04 戦士の勘とオタクの勘

文字数 2,542文字

 ミクロンシステムは民生利用を禁じられている機械だ。
 入手するのも容易ではないはずのそれを発覚リスク込みで三台も調達するなど相当豪胆と言えたし、よほど金回りがいいとも取れる。

(賭博と違ってそんなに利益が出るとも思えないんだけど……)

 ロムは小難しく諸注意を口頭で説明する男の話を半ば聞き流しながら、三人の男の様子も観察する。

「説明は以上です。ダンジョンアタックは五人でいいですか?」

「ええ」

「いえ、この四人で」

 と、肯定しかけたゼンを遮ってロムが言う。

「予約は五人ですし、当日キャンセルは返金できませんがよろしいですか?」

「はい。すいません」

 男たちはちらりと視線を交わしあい小さく頷きあった。

「判りました。料金は前払いですので今お支払いください」

 五人分の精算を済ますと、案内の男がミクロンシステムに誘導する。

「こいつに入ってください」

「え? そっちは?」

 蒼龍騎が隣に並ぶ二台のシステムを指差すと、男はニヘラと笑ってこう答える。

「調子悪いんすよ、すんません」

「それじゃしょうがないか」

 と、納得する蒼龍騎はボストンバッグをロムに預けてミクロンシステムに入って行く。
 案内の男は値踏みするような視線で挑戦する残りの三人を一瞥すると仲間の元へ戻って行った。
 それを確認してジュリーが小声でロムに問いかける。

「何があった?」

 「ちょっと気になることがあって」とは言いにくい。
 これは拳法家としての勘である。
 しかし、それをそのまま伝えてしまうのが彼らにとって良いとも思えなかった。
 こちらも勘である。
 仕方なく彼は無理やりな屁理屈をつける。

「んーん。俺が参加すると結局俺に頼っちゃうでしょ? 今日は彼もいるし、みんなだけで頑張ってよ」

 縮小プロセスの始まったシステムを視線だけで指し示して軽い調子でそう答える。
 ただし、ダンジョンの中も危険な気がしていた。
 もう一人、せめてあの時のレイナくらい戦える戦力が欲しい。
 ロムは痛切にその戦力不足を嘆きたかった。
 ジュリーもサスケも強くなっている。
 純粋なパワーで言えばやはり非力な少女より、成人男性である彼らの方があるだろう。
 武器の扱いにも慣れてきて力の伝え方は上手くなっている。
 しかし、決定的に足りないものがある。
 戦闘時における応用力と瞬時の判断力だ。
 もちろん彼女がなにがしかの危機的状況に陥った時、パニックにならないとは言えない。
 それでもまだ彼女の方が戦力として期待できると、ロムの戦力分析は算盤(そろばん)(はじ)く。

「判った。そもそも今回もロムには戦わせないってのが目標だったんだ。いない方がかえって覚悟も決まるってもんだ」

「あまり評判の良くないダンジョンなのでできればロムにも一緒にダンジョンアタックして欲しかったのですが……」

 ゼンはそこで区切って「ダンジョンの外に何か見過ごせない懸念があるのでしょう」と言いかけた続きを飲み込んだ。
 ロムの意図を読み取ったからだ。
 外の懸念はロムに任せておけばまず間違いはない。
 自分たちは自分たちでダンジョンアタックに集中しなければならない。
 そうできなければ、むしろ中の自分たちの方が危ないかもしれないのだ。
 彼は無意識に奥歯を強く噛み締め今日のために用意した、新しい冒険用の(スタッフ)を入れていた胸ポケットに手を当てた。
 四人が縮小プロセスを済ませ、それぞれの装備を装着・確認すると先頭を歩くジュリーが実寸で見下ろしていたロムに親指を突き立てて見せる。
 四人の冒険者はウェイティングスペースからダンジョンフィールドへの入り口である扉をあけて、その狂気の迷宮に踏み込んで行く。
 入り口の目の前が階段になっている。
 四人の冒険者はしばし呆然とそれを見上げる。

「これはまた斬新ですね」

「ま・まぁ、のぼる以外にないしな」

 ジュリーは深呼吸をすると慎重に階段を登り始めた。
 それに蒼龍騎、ゼン、サスケと続く。
 アパートの外階段のようなつづら折れの階段を登り詰めるとプラスティック製の扉があり、開けるとマンションの廊下のようなまっすぐの通路がムギ球の明かりに照らされ伸びていた。
 等間隔にこれも一見してプラスティック製と判る光沢ある扉が並んでいる。
 ここでも冒険者は呆然とさせられた。

「隊列を考えましょう」

 ゼンが眉間にしわを寄せて提案する。

「後ろから襲われるリスクを避けるためにジュリーと蒼龍騎で前後を守ってもらうつもりでしたが、ここは二人を先頭にひと部屋づつしらみつぶしに開けていくのがいいと思います」

「判った」

 蒼龍騎は頷いてジュリーの隣に並ぶ。

「雑だな。迷宮(ダンジョン)を作る気が無いみたいだ」

「ええ、ここは迷宮では無いようです」

 ゼンはその変哲を感じ取って息を飲む。

「みなさん、認識を改めてください」

「え?」

 蒼龍騎がゼンを振り返るのとジュリーが鞘から剣を抜くのが重なる。

「このダンジョンはファンタジー世界のダンジョンではなく、ホラーゲームのフィールド……そういう意識でなければ痛い目を見ますよ」

 言いながらゼンは無意識に右手に握っていた(スタッフ)を胸の前に抱き寄せる。
 彼はあの事故以来冒険用の杖をいくつか試作している。
 前回使用した冒険支援・補助用の杖もその一つだった。
 今回は戦闘用としてやりたいこと・出来ることを最大限詰め込んだ試作品で、ファンタジー世界で魔法使いが持つような神秘性はなく、無骨な槌矛(メイス)のような外観に銃器のようなレバーやトリガー、スイッチがある科学の(ステッキ)だ。

「蒼龍騎、抜いとけ」

 ジュリーが肩に担いだショートソードでトントンと肩をたたく。
 言われて彼も刃渡り七十センチ級のショートソードを引き抜き、アニメのキャラクターのように下げた手に握る。

「ロムに怒られるでござるよ」

 サスケに言われて慌てて肩からソードを下ろすジュリーは、照れ隠しに少し不用心なほど大股で最初の扉の前に立つ。
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