02 行動選択のフェイズ

文字数 2,600文字

「北海道です」

 そう言われて彼はさっと気配を硬くした。

「歩きながらご説明します」

 そういって店長は歩き出した。
あとを追う充の斜め後ろに沢崎が続く。

「彼らが札幌に行って一週間が経ちました」

 店長が切り出す。
雑踏の中努めて明るいトーンで語りかけてくる。

「何の連絡もない場合、あなたと連絡を取ってくれと言われていたのでお呼びした次第です。

から預かっていた手紙です」

 と、数葉のハガキサイズの用紙を渡された。

(こっちの都合は無視かよ、あのヤロ)

 心の中で悪態を吐きつつも事前の手紙からこんなこともあるだろうとは思っていた充である。
 最初の一枚は充宛ではなく店長への指示のようだった。
接点のない二人を結びつけるために沢崎を呼ぶことも書かれている。
簡潔な文章で判りやすい最初の一枚以降は、暗号化されているのか何のことやらさっぱり判らない。
 普通に読めばちょっとした作文であったり詩であったりと取りあえず意味が通るように読めるのだが、これで何をしろと言うのか?

「解けますか?」

「いえ、さっぱり」

「ですよね……」

 店長も苦笑いで答える。
 空港に着いて手続きを済ませると、ラウンジで軽く食事を摂りながら店長が声を潜めてこう言った。

「実はホームレスが一人行方不明になっていまして……」

 ホームレスの行方不明などが何の問題に……と言いかけて例の資料・情報の出所がそのホームレスからだったのかと合点が行く。

「なるほど、それでこんな暗号にしていると言うことですか」

 つまり、彼らの周りに()()()が迫りつつあったと言うことだ。

「のようです」

「我々も?」

「さあ、どこまで掴んでいるのか……下手に藪を突つくわけにも行きませんし、しがないおもちゃ屋の親父にはそもそもそんなスパイ小説のようなことはできません」

「で、なぜ北海道に行こうと?」

「手がかりは北海道にしかないでしょう?」

 それまでできる限り話さずにいた沢崎が語気を強めて言った。
 眼鏡の奥でジロリと()め付けると目が泳ぐ。
 初接触(ファーストコンタクト)の経緯から気に食わないのは理解できるが、それを態度に出すのは青いとしか言いようがない。
 そんな感想を心の中に留めて充はいくつかの質問をぶつけてみることにした。
 まずは行方不明になる前までの足取りだ。
 彼が最後に弘武にあったのは一月の末、その二、三日前にくだんのホームレスが行方不明になっている。
 又聞きなので店長も数人の作業着姿の男たちに連れ去られたとしか判っていない。
 その後彼らは格安航空チケットを購入して一週間前に札幌に発ったのだという。
 この間が約二ヶ月。
 沢崎によれば日課にしている朝晩の素振(すぶ)りに大学、バイトなど普段通りの日々を過ごしていたという。
 店長も例のダンジョンやジーンクリエイティブ社を探るような素振(そぶ)りはなかったと証言した。
 彼らが残したのは充への手紙と店長へのメモ。
 沢崎にも出発の日、空港で一週間連絡がないときは店長の指示に従ってくれと言い残しただけのようだ。
 かなり周到に準備しているようなのに事後の用意がびっくりするくらいいい加減なのが気になる点か。
 羽田新千歳間は約一時間半のフライトである。
 到着後、レンタカーを借りようとする店長を充が止める。

「レンタカーは目立つ。伝手(つて)があるからそれを利用しよう」

 快速エアポートで札幌に向かい、その筋の車を借り受けると、例のダンジョンがある郊外の倉庫に向かう。
 日の暮れかかる頃、三人は目的地に着くとミクロンダンジョンがあるとされる倉庫が見える場所に車を停めた。

「さて、これからどうするかだな」

 運転席で充が言う。
 助手席の店長が、車に酔ったらしい後部座席の沢崎を見やる。

(すぐに動き出すと言うわけには行かないか)

などと考えながら例のメモを取り出す。
 この取り留めない作文や詩歌は一体何を暗示しているのか?
 そんなことを考えていると、蒼ざめた顔で体を起こした沢崎が背もたれの間から顔を出す。

「何をするのが正解だと思いますか?」

「ん?」

「TRPG的に言えば行動選択の局面(フェイズ)です。何が出来るか? 目的に照らしてどうするのがいいかを考えるんですよ」

「ほぅ」

 と充が感心する。
 充は知らないが、蒼龍騎(そうりゅうき)こと沢崎和幸と言えばアーリーアダプターとして関東のRPG界隈ではそれなりに名の知れた存在である。
 その肩書きは伊達ではないのだ。

「その考え方で言えば、選択肢は今すぐ乗り込んで中にいるヤツを吐かせるか、しばらく周辺を嗅ぎ回って尻尾を掴むってのが手だな」

「どちらもリスクが高いなぁ……」

 眉間にしわを寄せて口をへの字に曲げ、腕を組んで店長が呟く。
 前者は警察が出動する危険があり、後者は組織に狙われる可能性が高くなる。

「だが、何もしないでここにいるだけじゃ解決はしない」

「そりゃあそうなんだがなぁ」

「それも一つの手だと思いますよ」

 沢崎が充に訊ねる。

「組織の本拠地は別のところにあるって言うのがあなたの結論ですよね?」

「ああ、間違いない」

「ならここからどこかへ拉致した冒険者を移動する必要があるはずです」

「それを待つって? 確かに悪い選択肢じゃないが、いつまでも待っていられるのか?」

「待つさ」

 充の問いに答える沢崎の表情には覚悟の決まった男の意志が顕れていた。

「そんなに長い時間待つ必要はないらしいぞ」

 そう言う店長の視線の先には、倉庫入り口前に横付けされた一トン級現金輸送車のような、荷台部の窓が塞がれているバンがあった。
 作業着を着た男が二人、倉庫の中へ入って行く。
 車の中には見張り役だろうか、同じ作業着を着た男がもう一人。
 程なくして男たちが撮影機材を入れるような大きいジュラルミンケースを三つ荷台に積みこむと、辺りを警戒してから車に乗り込みその場を離れた。
 充は静かに車を発進させると尾行を開始する。
 実のところ充たち三人が後を尾けることになった車の中には、彼らが安否を心配している四人がいた。
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