに目を細める。
 その瞬間、やはりほんの僅かに揺れたようだった。
 ポンと電子的な音がなり、ドアが開く。
 そこには雰囲気抜群の(レン)()造りのファンタジックな酒場が広がっている。

「ようこそ帰らずの地下迷宮へ。ここは入り口前の冒険者用酒場兼宿屋『嘆きの酒場亭』です」

 出迎えに来たのはクラシックなドイツの民族衣装(ディアンドル)を着た豊満な若い女性だった。
 襟ぐりの広い()綿(めん)()()りのブラウスに前開きで襟ぐりの深い短い袖なし胴衣(ボディス)は草染だろうか。
 深い緑色できつめに紐で絞められていてハムを連想させる。
 同色のスカートは膝下丈でふくらはぎまで隠れている。
 エプロンはブラウスと同じ木綿の生成り、灰白(はいかい)(しょく)のハイソックスに飴色(あめいろ)の木靴もドイツ風デザインと、時代考証でもしたのかと言いたくなるほどの本格派であった。
 彼らはそんな田舎娘(ディアンドル)に促されて手続きをすませると、酒場の奥に設置れていたミクロンシステムに案内される。
 縮小された四人の前に広がっていたのは十分の一の酒場であった。
 自分たちは本当に縮小されたのか?
 と悩んでしまうほどに精巧なミニチュア酒場で待っていたのは制服なのだろう、先ほどの豊満な女性が来ていたのと同じデザインのディアンドルを着たやせ気味のメリハリのない女性だった。

「冒険の道具はお揃いですか?」

「え?」

「当嘆きの酒場亭では冒険初心者のために冒険装備などの貸し出しもしております。……皆様は一通り揃えて準備されているようですね」

 マニュアルトークだったのだろう。
 話の途中で彼らの格好に気づいたようだ。
 ジュリーの鎧は狂戦士の墓標亭の経験を生かしてか改良が施されていた。
 綿入りのトレーナーの上に着込んでいる(チェイン)帷子(メイル)は従来通りのチタン製七分袖・膝上丈の筒型衣(チュニック)デザイン。
 その上に練色(ねりいろ)の麻製袖なし筒型衣を着るところまでは従来通り。
 当世(とうせい)()(そく)を参考にしていたツヤ消し処理のされた鈍色(にびいろ)のアルミ合金製プレート装甲は、認識の甘さからデザインを優先させていた箇所がよりシンプルに防御能力を優先したものに変わっていて、南蛮具足然とした無骨な中に機動力を最大限に求めた作りになっている。
 武器は腰に()いている()(こん)に塗られたシンプルな鞘に収められたショートソードで、身長に合わせた七十センチ級の従来品。
 背中には予備なのか黒鞘に収められた八十センチ級のソリのある日本刀風の両手持ち剣を背負っている。
 サスケは非常に細かく編まれた(くさり)帷子(かたびら)を着込み、伝統的な墨染の伊賀(いが)(ばかま)ばきという忍者装束を着ている。
 手甲(てっこう)籠手(こて)(すね)()ても、目だけ露出している覆面頭巾姿というのもいつも通りだ。
 武器も帯の後ろに差した刃渡り二十五センチ級の短刀と、狂戦士の墓標亭アタックの時に用意した八十センチ級の日本刀を背中にくくりつけている。
 今日のゼンは濃紺のローブを羽織っている。
 ローブの中はバレーボール用の肘・膝サポーターを巻き、いつも通りアウトドアベストのようなポケットだらけの中衣には色々と入れてある。
 右手には狂戦士の墓標亭での反省を生かし手直しされた杖を握っている。
 ジュリーの鎧同様時間のない中で改造されたものだからか、デザインが元のものより不恰好になっていた。
 ロムは今日も筋肉の動きなどで技の始動が悟られないよう配慮された、ゆったりとした藍色の拳法着を着ている。
 例によって裾は邪魔にならないように足首のあたりで布紐で縛られていて、袖は拳が見える程度に折り返してある。
 武器として二メートルサイズの棍を持ち、腰には水と炊いた米が一粒それぞれ袋に入れて提げられている。

「ここは初心者が多く来るのかい?」

 ジュリーが勇者志望の熱血少年然とした芝居掛かった口調で話しかける。

「初心者かどうかはよく判りませんが、私の知る限りリピーターはほとんどいないんですよね。ダンジョン内のことは判りませんけど内装はご覧の通り相当凝ってますし、きっとダンジョンの方もよくできてると思うのですが。皆様もしよかったら今後ともご贔屓に」

「ご贔屓にって言われてもミクロンはプレイ料金高いし、通うのは簡単じゃないよ」

 ロムが三人を促しながら軽口で答えると「それもそうですね」と納得顔を見せ、彼らの背中に声をかける。

「皆様のご健闘をお祈りします。頑張って」

と。
 嘆きの酒場亭を出ると街道を模した通路が伸びていた。
 風景として書割(かきわり)が建てられていたが、その風景も細部まで書き込まれていてなかなかに凝った演出になっている。

「気づきましたか?」

 歩きながらゼンが言う。
 その声は心持ち上ずっているようだ。

「気づかないわけないだろ」

 ジュリーが答える。
 彼もまた声が震えている。
 そう、この演出の凝りようが嫌でも

ダンジョンを想起させるのだ。

「このダンジョン、何が何でもクリアするぜ」

 洞窟を模したダンジョンの入り口の前に立ち、ジュリーがそう宣言してダンジョンアタックは始まった。
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