01 レイナ、泣く

文字数 2,864文字

 やっさんがこの街に来てから()(つき)になろうとしていた。
 この間二度、新しい住人が補充されていたが街の状況は悪化の一途を辿っていた。
 まず、最大都市である東京のダンジョンが潰れたことによる追加住人の数の減少がある。
 この半年近くの平均が二十五人と、それまで多い時には四十人近くが来ていたことと比べるとその落ち込み具合は深刻とも言えた。
 なぜか?
 この街は定期的に怪物からの襲撃を受けていたからだ。
 その襲撃は以前より頻度が減った代わりに集団の規模が大きくなった。
 集団を構成する怪物もコボルド、オーク、サイクロプスに狼男などのライカンスロープも含まれるようになった。
 そのため犠牲者の数が増え、主力の負担が増えた。
 現在戦闘の主力と言える戦士は自警団のリーダーであるクロ。
 副リーダー格のヒビキとコー。
 隊長格のネバル、アリカ、シュートにイサミ。
 あとは戦闘力を認められ、自由裁量の遊軍的行動が認められているレイナと、無用な衝突を避けるために戦闘中の個人行動を黙認されているシュウトの九人だけ。
 ネバルクラスの実力者も何人かいたが、ほとんどが戦死しており、残りは戦闘できる状態ではない。
 生き残っている主力戦士に名の知れた人物が多いのは、やっさん曰く「そもそも持っている運と生来の慎重さ」なのだろう。
 クロやヒビキのように武術を習得していたものも少なくなかったが、そういうものたちは総じて無理をして寿命を縮めて行った。
 そんな主力メンバーもコーはやっと復帰したところだし、ネバルもシュートも復帰しては負傷するを繰り返すようになっている。
 万全なのは今やクロとヒビキ、レイナだけ。
 彼らが無事なのは十分な実力を持った上に細心の注意を払って戦場にいるからだ。
 そしてこの間やっさんは街の中をくまなく歩いて情報を収集していた。
 元ジャーナリストの血が騒いだのだ。
 それまでの趣味の取材も頭の中にだいたい入っている。
 ここでの取材もまとめて部屋に置いてあった。
 これは表に出せば相当センセーショナルな記事になる。
 ただ、今のままでは真相にたどり着けそうにない。
 彼は二階の自室の散らかった資料の中で、肩のコリをほぐすために大きく伸びをした。
 そこにコツンと窓を叩く小石があった。
 窓を開け下を見ると、この街に最も長く住んでいるというのに屈託のない笑顔を向けてくる少女が手を振っていた。
 もちろん隣には険しい顔で彼を睨みつける彼女のパートナーもいる。

()()便()が着くって」

「おぅ、今行く」

 やっさんは窓を閉めると階下へ降りて仲間に声をかけ、上着を羽織る。
 正確には判らないが暦は四月になっているはずだ。
 だがまだまだ寒く、家では暖炉の火が欠かせない。
 住人が言うようにここは東北か北海道だろう。
 家の住人四人のうち火の番を頼んだひとりを残し、やっさんたちが出てくる。
 彼らはレイナとヒビキに合流し、南門を目指す。
 街の住人もいくつかの集団を作って南門に向かっていた。

「ネバルはどうなんだ?」

 やっさんはヒビキに訊ねる。

「退院はしたけど、戦闘に駆り出すのはどうだろう? アリカが止めてるようだけど、本人はすぐにでも戦線に戻るって言っているらしい」

「お笑いタレントの割に真面目だよな」

「お笑いタレントの方が真面目だよ」

「他の連中は?」

「シュートは大丈夫、イサミさんも戻ってる」

「コーは?」

 ヒビキは少し間をおいて曖昧な返事をした。
 やっさんはヒビキはコーに好意を持っていると踏んでいる。
 芸能ゴシップは専門外ではあったが、その辺りはフリーとして食いつなぐために何度も仲間を手伝って週刊誌に記事を提供していたジャーナリストの嗅覚である。
 本人はその恋心を隠しているつもりでいるだろうが、恐らく聡いレイナや同居している古くからの友人というマユも気づいているはずだ。
 やがて南門前の広場に着くと、門が開かれ一団が入ってくるところだった。
 今回はざっと見三十人くらい来たようだ。
 いつも通り怪我人が多いようだが怪我の程度が軽い人も見受けられる。

「到着された皆様、お疲れ様でした」

 一団が荷物も含めて中に入ったことを確認して門衛が門を閉じるのを確認したコーは、声を張り説明を始めた。
 やっさんは集まった町の住人をそれとなく伺う。
 その中にはやはりシュウトたちの姿はない。
 彼らはここに来る前の仲間たち、イサミを含めた二パーティ十人の内イサミとヒロノブそれに戦死した二人以外の六人で一団を形成し一種の(ごく)(つぶ)しになっていた。
 ここ二回の戦闘ではシュウトを中心に六人が固まって暴れ、それなりの戦果を挙げていていることと今の所()()一件以来あまり街に出ないこともあり、街中で大きな問題を起こしていないため半ば黙認されているが住人との軋轢(あつれき)はかなりのレベルに達していた。
 街の住人と談笑するレイナの隣でヒビキはコーの説明を聞き流しながら、今回の三十人がどれほどの戦力になるかと値踏みしていた。
 今回は六パーティだろう。
 なんとなくパーティ単位で固まっているのはまぁよくあることだ。
 怪我の程度でパーティの実力もある程度測れるようになった。
 その中でまず彼女の目に留まったのは三人の男たちである。
 百八十センチを超える左の頬に大きな黒子(ほくろ)のある男と痩せ気味で無造作に中分けされた長髪の男、それに小さくて小太りな男である。
 一見すると決して強そうには見えない。
 どちらかといえばオタク然とした青年たちだ。
 しかし、怪我の程度がとても軽い。
 そして、それぞれの顔になんらかの決意が浮かんでいた。
 そしてもうひとり、ヒビキが目をつけたのは怪我の程度が重い男たちを気にかけている青年だった。
 半日ほどのキャラバンですっかり頼られているように見えるところを見ると、心に余裕があるのだろう。
 こんな非日常に放り込まれて平常心でいられるのはよっぽどのボンクラか心と体を鍛えた人間かのどちらかである。
 その青年は、ヒビキの視線に気づいたのだろうか?
 こちらに視線を向けるとニカッと白い歯を見せて笑って見せたあと、視線を少しずらして安堵の表情を浮かべた。
 どこを見ているのかと視線の先を確認するとそこにはレイナがいる。

「レイナ」

 呼ばれたレイナは会話を中断し、ヒビキの方を向く。

「彼、知り合いかい?」

 言われて指差された先に視線を移した彼女は、一瞬身を固くしたかと思うと口に手を当てて(せき)を切ったように泣き出した。

「ど、どうしたんだよ?」

 初めて見るレイナの姿に周りにいる全てが動揺し右往左往する中、やっさんがヒビキの隣に来て(くだん)の青年を見やりながら呟いた。

「ようやく来たか」

 と。
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