02 集められた冒険者は非日常を暮らしている
文字数 2,615文字
門の外がどうなっているのか彼らはほとんど知らない。
門外の探索は過去に何度か提案があったものの、決死隊を編成するには町の規模が小さすぎた。
怪物の襲撃が頻繁にある状況で探索に大人数を割くわけにはいかない。
少数精鋭で行くのも問題があった。
現状、自警団の主力は隊長のクロと信頼度も含めてレイナ以下ネバル、アカリ、ヒビキ、コーとここにいる六人が有力だが、六人全てがいなくなればそれも防衛体制が崩壊するし三、四人では戦力として足りない。
「帰りましょう?」
最古参の住人の一人であるレイナに促されて生返事で門内に戻るクロは、なおも思案を続けていた。
「クロさん考えすぎ」
それを指摘したのはヒビキである。
純粋な戦闘力で剣道有段のクロに次ぐ実力がある。
さらわれる前から面識があった。
過去に二度共演している。
「コーちゃん並みに能天気にってのは困るけど、あんまり難しい顔ばかりしてられるとみんなの士気に関わりますよ」
「あ・スズネてめ、今オレの悪口言ったろ!」
「あらあら、よく悪口って気づいたわね。えらいえらい」
「スズちゃんいつもそうやってコーちゃんからかうのやめた方がいいよ」
会話に割って入ったのは怪我人の応急処置に回っていた地味目の女性である。
年の頃はヒビキと同じだろうか?
決して美人の部類ではないが、アップにまとめ上げた髪のおかげかうなじが妙に色っぽい。
彼女はヒビキと共にここに連れてこられたヒビキの友人の一人であった。
戦闘に参加出来るような能力がない代わりに応急処置の知識とスキルがあり、なくてはならない戦力の一人だ。
クロとはここにくる前の面識はないがコーとはあるようで、割とズケズケと言いたいことを言うヒビキのフォローをすることがある。
「で? どうなんだ、マユ」
コーが改まってマユに聞く。
「何がどうなのよ?」
「あいつらすぐに戦えるのか?」
質問に答えず少しの間「病院」に送られる負傷者を見送ったマユは、やがてコーに向き直り言う。
「日常生活に戻れるのが早い人で十日くらい? ちょっと難しい人が一人いる。ちゃんとした医療機関で然るべき処置が出来るんなら全員問題ないはずなんだけど……」
それを聞いてコーは深いため息をついた。
「……そうか」
今この場にいる中ではコーが一番最後に来た組である。
どちらかといえば楽天的な男ではあったが、この過酷な境遇にはまだまだ慣れないようだ。
「さ、解散解散。体と心は休められるうちに休ませないと辛くなるからね」
パンと手を叩いてネバルが言う。
アリカと共にここに来てから一年以上が経っている。
すでに古参組と言っていい。
彼らと共にここに来たのは二十人ほどだった。
まだ戦士で戦っているのは彼らの他には一人しかいない。
心持ち右脚を引きずるような歩き方の彼を追ってアリカが続く。
「レイナ、ヒビキ、コー。待機組から交代要員を寄越すまで念のため門の見張りを頼む」
「了解」
クロも去り、マユも含めた四人だけが門内に残った。
「とりあえず門閉めよっか」
「ああ、忘れてたな」
マユに促されて四人で門を閉じる。
内側から閂 をかけた後、レイナが物見櫓に登る。
街は高い城壁で囲われ出入り口はこの北門と南門の二つ。
不思議なことに怪物が襲撃にくるのはいつもこの北門だった。
南門からは定期的に物資が届く。
この街がまだ怪物の襲撃にさらされる前、一度南門から探検隊が出たことがある。
しかし、まだ探検隊が物見櫓から見えているところで突如現れた人造人間 に殺された。
探検隊には自称元軍人という日系アメリカ人もいたのだが、肉眼で見た限りなすすべなく殺されていたと物見の男は言っていた。
そして、死体は人造人間によって何処かへ持ち去られた。
以来、南門からは物資を受け取る以外のことはしていない。
門の外は荒野がどこまでも続いているように見えるが、彼女は知っている。
ここが閉鎖空間である事を。
重くのしかかるように低く垂れ込めた雲も実は絵であり晴れることはない。
その一方で夜があり、巧妙に隠してあるスプリンクラーのようなもので時々雨が降るなどする。
(ここはいったいどこだろう?)
