15 見るだけじゃなく観察するとはこのことだ

文字数 2,115文字

 通路の地図作成を一通り終えた冒険者は立ち止まってこの先どうするかの相談に入っていた。
 地図が完成したわけではない。
 部屋だろう空白と残り一割といった未踏区域が残されている。
 その先にゴールがあるのだろう。
 未踏区域につながっていそうな扉は全部で五つ。

「セオリー通り手近な扉から開けていくんじゃないのか?」

 ジュリーがゼンの提案に疑問を投げかける。
 彼が特定の扉を指差し開けることを主張したからだ。

「あとは開ける必要がないと思うんですよ」

 それを聞いて店長は背中がゾクリとした。
 事実、後の扉は怪物が配置されているだけの部屋であり、彼らが無視しようとしているいくつもの部屋もまた怪物が配置されていたりミスリードを誘うためのアイテムが配置しているだけだったからだ。

「根拠があるのでござろうな」

「ええ。他の扉は確かに鍵穴こそあるのですがこれまで同様バリエーションはあれど木製あるいはそれを模したもの……樹脂とかね、そういったものでできています。でも、この扉だけ……」

 と地図上の扉を指で二度叩き、続ける。

「ドアノブが金属なのです」

「え?」

 ジュリーが聞き返す。

「金属なんですよ、ドアノブが。第二階層でも一度あったでしょう? 他の扉と違う扉が」

「通路を徘徊するコボルドがいる区画を隔てていた扉でござるな。あれは石造りでござった」

「あれは判りやすかったですね。気になっていたんですよ。ダンジョンアタックの最初からずっと」

「何を?」

「木製のドアノブ」

「言われてみれば確かに全て木製であったやもしれぬ」

「そんな細かいことよく覚えてんなぁ、漫画の少年探偵並だぞ」

 ジュリーにそう言われて流石のゼンも苦笑する。

「何でもかんでも覚えてられるわけないじゃありませんか。ゲーム内だからこそ細部を意識して記憶しているだけです」

「へいへい、すごい記憶力ですこと」

 僻みにも似た軽口を残し、ジュリーは歩き出す。
 サスケもゼンも後に続く。
 ロムは一つ息をつくとグルリと棍を回して後に続いた。
 その扉は、それ自体は木製だった。
 補強のためか金属の枠があり、ゼンの指摘通りドアノブは金属でてきている。

「まだ触らないでください」

 ドアノブに手をかけようとしていたジュリーを鋭い語気でさえぎる。

「何かあるのか?」

「ええ、あると思います。意地悪な(トラップ)がね」

 言いながら取り出したのは第二階層で見つけたラバーグリップが巻かれたペンのような金属の棒だ。

「このダンジョンは戦闘主体のいわゆるパワープレイダンジョンですが、意外に細やかに伏線などを仕掛けています」

 ラバーグリップを握り仲間を少し扉から離すと恐る恐るドアノブにそのアイテムを近づけていく。

「注意深く観察していれば気づけるようにさりげなく、しかしはっきりとヒントを与えてくれている……」

 パチっと音がしてドアノブと金属棒の間を青白い光が繋ぐ。

「ま・引っかかるならジュリーだったわけですし、怪我をするようなものじゃありませんが……案外痛いんですよねコレ」

 仕掛けとすれば壁から扉枠を通してドアノブに電気をため、触れた冒険者に静電気の放電を浴びせる罠である。
 ゼンは金属棒を懐にしまい、代わりに取り出した鍵を手渡しながら得意顔でジュリーに目配せをする。
 ジュリーは苦い顔で鍵を開けドアノブを回す。
 サスケは戦闘態勢をとった。
 扉の向こうは部屋のような通路のような空間になっていた。
 例えるなら豪華な図書館とも博物館とも言えるようなところだ。
 両脇は天井までの陳列棚になっていて書物やフラスコ、標本などが並べられ、正面には石の立像がある。
 それまでのリアリティは地下迷宮のそれであったものだが、ここは魔法使いの研究成果を表していて、あたかも過去に魔法使いが実在していたと錯覚できるほど精緻に作られていた。

「『三面六臂の阿修羅を模して』……サイクロプスより厄介ですねぇ」

 陳列棚の向こうはちょっとした広さの空間になっている。
 ジュリーでさえそこが決戦場だと理解できる。
 立像はまさに三面六臂の阿修羅像。
 直立している様は二百センチ級の大きさで手にはそれぞれ(りゅう)(よう)(とう)を持ち、振り上げれば刀が天井に届くかというほどの迫力で背後の祭壇を守っている。

「あれと戦うのか? いやいや、ゲームだけどさ、ハイテクすぎじゃねぇのかよ」

「宝珠の守護者として配置されている以上、倒す以外に道はないのではござらぬか?」

「隙をついて宝珠を取ったら止まってくれるとかないかな?」

「あるといいですね」

「そういうのは任せたぜ、サスケ」

 ジュリーは剣を抜いて戦闘領域と思われる場所へ踏み込む。
 サスケはロムに守られる形で祭壇を目指す。
 ゼンはいつも通り安全圏で待機だ。
 動き出した石像は流麗な剣さばきで容易に彼らを近づかせない。
 六本の刀は互いの隙を補うように振られ、全く死角が見当たらない。
 観客席は固唾をのむ。
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