08 麻酔が効くまで
文字数 2,321文字
「みんな、聞こえるか?」
声の出所を探すため、視線をあちこちへ巡らせる仕草をモニターで確認していた男は続ける。
「疲れているところ悪いんだけど、ジュリーたちはすぐミクロンシステムに入ってくれ」
その声に聞き覚えがある四人は互いに顔を見合わせた。
「店長 がみんなのカードを用意しているんだ」
「どういうことだ?」
と、コーが聞く。ロムが答えようとして口を開きかけ、険しい顔で唇を引き結ぶ。
「詳しい話は後だ。ゼン、三人で先に行ってくれ」
言われたゼンはロム同様に何かを警戒しているクロとヒビキの様子に頷くと、二人の背中を押してミクロンシステムの入口へ向かう。
ジュリーが思い出したように一度立ち止まると振り向きざまにロムに腰の剣を投げてよこす。
「何が来てるんだ」
三人が扉の向こうに消えるとコーがロムに訊ねる。
こちらも伊達に修羅場は潜っていない。
生き物の気配が近づいていることは彼らに遅れたとはいえ知覚していた。
ロムは無意識に左の肩を落としてゆっくりと息を吐く。
「宿敵です」
ようやくジュリーたちとの連絡手段を見つけた蒼龍騎が側のマイクでミクロンシステムへと彼らを促すと、店長の行方を確認する。
「ジュリーが二番、サスケが三番、ゼンが四番だ。間違えるなよ」
連絡を終えると、蒼龍騎は彼に背を向け、今まさに巨大化を終えようとしていたミノタウロスが出てくるだろうミクロンシステム六番機を睨む三人の男に視線を向ける。
「麻酔弾とかで眠らせられないのかの?」
「アニメか何かみたいに? 無理ですよ、薬液の量ってのは対象によって調整しなきゃならないんです。案外不便なんですよ? まぁ、最初から人間相手だっていうならできますけどね。どこまで効くかは知りませんが、試してみますか?」
「どこまでも怖いな、国家権力は」
「反社会的勢力の方に言われてもね」
師匠は拳法家、充はアマボクシングで代表クラスの実力者ではあるが二人とも徒手空拳であり、怪物相手には心細い。
日下部はフルオートの拳銃を構えているがどれほどの効果があるか未知数だ。
むしろ先ほどモニタ越しに見ていた戦闘のように刀剣での攻撃の方がどれほど信頼感があるかしれない。
日下部は自分で提案した通り、麻酔弾に装填し直し始めた。
対人用の麻酔弾がどれほどの効果をもたらすかは本当に未知数で、効きすぎで殺してしまうのは結果オーライだが、全く効果がない場合の心配をしているのだ。
しかし、実際のところ手にしている拳銃の、口径の小さな銃弾一発で仕留めるのはなんとなく不可能だろうことくらいの予想はつく。
野生の猪や熊のエピソードを考えればたとえ手持ちの銃が猟銃だったとしても心許ない。
ましてや相手は初めから人の脅威として生み出された怪物なのだ。
「くるぞ!」
充の警告に日下部が銃を構える。
装填できた麻酔弾は手持ち四発のうち三発。
即効性の高い麻酔薬はしかし人間用である。
その効果も持続時間も未知数だった。
ミクロンシステム六番機の扉が壊されて中から二メートルを優に超える怪物が姿を表す。
狙いを外さないため狙いやすい胸に三発、無言で撃てばミノタウロスが痛みに震えて低く鳴く。
「どれくらいで効く?」
「人なら一分前後ってとこですけど……さて」
「一分凌 がなきゃならんってことだな?」
怒りに猛るミノタウロスと戦う覚悟を決めた二人が、ミノタウロスの前に進み出る。
「麻酔の効果が出るかどうかも判らないんですよ」
「一分経つたら一旦逃げるよ」
「オレもそうしよう」
充は音のしないボクシングのステップワークで、師匠も独特の歩法でミノタウロスを左右から囲む。
身長差がすでに大人と子供ほどに違う。
リーチを考えれば、被弾覚悟で懐に潜り込まなければ届かない。
しかし、避け続けるだけ、こちらから攻撃しなければいいというなら相手は武術・闘技の持ち合わせがない怪物であり、その攻撃は読みやすいく一分くらいは凌げる。
二人ともそれくらいの自信はあったのだ。
それでも唸りを上げるような豪腕は、当たれば防御の上からダメージを与えてくること必至の破壊力を示しており、それらを避け続けるのは実に神経をすり減らす作業だった。
「これは麻酔の効果があってこれなのか?」
「どうかの?」
「一分!」
そう叫んだのは店長である。
「三、二」
ちらりと日下部を見やる余裕のあった師匠がゆっくり数を数える。
「一ッ!」
タイミングを合わせて同時にバックステップで距離を取る二人。
ほぼ同時に日下部が最後の麻酔弾を腹部に撃ち込む。
短く呻くのを確認した二人は深く踏み込んで渾身の一撃を繰り出す。
それで倒れるとは二人とも思っていない。
それは日下部に目標が移らないようにするための牽制である。
あとは麻酔が効くことを祈ってミノタウロスの攻撃をかわし続けるだけ。
二人とも避け続ける間に息が上がってくるのを感じていた。
体感的には五分以上に感じているがどれほどだったろう?