一年半はここで暮らしているレイナは、限られた情報を基に現在位置を考えて来た。
南から時折吹く風は潮の香がするので海の近くではないかと想像する。
夏は涼しく冬は関東育ちの彼女にとってなかなか厳しいことから、東北か北海道だと漠然と思っているが確証はない。
(元の世界に戻りたい……)
それはこの街に暮らすすべての人々の願いだったろう。
「何がしたいんだと思う?」
レイナはずっと疑問に思っていたことをその日、初めて口にした。
「なんの話?」
問いかけられたマユはその唐突な、主語のない質問に問い返す。
「ごめんなさい。……ここに私たちを閉じ込めて、何がしたいんだと思うかって話」
レイナの疑問はおよそここの住民すべての疑問だったと言ってよかった。
彼らはそれぞれに考え、それぞれに一定の見解を見出しているようだった。
「ああ……ホント、何がしたいのかしらね? っていうか、趣味の類なんじゃないかと思うわ」
実際、集められた人々は定期的に届く物資によって文明水準こそ拉致前のようにはいかないものの、特に不自由なく暮らせている。
十分の一世界とはいえ、百五十人からの生活を面倒見るとなると結構な経費になるはずである。
それ以上に偵察衛星などのシステムから隠しおおせているこの場所に、どれだけの技術と費用をかけているのか?
オタクな兄を持っていて、その趣味に費やす情熱とお金については一定以上の理解を持っているつもりのレイナから見ても、趣味というにはお金をかけすぎているんじゃないかと思われてしょうがない。
「まぁ、どうしたって一生をここで暮らすなんて私は嫌だから、みんなで協力してなんとかしなきゃね」
マユが意志の宿った笑顔を浮かべてそう言ったので、レイナも涼しげな微笑みを浮かべて軽やかに「はい」と返事を返した。
(今はまだ、チャンスが来ないだけ)
自分自身にそう言い聞かせて。
門外の探索は過去に何度か提案があったものの、決死隊を編成するには町の規模が小さすぎた。
怪物の襲撃が頻繁にある状況で探索に大人数を割くわけにはいかない。
少数精鋭で行くのも問題があった。
現状、自警団の主力は隊長のクロと信頼度も含めてレイナ以下ネバル、アカリ、ヒビキ、コーとここにいる六人が有力だが、六人全てがいなくなればそれも防衛体制が崩壊するし三、四人では戦力として足りない。
「帰りましょう?」
最古参の住人の一人であるレイナに促されて生返事で門内に戻るクロは、なおも思案を続けていた。
「クロさん考えすぎ」
それを指摘したのはヒビキである。
純粋な戦闘力で剣道有段のクロに次ぐ実力がある。
さらわれる前から面識があった。
過去に二度共演している。
「コーちゃん並みに能天気にってのは困るけど、あんまり難しい顔ばかりしてられるとみんなの士気に関わりますよ」
「あ・スズネてめ、今オレの悪口言ったろ!」
「あらあら、よく悪口って気づいたわね。えらいえらい」
「スズちゃんいつもそうやってコーちゃんからかうのやめた方がいいよ」
会話に割って入ったのは怪我人の応急処置に回っていた地味目の女性である。
年の頃はヒビキと同じだろうか?
