02 ロムの記憶
文字数 1,897文字
ロムは携帯音楽プレイヤーでお気に入りのシューティングゲームのBGM集を聴きながら、高速で流れ去る景色を視るでもなく眺めていた。
もっとも景色の半分以上はトンネルの中だ。
思い出すたびによく助かったものだと思う。
飛び立つ赤 龍 の前脚が少女を握っていたこと。
伸ばした彼 の手にしがみつこうと、彼女の手が必死に延ばされていたこと。
その指先がほんのわずかだが自分の指先に触れたという、確かな感触を最後に途切れている。
覚えているのはそれだけだった。
後で聞いた話や週刊誌などで読んだ記事によれば、最上階に設置されていた赤龍が飛び立つ際に床が崩落し、ロム以下屋上にいた冒険者たちがダンジョンの崩壊に飲み込まれていったのだという。
最上階にいた彼らの崩壊による怪我の程度が比較的軽微だったのは、十分の一サイズであったことと位置関係のためだと言われている。
縮小されている彼らからすれば体感で十メートル近く落下したように感じられたが、実際には一メートルもない。
第一階層にいた冒険者は突如上から降ってきた瓦礫によって押しつぶされたことによる怪我だが、四人は主に落下により下の瓦礫に叩きつけられたことによるものだ。
そのため比較的早い段階で救出されている。
だからネズミにかじられ重傷を負っていたロム以外の三人は、検査や経過観察の二週間で退院できた。
ロムは三ヶ月入院している。
まず、ネズミにかじられた傷口が元のサイズに復元することによって大きくなることを危惧して縮小サイズのまま治療が行われた。
ある程度回復するのを待って元のサイズに戻し、さらに治療を続ける。
彼が意識を取り戻したのは、元のサイズに戻されて数日後だった。
その後リハビリを受けて後遺症のないことが確かめられ、ある程度日常生活に支障がない状態に戻ったところで退院した。
高校生だったロムは退院後夏休みまでの数週間を筋トレと受験勉強に費やし、夏休み中は拳法の師匠の道場に押しかけて規則正しく修行と受験勉強をして過ごした。
その年の秋口、ちょうど一年前になるだろうか?
ゼンから連絡が来て、神奈川でミクロンダンジョンを見つけたので一緒にアタックしてくれないかと誘われた。
その時は「もう少し時間をくれ」と断っている。
その際理由にした「大学入試を控えていたから」というのは主な理由ではなかった。
実際は拳法家として鈍っていた実戦感覚を取り戻し、あの日のような絶望的な不測の事態に対処できる心と体を鍛えるためだったのだ。
師匠は大学入試を控えた一年間を将来のために勉学に勤しめと諭し、正月から稽古に来ることを禁じていた。
だからこそ手持ち無沙汰だったあの日、春休み期間中のゲームエクスポにいたのである。
もちろん日課の自主稽古を怠っていたわけではない。
しかし、さらわれたジュリーの妹玲奈 を救う協力をするためには、あの事件による怪我での入院三ヶ月を含め、半年以上実戦から遠ざかっている今の状態ではいけないと思ったのだ。
師匠に事件の経緯と自身の関わりを語り、拝み倒してようやく修行をつけてくれる約束を取り付けたのが夏休み期間中の住み込み修行だった。
短い間だったが師匠が直接稽古をつけてくれたことで実戦感覚を取り戻せただけでなく、より研ぎ澄まされ技に磨きがかかったようにも思えた。
それでも足りない気がしていた。
心許なく思っていた。
だから神奈川の件は断ったのだ。
その後、三人は摘発された神奈川のダンジョンに変わって山梨のダンジョンアタックにも失敗し、今年に入ってようやく茨城にダンジョンを見つけた際、是が非でもとロムを誘った。
すでに希望の大学に進学の決まっていたロムは師匠の助言もあってようやく参加を決断。
以降千葉のダンジョン(今はそのダンジョン攻略難度からギルド名「賢者の迷宮亭」と呼ばれている)、下町の迷宮亭とダンジョン攻略に貢献して来た。
ロムは無意識に左肩を下げて服の上から傷痕をさする。
(自分は果たしてあの頃より強くなっているのだろうか?)
(目の前にまた同じシチュエーションでネズミが現れたとしてあの時より上手く立ち回れるだろうか?)