やがてミノタウロスの攻撃が緩慢になり、足元がふらついてきた。
そこからミノタウロスはさらに数分粘り続けたが、やがてがくりと膝をつき、どうと倒れた。
「やるのぅ、若いの」
「じいさんこそ」
息の弾む中、一気に汗の吹き出してきた充がそう答えたあたりで、三人の冒険者がミクロンシステムから出てきて開口一番、素っ頓狂な声をあげた。
「なっ! どうなってんだこれ!?」
声の出所を探すため、視線をあちこちへ巡らせる仕草をモニターで確認していた男は続ける。
「疲れているところ悪いんだけど、ジュリーたちはすぐミクロンシステムに入ってくれ」
その声に聞き覚えがある四人は互いに顔を見合わせた。
「
「どういうことだ?」
と、コーが聞く。ロムが答えようとして口を開きかけ、険しい顔で唇を引き結ぶ。
「詳しい話は後だ。ゼン、三人で先に行ってくれ」
言われたゼンはロム同様に何かを警戒しているクロとヒビキの様子に頷くと、二人の背中を押してミクロンシステムの入口へ向かう。
ジュリーが思い出したように一度立ち止まると振り向きざまにロムに腰の剣を投げてよこす。
「何が来てるんだ」
三人が扉の向こうに消えるとコーがロムに訊ねる。
こちらも伊達に修羅場は潜っていない。
生き物の気配が近づいていることは彼らに遅れたとはいえ知覚していた。
ロムは無意識に左の肩を落としてゆっくりと息を吐く。
「宿敵です」
ようやくジュリーたちとの連絡手段を見つけた蒼龍騎が側のマイクでミクロンシステムへと彼らを促すと、店長の行方を確認する。
「ジュリーが二番、サスケが三番、ゼンが四番だ。間違えるなよ」
連絡を終えると、蒼龍騎は彼に背を向け、今まさに巨大化を終えようとしていたミノタウロスが出てくるだろうミクロンシステム六番機を睨む三人の男に視線を向ける。
「麻酔弾とかで眠らせられないのかの?」
「アニメか何かみたいに? 無理ですよ、薬液の量ってのは対象によって調整しなきゃならないんです。案外不便なんですよ? まぁ、最初から人間相手だっていうならできますけどね。どこまで効くかは知りませんが、試してみますか?」
「どこまでも怖いな、国家権力は」
「反社会的勢力の方に言われてもね」
師匠は拳法家、充はアマボクシングで代表クラスの実力者ではあるが二人とも徒手空拳であり、怪物相手には心細い。
日下部はフルオートの拳銃を構えているがどれほどの効果があるか未知数だ。
むしろ先ほどモニタ越しに見ていた戦闘のように刀剣での攻撃の方がどれほど信頼感があるかしれない。
日下部は自分で提案した通り、麻酔弾に装填し直し始めた。
対人用の麻酔弾がどれほどの効果をもたらすかは本当に未知数で、効きすぎで殺してしまうのは結果オーライだが、全く効果がない場合の心配をしているのだ。
しかし、実際のところ手にしている拳銃の、口径の小さな銃弾一発で仕留めるのはなんとなく不可能だろうことくらいの予想はつく。
野生の猪や熊のエピソードを考えればたとえ手持ちの銃が猟銃だったとしても心許ない。
ましてや相手は初めから人の脅威として生み出された怪物なのだ。
「くるぞ!」
充の警告に日下部が銃を構える。
装填できた麻酔弾は手持ち四発のうち三発。
即効性の高い麻酔薬はしかし人間用である。
その効果も持続時間も未知数だった。
ミクロンシステム六番機の扉が壊されて中から二メートルを優に超える怪物が姿を表す。
狙いを外さないため狙いやすい胸に三発、無言で撃てばミノタウロスが痛みに震えて低く鳴く。
「どれくらいで効く?」
「人なら一分前後ってとこですけど……さて」
「一分
怒りに猛るミノタウロスと戦う覚悟を決めた二人が、ミノタウロスの前に進み出る。
「麻酔の効果が出るかどうかも判らないんですよ」
「一分経つたら一旦逃げるよ」
「オレもそうしよう」
充は音のしないボクシングのステップワークで、師匠も独特の歩法でミノタウロスを左右から囲む。
身長差がすでに大人と子供ほどに違う。
リーチを考えれば、被弾覚悟で懐に潜り込まなければ届かない。
しかし、避け続けるだけ、こちらから攻撃しなければいいというなら相手は武術・闘技の持ち合わせがない怪物であり、その攻撃は読みやすいく一分くらいは凌げる。
二人ともそれくらいの自信はあったのだ。
それでも唸りを上げるような豪腕は、当たれば防御の上からダメージを与えてくること必至の破壊力を示しており、それらを避け続けるのは実に神経をすり減らす作業だった。
「これは麻酔の効果があってこれなのか?」
「どうかの?」
「一分!」
そう叫んだのは店長である。
「三、二」
ちらりと日下部を見やる余裕のあった師匠がゆっくり数を数える。
「一ッ!」
タイミングを合わせて同時にバックステップで距離を取る二人。
ほぼ同時に日下部が最後の麻酔弾を腹部に撃ち込む。
短く呻くのを確認した二人は深く踏み込んで渾身の一撃を繰り出す。
それで倒れるとは二人とも思っていない。
それは日下部に目標が移らないようにするための牽制である。
あとは麻酔が効くことを祈ってミノタウロスの攻撃をかわし続けるだけ。
二人とも避け続ける間に息が上がってくるのを感じていた。
体感的には五分以上に感じているがどれほどだったろう?
やがてミノタウロスの攻撃が緩慢になり、足元がふらついてきた。
そこからミノタウロスはさらに数分粘り続けたが、やがてがくりと膝をつき、どうと倒れた。
「やるのぅ、若いの」
「じいさんこそ」
息の弾む中、一気に汗の吹き出してきた充がそう答えたあたりで、三人の冒険者がミクロンシステムから出てきて開口一番、素っ頓狂な声をあげた。
「なっ! どうなってんだこれ!?」