決して美人の部類ではないが、アップにまとめ上げた髪のおかげかうなじが妙に色っぽい。
彼女はヒビキと共にここに連れてこられたヒビキの友人の一人であった。
戦闘に参加出来るような能力がない代わりに応急処置の知識とスキルがあり、なくてはならない戦力の一人だ。
クロとはここにくる前の面識はないがコーとはあるようで、割とズケズケと言いたいことを言うヒビキのフォローをすることがある。
「で? どうなんだ、マユ」
コーが改まってマユに聞く。
「何がどうなのよ?」
「あいつらすぐに戦えるのか?」
質問に答えず少しの間「病院」に送られる負傷者を見送ったマユは、やがてコーに向き直り言う。
「日常生活に戻れるのが早い人で十日くらい? ちょっと難しい人が一人いる。ちゃんとした医療機関で然るべき処置が出来るんなら全員問題ないはずなんだけど……」
それを聞いてコーは深いため息をついた。
「……そうか」
今この場にいる中ではコーが一番最後に来た組である。
どちらかといえば楽天的な男ではあったが、この過酷な境遇にはまだまだ慣れないようだ。
「さ、解散解散。体と心は休められるうちに休ませないと辛くなるからね」
パンと手を叩いてネバルが言う。
アリカと共にここに来てから一年以上が経っている。
すでに古参組と言っていい。
彼らと共にここに来たのは二十人ほどだった。
まだ戦士で戦っているのは彼らの他には一人しかいない。
心持ち右脚を引きずるような歩き方の彼を追ってアリカが続く。
「レイナ、ヒビキ、コー。待機組から交代要員を寄越すまで念のため門の見張りを頼む」
「了解」
クロも去り、マユも含めた四人だけが門内に残った。
「とりあえず門閉めよっか」
「ああ、忘れてたな」
マユに促されて四人で門を閉じる。
内側から
街は高い城壁で囲われ出入り口はこの北門と南門の二つ。
不思議なことに怪物が襲撃にくるのはいつもこの北門だった。
南門からは定期的に物資が届く。
この街がまだ怪物の襲撃にさらされる前、一度南門から探検隊が出たことがある。
しかし、まだ探検隊が物見櫓から見えているところで突如現れた
探検隊には自称元軍人という日系アメリカ人もいたのだが、肉眼で見た限りなすすべなく殺されていたと物見の男は言っていた。
そして、死体は人造人間によって何処かへ持ち去られた。
以来、南門からは物資を受け取る以外のことはしていない。
門の外は荒野がどこまでも続いているように見えるが、彼女は知っている。
ここが閉鎖空間である事を。
重くのしかかるように低く垂れ込めた雲も実は絵であり晴れることはない。
その一方で夜があり、巧妙に隠してあるスプリンクラーのようなもので時々雨が降るなどする。
(ここはいったいどこだろう?)
一年半はここで暮らしているレイナは、限られた情報を基に現在位置を考えて来た。
南から時折吹く風は潮の香がするので海の近くではないかと想像する。
夏は涼しく冬は関東育ちの彼女にとってなかなか厳しいことから、東北か北海道だと漠然と思っているが確証はない。
(元の世界に戻りたい……)
それはこの街に暮らすすべての人々の願いだったろう。
「何がしたいんだと思う?」
レイナはずっと疑問に思っていたことをその日、初めて口にした。
「なんの話?」
問いかけられたマユはその唐突な、主語のない質問に問い返す。
「ごめんなさい。……ここに私たちを閉じ込めて、何がしたいんだと思うかって話」
レイナの疑問はおよそここの住民すべての疑問だったと言ってよかった。
彼らはそれぞれに考え、それぞれに一定の見解を見出しているようだった。
「ああ……ホント、何がしたいのかしらね? っていうか、趣味の類なんじゃないかと思うわ」
実際、集められた人々は定期的に届く物資によって文明水準こそ拉致前のようにはいかないものの、特に不自由なく暮らせている。
十分の一世界とはいえ、百五十人からの生活を面倒見るとなると結構な経費になるはずである。
それ以上に偵察衛星などのシステムから隠しおおせているこの場所に、どれだけの技術と費用をかけているのか?
オタクな兄を持っていて、その趣味に費やす情熱とお金については一定以上の理解を持っているつもりのレイナから見ても、趣味というにはお金をかけすぎているんじゃないかと思われてしょうがない。
「まぁ、どうしたって一生をここで暮らすなんて私は嫌だから、みんなで協力してなんとかしなきゃね」
マユが意志の宿った笑顔を浮かべてそう言ったので、レイナも涼しげな微笑みを浮かべて軽やかに「はい」と返事を返した。
(今はまだ、チャンスが来ないだけ)
自分自身にそう言い聞かせて。