05 シュートとシュウト

文字数 2,866文字

 三日が経った。
 街の新しい住人となった人々は街のルールに従い、数人ごとに住人の家に割り振られる。
 これは街のルールを教わるという意味と、旧来のパーティだけでかたまり孤立することを防ぐための措置だった。
 この間、彼らも概ね大人しくしていたが、最初にコーと対立したシュウトという少年だけがトラブルを起こし続けていた。

「嫌んなるって、ホント。昨日割り振られた家でマッさん殴って怪我させたんだってよ」

 シュートは北門の見張りで持て余している時間を潰すため、仲間にそう愚痴っていた。

「そんで、お前ん()に変更か」

「ああ、たまたま同じ名前だからってそりゃないだろってな?」

「同じ名前ってだけじゃないでしょ?」

「ま、オレはマッさんと違って戦士だからな。そのせいでお荷物つきとはよ」

 シュートは今日見張りの昼班に当たっていたのだが、トラブルメーカーのシュウトを家に置いてくるわけにもいかず連れて来ていた。
 そのシュウトは少し離れたところで昼日向(ひなた)にふて寝を決め込んでいる。
 もっとも本当に眠っているわけではなさそうだ。
 と、イライラした雰囲気を纏っているのを感じてレイナがちらりとその様子を伺う。
 初日に起こしたいざこざと、今話題に出た昨日の件とでシュウトの評判はすこぶる悪いわけだが、この言い方は本人を前にして少々言い過ぎである。
 レイナはそれをたしなめた。

「そうはいってもよぉ、レイナちゃん……」

 シュートの愚痴にしろシュウトへの心無い言われようにしろ、レイナも原因の一端はよく理解している。
 オークが現れるまでは十人一組三交代だったが、怪我人が増えて人数が揃わなくなったため、現在の見張りは八人一組で編成されている。
 襲撃があった際はそのうちの一人がB級待機の戦士に援軍を求める手筈になっており、戦闘は十五人で行う。
 日々の負担や癒える暇もないケガにストレスを募らせているのだ。
 現代文明社会から切り離されていて発散手段が少ないのも理由だろう。
 だからと言って許されるものではない。
 街の中で対立などできる情勢じゃあないのだ。

「黙って聞いてりゃテメェら……」

 沸点の低いシュウトがしていたかどうかという我慢の限界に達し、シュートたちに歩み寄ってくる。

「ちょっと有名人だからっていい気になってんじゃねーぞ!」

 シュウトは身長で十二センチは差のあるシュートを睨み上げるように顔を近づける。
 いわゆるガンを飛ばすというやつだ。
 しかし、シュートの方はそれを涼しく受け流している。

「有名なのは事実だけど、いい気になってるとかっていうのとは違うなぁ」

「じゃ、何余裕ブッこいてんだ? あ?」

「余裕なのは、お前より強いからだよ」

 ここまでくると売り言葉に買い言葉である。
 いや、むしろシュートの方から喧嘩を売ったんじゃないかとレイナは一連の流れから思った。

「武器持ってっからって粋がってんじゃねーぞ!」

「んー……お前が武器を持っていてもおんなじだと思うわ」

 この街で武器の携帯を許されているのは当然ながら戦士だけである。
 まだこの街に来たばかりで、しかも戦士として協力することを拒否しているシュウトには与えられていない。
 もちろん戦士といえども街中で武器を携帯できるのはごく一握りであり、残念ながらシュートはその中に入っていない。
 謎の組織はミクロンダンジョンの冒険者として携帯していた武器をなぜか取り上げず、気前よくこの街に寄越してくれる。
 しかし街中の治安維持、安全管理のために武器は一旦ここ北門に集められて武器庫に保管され、戦士として見張りに立つ際に班のリーダーから都度手渡される。
 もっとも、ダンジョンアタックに使っていた武器など実際の怪物たちとの戦いにおいてはほとんど役に立たないので、改良を加えるか自分にあった武器を新しく作るのが一般的だ。
 ちなみに住人が女性のみの家には護身用の武器を置くことが許されている。

「試してみるか?」

 シュートが言う。

「ぶっ殺してやんよ」

 シュウトが吼える。

「シュートさん」

 レイナが止めに入ろうとするが、機先を制してシュートが言う。

「どの道戦えるヤツには訓練があるんだ。ここでやったって構わないと思わね?」

 用意がいいと言うのか、気を利かせたのか、仲間の一人が訓練用の木剣を二本、武器庫から持って来て二人に渡す。

一対一(さし)?」

「当然だろ?」

「舐めんじゃねぇ!」

 シュウトが一気に踏み込んで殴りつけるがそんな無造作な攻撃がシュートに届くはずもなく、かわされた剣の先が地面を叩く。
 その剣先を素早く踏みつけたシュートはピタリとシュウトの目と鼻の先に木剣を突きつける。

「お前こそ大人を舐めてんじゃねぇよ」

 低くドスの利いた声で凄んでみせているが、背中には一筋の冷や汗が流れていた。
 レイナもその一連の攻防を見てシュートと同じ戦慄を感じていた。
 少年の撒き散らしているのは紛れもない殺気だった。
 それはコボルドどころかオークの放つ以上の鋭さで向けられる殺気だ。
 西洋の刀を模した剣を構えもせず無造作に振り出したため、綺麗に振れずスピードが乗らなかったにも関わらず繰り出された撃剣の鋭さは、すでに今この場にいる見張りメンバーと遜色ない。
 勝負勘も天性のものだろう。
 勝てばいい式のいささか汚い戦法だが躊躇なく不意をうち、踏み込みも鋭く迷いがなかった。
 惜しむらくは大声での威嚇と同時だったことで対応しやすかったことか。
 現実世界の街中での喧嘩なら十分以上の戦闘力だ。
 しかし、残念ながらここには生死を賭けた日常がある。
 彼我の経験値は天と地ほども差があると言っていい。
 少なくとも今の彼に負ける戦士は一人もいないだろう。

(けど……)

 戦闘に関する天稟(てんびん)は街の誰より優れている。
 そんな少年が人の道を踏み外しかけている。
 いや、すでに道徳の埒外(らちがい)に堕ちているようでならない。

「はい、そこまで。シュートさんもシュウトくんもそれ以上やるのは私が許しません」

「てめぇが指図すんな!」

 シュウトが吼える。

「今日の班長はレイナちゃんだ。指図すんのも当たり前だろ」

「女に班長なんかさせてんのか? いい気なもんだ、所詮おままごとじゃねぇか」

「何言ってんだお前、この街で彼女より強い奴なんて五人もいないぞ」

 呆れた顔で見下ろしているシュートがそれでも諭すように言い添える。
 シュウトは一瞬驚愕に目を見開いた後、仇を見るような目つきでレイナを睨みつけたがレイナは表情一つ変えない。

「こんな状態で同居させるのは無理ですから、シュウトくんの同居先は今日中に変更してもらいましょう」

「ああ、助かる」

 シュートは(いろんな意味で)と心の中で付け足す。
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