15 即断即決

文字数 1,822文字

 三人は泉を囲む森をぐるりと歩いてみた。
 ロムがいた場所から時計回りに歩くと他の冒険者がどの辺りにいたかだいたい見当がつく。
 下草を広範囲に踏み荒らしているのはジュリーたち三人で間違いない。
 後をだどりやすいこの跡から追っていくことにした。
 しばらく行くと、あとの二人と合流しているようだ。
 そこから先はそれまでと違って痕跡が判りにくくなっている。
 何かを追跡していたのだろうか?
 ロムは、二人を残して森の奥に分け入っていく。
 時々二人が視認できることを確認しながら探索を続けると、獣道らしきものがあった。
 この道を通るのはどうも四つ足の獣とは違うようだ。
 丹念に調べたいところだが彼にはそんなスキルはない。
 他の二人ならどうだろうか?
 多分自分と大差ないだろう。
 こういったスキルはサスケの独壇場といっても過言ではない。
 時間を測るすべのない今はいつどうなるか判らないと見切りをつけ、彼は二人の元へ戻ることにした。

「何か見つけたんだな?」

 ヒビキが声を潜めて問いかける。
 ロムは頷いて見たままを説明する。

「なるほど、その獣道を通る何かを見つけて跡を追ったと見て間違いないな」

「どちらを追います?」

「どちらって?」

 レイナがロムの質問の意図が判らず問いかけるのに答えたのはヒビキである。

「確実に後を追えるのは獣道の方なんだ。けど、その何かにこちらが見つかる可能性も高くなる」

遭遇(エンカウント)ってやつだ」

「判った。その『何か』の行先を追うのか、それともお兄ちゃんたちがどこにいったかを突き止めるか? って選択だね」

「そういうこと」

「じゃあ、私はお兄ちゃんたちの後を追うのに一票」

 即断即決は、彼女がこの世界に閉じ込められてから身についたものだった。
 最初に集められた人たちはレイナもそうだが、何が何だか状況が飲み込めないままに生きていくしかなかった。
 そのうち様々な場面で決断を迫られる。
 最初のうちは話し合いで決めることにしていたが、議論慣れしていない日本人には合議が難しい。
 それぞれに特に主張もなく、誰も責任を取りたくないことも相まって事なかれ・現状維持論が主流となり問題解決が先延ばしになった末に不本意な状況に陥ることが続いた。
 やがて、自称元軍人という日系アメリカ人が来て少し状況が変わる。
 彼がリーダーシップを取ることでほんの僅かだが事態が好転したのだ。
 しかし、彼はすぐに独断専横になり、ついには何人かを連れ立って南門へ向けて探検したかと思うと、町の住人の見えるところで人造人間(ホムンクルス)に全滅させられた。
 街の自治が本格的に機能し始めたのはタニが話し合いを主導するようになってからだ。
 彼は、問題解決に必要な情報を提示させてから議論を始めた。
 「問題に対してどうするか?」の前に「何がどう問題で何が求められているか?」を明確にすることから始めたのだ。
 最古参住人として常に話し合いに参加していたレイナは必然的に情報収集と分析能力を身につけ、無意識に近いレベルで決断を下すことができるようになったのだ。
 その能力こそが、華奢で非力な少女を街で五指に入る戦士たらしめている。

「じゃあ俺もそれに賛成しよう。途中で別の何かに遭遇している可能性もある。行った先で彼らに会えないんじゃ意味がない」

「そうだな」

 意見が一致し、三人はジュリーたちの足跡を追うことにした。
 五人で進んだはずの道は一本の細い獣道として確かに残っている。
 方行的には泉から遠ざかるように続いている。
 いつ頃通ったのかは判らないが、なるほどこの鬱蒼とした森を草木をかき分けながら泉から遠ざかるように移動していたのならあの悲鳴に気づかなかったのも頷ける。
 人工的な森には動物の気配が全くなく、わさわさと茂みをかき分ける音だけが彼らを包む。
 五分くらい歩いただろうか?
 不意に何かの音が聞こえた気がしたヒビキが立ち止まる。

「何か聞こえなかったか?」

 二人も立ち止まり耳を澄ますと、確かに音が聞こえる。

「この先ですね。話し声じゃない。戦闘とも違う。なんだろ?」

「でも、人の立てる音っぽい」

「うん。道具を使う音だ」

 三人は姿勢を低くして茂みに隠れるように進む。
 茂みは唐突に終わり、開けた場所には洋館が建っていた。
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