07 相手を見ると言うことは考えること
文字数 2,337文字
ジュリーは右手に持った鍵を無造作に鍵穴に突っ込んだ。
「ん? ちょっと配慮に足りなかったかな?」
自分の行動があまりにも短慮だと気付いたのだろう、ちらりとロムとゼンを振り向き苦笑いをした。
「次は気をつけてくださいね」
「……判った」
言って、差し込んだ鍵を回す。
カチリとロックの外れる音と振動が伝わってくる。
それを確認すると鞘から剣を引き抜き三人に目配せをする。
サスケは地図と筆記具を懐にしまい無言で頷き、ロムはわずかに目を細める。
ゼンはジュリーの代わりにドアノブを握ると力任せに押し開く。
踊り込んだジュリーとサスケはゼンの明かりを頼りにぐるりと部屋の中を見回す。
部屋としては体感八畳くらいだろうか。
扉の正面には解放された通路があり第二階層へ上る階段が見えるが、その通路を塞ぐように大柄のオーガが立ちはだかっていた。
オーガは、冒険者に反応したらしく、右手に持った棍棒を横薙ぎに振ってきた。
「やべっ」
いくらか距離に余裕はあったのだが、とっさのことに焦ったジュリーは大きく仰け反り、サスケも部屋の隅に身を屈める。
ロムは部屋の中をちらりとのぞいただけで、中に入ろうとしない。
それを訝しげに見やるゼンもまた中へは入っていない。
「手伝わないんですか?」
「第二階層はこんなのばっかになるんじゃないの?」
「でしょうね」
「なら手伝わないよ。これくらい倒してくれないと」
「スパルタですね」
実際問題、確実に安全が確保されている今回のダンジョンアタックは、大前提としてロムに戦闘をさせないと言うのが事前の取り決めだった。
ジュリーが提案したものである。
今回のダンジョンは素性・身元の確かなオモチャ屋店主が運営している。
何人ものプレイヤーがすでに楽しみ、こうしてダンジョンアタックを観戦するサービスまで行っているのだから彼らが探しているダンジョンではないことなど明らかで、だからこそ彼らはこの確実な機会を利用して自分たちの現在の実力 の確認と、これからの戦いを見越した経験値の向上をテーマにダンジョンアタックしていた。
「くそっ! 縦に振るのか横に振るのかどっちかにしやがれ!」
近づく二人に反応して棍棒を振るうオーガの攻撃をかいくぐれず悪態をつくジュリーに、ロムはあえて小馬鹿にするように声をかける。
「そんな敵いねーよ」
「ぐぬ……そうだよな…………」
「頑張れ〜」
「どうすりゃいいんだ」
ダメージ覚悟で懐へ潜り込むか?
と、覚悟を決めたジュリーの変化を察知してか、ロムが機先を制する。
「まだ第一階層だからね、不用意に怪我なんかしないでよ」
言われてしまうとその作戦は取りにくい。
なるほどここはまだ序盤である。
ここで怪我をすると言うことはすなわち、残りのフロアをロムに負担させることである。
「そろそろ助言が必要なんじゃないですか?」
五分が経とうとした頃、ゼンが助け舟を出す。
「相手をよく見ること。基本中の基本さ」
それはジュリーも実践しているつもりだった。
しかし、ランダムに振るわれる棍棒は始動が早く振りの方向が判ってからでは遅いのである。
「剣道の極意に後 の先 ってのがあるんだけど知ってるかい?」
「大雑把に言ってカウンターを狙うことですよね?」
「流派によって解釈もかなり違うみたいだけど。今、敵はこちらが攻撃を仕掛けようとする動きに反応して棍棒を振ってる。これは形上先 の先 に当たるんだ。後の先ってのは相手に攻撃を仕掛けさせてそれより早く自分の攻撃を当てることで、今二人がやろうとしているのがこの後の先なんだ」
「なにやら難しそうですね」
「そう、実際難しい。実践するのも言葉にするのもね」
「じゃあどうすればいいってんだ?」
ジュリーがオーガから距離をとってロムの前まで戻ってきた。
「始動を読むのは難しいけど、動作の終わりは判りやすい。目の前の敵だと棍棒を振った後、一回元のポジションに戻すって動作が組み込まれてる。その動作はこちらへの反応じゃなくルーティンだから一定のリズムだ」
「つまり振った直後から元のポジションに戻すまでの間を狙うってことか?」
「もっと限定すると振った直後、元のポジションに戻ろうと動くまでの間。完全に停止するからそこを狙うわけ」
気づかなかった。
ジュリーは改めてサスケに反応し、棍棒を縦に振り下ろしたオーガを見つめる。
ロムの言う通り下まで振り下ろしたことで動作は終了して一旦停止状態になり、そこから元のポジションに戻る動作が始まっている。
停止から動作までは一秒と言ったところか。
しかし、それだけの時間があれば一太刀打ち込むことはできそうだ。
彼は左から右への横振りに狙いを定め、オーガの反応を促す。
そう言う時に限ってなかなか横薙ぎに振ってくれないオーガに苛立ちを感じつつ、じっとチャンスを伺うと、七回目に望んだ横薙ぎの攻撃が始まった。
棍棒が振り抜かれる。
完全に伸びきった右腕を確認し、大上段からショートソードを振り下ろす。
時間にして一秒に満たない攻防はジュリーに勝利をもたらした。
悲鳴を上げるとオーガはくるりくるりとスピンしながら通路の前から退ける。
観客席からは低い歓声が上がった。
