01 二人のギルドマスター

文字数 2,680文字

 昨年の夏の終わりに始まったゴタゴタが先週ようやく一区切りついたことで体が空くようになった(みつる)は、この半年の間にたまっていた先送り案件に目を通していた。
 そのほとんどは彼が関わる必要もないはずのものである。
 まったく他の奴らは何をやっているんだとオヤジに文句の一つでも言いたいところだが、人の良いオヤジが古臭い任侠を拗らせて抱え込んでいるだけの男たちが使えるわけもなく、片腕と頼んでいた(いさみ)も厄介なことに巻き込んでしまって行方不明ときている。

(オヤジが引退したら畳むのが一番なんだがなぁ……)

 この組はオヤジの酔狂で始めたようなものだった。
 元々は篤志家である。
 いや、今でもオヤジ本人は篤志家のままだ。
 身寄りのない子や社会から弾かれたような男たちを集めて抱えているうちに世間がヤクザとレッテルを貼っていったにすぎない。
 ちょうどその頃レンタルした前世紀のヤクザ映画に影響されて、本人もすっかりその気になったせいでそういう世界にどっぷり浸かることになる。
 実に迷惑な話だ。
 奥にミクロンダンジョンのあるこの事務所にいるもう一人の男は(なり)こそ強面(こわもて)で確かに組の関係者だが、いたって普通の店番だ。
 他所(よそ)からきた冒険者にはいかつい顔で二度と来ないように威嚇してくれと頼んでいるので無言で難しい顔だけはしてくれているし、多少体育会系のノリで上下関係には厳しいが、充から見れば脳筋の気のいいおやじに過ぎない。
 その男の前にある固定電話が鳴る。
 固定電話など会社の信用のためという建前で設置しているのであって、デジタル通信回線さえここにはいらないのだが、そのせいでこうしてたまに()()()が電話をかけてくる。

「充、お前に電話だ。東京のおもちゃ屋がどうとか言ってたぞ」

「おもちゃ屋?」

 訝しそうに繰り返し、彼は保留になっている受話機を受け取る。

「はい、お電話代わりました坂本です」

「狂気は()に宿る。品切れですか?」

 受話器の向こうから聞こえてきたのは()(ちょう)である。

(東京のおもちゃ屋……)

 充の脳裏に数人の若者たちの顔が浮かぶ。
 ひと月前、(ひろ)()から手紙がきていた。
 年賀状文化でさえ廃れた今時、こんなアナログな通信手段を利用するなんて余程の事だと思っていたら

「北海道に旅行するので何が欲しいか? 一緒に行かないか?」

 などと言うとりとめのない文面だった。
 もちろんその文章に別の意味が隠されていることは百も承知である。
 しかし、本意は巧妙に隠されていたので随分と悩まされた。
 そこに書かれていた旅行の「一緒に行こう」と書かれていた旅行日程の日付を思い出せば、初日に当たるのが今日であった気がする。

「何かありましたね?」

「電話では詳しい要件が伝えられないのでこちらで商談できませんか?」

「今日ですか?」

「できれば」

 充はタイムレコーダーの時刻を確認すると携帯端末からリニアの時刻表を呼び出す。

「二時過ぎであればお伺いできると思いますが、いかがでしょう?」

「構いません、お願いします。駅まで迎えに行きますので……」

 事務的な会話が淡々と続く。
 あちらさんも相当慣れている。
 そんなことを思いながら、彼は座席の予約を手早く済ませて到着時刻を伝えると通話を切り、小さく息を()く。

「またトラブルか?」

「ええ。そのようです。すいませんが()はしばらくお休みということでお願いします」

「まぁ、お前がいないんじゃしゃあねぇな」

「みんな例の案件に出払ってますからね」

「まぁ、開店休業ならオレは日がな一日スポーツ中継でも見てられるからそっちの方がいいけどな」

 ほとんどいつものことじゃないかと口には出さず、充は事務所を後にして一旦自宅へ戻る。
 ビジネスバッグに着替えと一緒に携帯端末を詰め込み、細身ながらオーソドックスな濃紺のスーツに着替える。
 駅までの道すがらオヤジに連絡を取り用件を伝える。
 リニアの駅に着けばそこからは一時間とかからない。
 音もなく滑るように加速するリニアの中で、充は携帯端末を起動する。
 ミクロンダンジョン関係のフォルダから彼らに関連する情報を呼び出し眺める。
 ゲームエクスポミクロンダンジョン崩壊事故と関係者の資料。
 「帰らずの地下迷宮」所在地と系列ダンジョンで行方不明になったとみられる冒険者のリスト。
 ジーンクリエイティブ社の起業から廃業までの経緯、幹部リストと関係者一覧、廃業以降の足取りなどがそれだ。
 ちょっと調べただけで怪しさてんこ盛りで、これが週刊誌どころかネットの噂にもなっていないのが不思議でしようがない。
 確かにミクロンダンジョン自体、現在非合法遊戯(ゲーム)なのでネットとはいえ不用意に発言すると電脳(サイバー)警察(ポリス)がやってくる危険はある。
 しかし、薬物関連などのヤバイ取引が符牒(ネットスラング)などを介して今でも行われていることを考えれば、これは明らかにおかしい。
 唯一都市伝説となっている「そのダンジョンに挑むと戻ってこない」という帰らずの迷宮亭の噂がジーンクリエイティブ社と結びついてもいいと思うのだが、その形跡はない。

(堅気じゃねぇオレが言うのもおかしな話だが、やばい世界に手を突っ込んじまったんじゃないか?)

 これはどう考えても表の案件ではないが、彼らの世界のものとも違う。
 調べる過程でそんな予感はあったので手は打ってきていたのだが、どこまで通用するかは図りかねる。

 品川に到着してホームに降り、改札を抜けると見覚えのある若者とマスク姿の男を見つける。
 二人とも遠出の出で立ちだ。
 若者の方が彼に気づいてぎこちなく手をあげる。
 充は苦笑いを浮かべ彼らに近寄った。

「坂本さんですか?」

「ええ」

「はじめまして。下町の迷宮亭の店長(ギルドマスター)をしている上杉と申します」

 充はなるほどと思った。
 マスクは花粉症対策だと思っていたのだが、どうやら口の動きを見せないための用心だったらしい。

「沢崎です」

 わだかまりのありそうな態度でもう一人の男がお辞儀をする。

「早速ですが、付き合っていただきたいところがありましてついてきてもらえますか?」

 店長(うえすぎ)が言う。

「どちらへ?」

「北海道です」
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