車窓の景色を見るとはなしに眺めながら自問自答を繰り返す。
そんな一人の世界をサスケが現実世界に呼び戻した。
「そろそろ名古屋でござる」
「あぁ、早いな。やっぱ」
わずか四十分。
大学までの彼の通学時間より五分ほど短い。
五人は名古屋に降り立った。
もっとも景色の半分以上はトンネルの中だ。
思い出すたびによく助かったものだと思う。
飛び立つ
伸ばした
その指先がほんのわずかだが自分の指先に触れたという、確かな感触を最後に途切れている。
覚えているのはそれだけだった。
後で聞いた話や週刊誌などで読んだ記事によれば、最上階に設置されていた赤龍が飛び立つ際に床が崩落し、ロム以下屋上にいた冒険者たちがダンジョンの崩壊に飲み込まれていったのだという。
最上階にいた彼らの崩壊による怪我の程度が比較的軽微だったのは、十分の一サイズであったことと位置関係のためだと言われている。
縮小されている彼らからすれば体感で十メートル近く落下したように感じられたが、実際には一メートルもない。
第一階層にいた冒険者は突如上から降ってきた瓦礫によって押しつぶされたことによる怪我だが、四人は主に落下により下の瓦礫に叩きつけられたことによるものだ。
そのため比較的早い段階で救出されている。
だからネズミにかじられ重傷を負っていたロム以外の三人は、検査や経過観察の二週間で退院できた。
ロムは三ヶ月入院している。
まず、ネズミにかじられた傷口が元のサイズに復元することによって大きくなることを危惧して縮小サイズのまま治療が行われた。
ある程度回復するのを待って元のサイズに戻し、さらに治療を続ける。
彼が意識を取り戻したのは、元のサイズに戻されて数日後だった。
その後リハビリを受けて後遺症のないことが確かめられ、ある程度日常生活に支障がない状態に戻ったところで退院した。
高校生だったロムは退院後夏休みまでの数週間を筋トレと受験勉強に費やし、夏休み中は拳法の師匠の道場に押しかけて規則正しく修行と受験勉強をして過ごした。
その年の秋口、ちょうど一年前になるだろうか?
ゼンから連絡が来て、神奈川でミクロンダンジョンを見つけたので一緒にアタックしてくれないかと誘われた。
その時は「もう少し時間をくれ」と断っている。
その際理由にした「大学入試を控えていたから」というのは主な理由ではなかった。
実際は拳法家として鈍っていた実戦感覚を取り戻し、あの日のような絶望的な不測の事態に対処できる心と体を鍛えるためだったのだ。
師匠は大学入試を控えた一年間を将来のために勉学に勤しめと諭し、正月から稽古に来ることを禁じていた。
だからこそ手持ち無沙汰だったあの日、春休み期間中のゲームエクスポにいたのである。
もちろん日課の自主稽古を怠っていたわけではない。
しかし、さらわれたジュリーの妹
師匠に事件の経緯と自身の関わりを語り、拝み倒してようやく修行をつけてくれる約束を取り付けたのが夏休み期間中の住み込み修行だった。
短い間だったが師匠が直接稽古をつけてくれたことで実戦感覚を取り戻せただけでなく、より研ぎ澄まされ技に磨きがかかったようにも思えた。
それでも足りない気がしていた。
心許なく思っていた。
だから神奈川の件は断ったのだ。
その後、三人は摘発された神奈川のダンジョンに変わって山梨のダンジョンアタックにも失敗し、今年に入ってようやく茨城にダンジョンを見つけた際、是が非でもとロムを誘った。
すでに希望の大学に進学の決まっていたロムは師匠の助言もあってようやく参加を決断。
以降千葉のダンジョン(今はそのダンジョン攻略難度からギルド名「賢者の迷宮亭」と呼ばれている)、下町の迷宮亭とダンジョン攻略に貢献して来た。
ロムは無意識に左肩を下げて服の上から傷痕をさする。
(自分は果たしてあの頃より強くなっているのだろうか?)
(目の前にまた同じシチュエーションでネズミが現れたとしてあの時より上手く立ち回れるだろうか?)
車窓の景色を見るとはなしに眺めながら自問自答を繰り返す。
そんな一人の世界をサスケが現実世界に呼び戻した。
「そろそろ名古屋でござる」
「あぁ、早いな。やっぱ」
わずか四十分。
大学までの彼の通学時間より五分ほど短い。
五人は名古屋に降り立った。