みんな上の階を遠慮して叫びこそしなかったが、彼らがダメージ覚悟でなければ攻略できなかった難敵オーガを無傷で倒したのだから賞賛されて当然だった。
四人の冒険者は、通路から伸びる階段で第二階層を目指す。
「ん? ちょっと配慮に足りなかったかな?」
自分の行動があまりにも短慮だと気付いたのだろう、ちらりとロムとゼンを振り向き苦笑いをした。
「次は気をつけてくださいね」
「……判った」
言って、差し込んだ鍵を回す。
カチリとロックの外れる音と振動が伝わってくる。
それを確認すると鞘から剣を引き抜き三人に目配せをする。
サスケは地図と筆記具を懐にしまい無言で頷き、ロムはわずかに目を細める。
ゼンはジュリーの代わりにドアノブを握ると力任せに押し開く。
踊り込んだジュリーとサスケはゼンの明かりを頼りにぐるりと部屋の中を見回す。
部屋としては体感八畳くらいだろうか。
扉の正面には解放された通路があり第二階層へ上る階段が見えるが、その通路を塞ぐように大柄のオーガが立ちはだかっていた。
オーガは、冒険者に反応したらしく、右手に持った棍棒を横薙ぎに振ってきた。
「やべっ」
いくらか距離に余裕はあったのだが、とっさのことに焦ったジュリーは大きく仰け反り、サスケも部屋の隅に身を屈める。
ロムは部屋の中をちらりとのぞいただけで、中に入ろうとしない。
それを訝しげに見やるゼンもまた中へは入っていない。
「手伝わないんですか?」
「第二階層はこんなのばっかになるんじゃないの?」
「でしょうね」
「なら手伝わないよ。これくらい倒してくれないと」
「スパルタですね」
実際問題、確実に安全が確保されている今回のダンジョンアタックは、大前提としてロムに戦闘をさせないと言うのが事前の取り決めだった。
ジュリーが提案したものである。
今回のダンジョンは素性・身元の確かなオモチャ屋店主が運営している。
何人ものプレイヤーがすでに楽しみ、こうしてダンジョンアタックを観戦するサービスまで行っているのだから彼らが探しているダンジョンではないことなど明らかで、だからこそ彼らはこの確実な機会を利用して自分たちの現在の
「くそっ! 縦に振るのか横に振るのかどっちかにしやがれ!」
近づく二人に反応して棍棒を振るうオーガの攻撃をかいくぐれず悪態をつくジュリーに、ロムはあえて小馬鹿にするように声をかける。
「そんな敵いねーよ」
「ぐぬ……そうだよな…………」
「頑張れ〜」
「どうすりゃいいんだ」
ダメージ覚悟で懐へ潜り込むか?
と、覚悟を決めたジュリーの変化を察知してか、ロムが機先を制する。
「まだ第一階層だからね、不用意に怪我なんかしないでよ」
言われてしまうとその作戦は取りにくい。
なるほどここはまだ序盤である。
ここで怪我をすると言うことはすなわち、残りのフロアをロムに負担させることである。
「そろそろ助言が必要なんじゃないですか?」
五分が経とうとした頃、ゼンが助け舟を出す。
「相手をよく見ること。基本中の基本さ」
それはジュリーも実践しているつもりだった。
しかし、ランダムに振るわれる棍棒は始動が早く振りの方向が判ってからでは遅いのである。
「剣道の極意に
「大雑把に言ってカウンターを狙うことですよね?」
「流派によって解釈もかなり違うみたいだけど。今、敵はこちらが攻撃を仕掛けようとする動きに反応して棍棒を振ってる。これは形上
「なにやら難しそうですね」
「そう、実際難しい。実践するのも言葉にするのもね」
「じゃあどうすればいいってんだ?」
ジュリーがオーガから距離をとってロムの前まで戻ってきた。
「始動を読むのは難しいけど、動作の終わりは判りやすい。目の前の敵だと棍棒を振った後、一回元のポジションに戻すって動作が組み込まれてる。その動作はこちらへの反応じゃなくルーティンだから一定のリズムだ」
「つまり振った直後から元のポジションに戻すまでの間を狙うってことか?」
「もっと限定すると振った直後、元のポジションに戻ろうと動くまでの間。完全に停止するからそこを狙うわけ」
気づかなかった。
ジュリーは改めてサスケに反応し、棍棒を縦に振り下ろしたオーガを見つめる。
ロムの言う通り下まで振り下ろしたことで動作は終了して一旦停止状態になり、そこから元のポジションに戻る動作が始まっている。
停止から動作までは一秒と言ったところか。
しかし、それだけの時間があれば一太刀打ち込むことはできそうだ。
彼は左から右への横振りに狙いを定め、オーガの反応を促す。
そう言う時に限ってなかなか横薙ぎに振ってくれないオーガに苛立ちを感じつつ、じっとチャンスを伺うと、七回目に望んだ横薙ぎの攻撃が始まった。
棍棒が振り抜かれる。
完全に伸びきった右腕を確認し、大上段からショートソードを振り下ろす。
時間にして一秒に満たない攻防はジュリーに勝利をもたらした。
悲鳴を上げるとオーガはくるりくるりとスピンしながら通路の前から退ける。
観客席からは低い歓声が上がった。
みんな上の階を遠慮して叫びこそしなかったが、彼らがダメージ覚悟でなければ攻略できなかった難敵オーガを無傷で倒したのだから賞賛されて当然だった。
四人の冒険者は、通路から伸びる階段で第二階層を目指す。