エピローグ

文字数 3,483文字

 ひどく殺風景な会議室らしい部屋に弘武(ロム)たち四人は通された。
 さすがに国の機関にコスプレでは来られなかったようで、三人ともセンスはイマイチだが私服である。
 彼らと比べれば、どこにでもいそうな弘武の格好はまともと言えた。

「呼び出しておいて人を待たせるとか、それってどうなのよ?」

 そんな愚痴が(ジュリー)の口から飛び出したのを見計らったかのように三人の男たちが入ってくる。

「すまないね、待たせるつもりではなかったんだが少々予定が押してしまったようだ」

 それほどすまなさそうに聞こえない通り一遍の謝罪ですませたのはあの日、彼らを救ってくれた一人、日下部である。
 彼は、何やら分厚い資料を部下二人に持たせて彼らの向かいに座ると、腹に一物ありそうな笑顔で語りかけてきた。

「まずは改めて生還おめでとうと言っておこうか? 元に戻って一週間になるはずだが、具合の方はどうだい?」

、四人ともつつがなく過ごしています」

「難しい言葉を使うね。警戒するのも無理はないか……」

 日下部はわざとらしく大きなため息をつくと単刀直入に切り込んでくる。

「君たちの北海道旅行はほとんどスケジュール通りだった。だからメディカルチェックのみで日常生活に戻ってもらったわけだが……、その後の経緯が知りたいだろうと思ってね」

 あの日、一足早く等身大に戻った三人は店長たちと協力して、ロムたちを南北から挟撃されて劣勢だった街の防衛戦に送り出した。
 急遽ありもので作られた一本の槍をロムが、(そう)(りゅう)()が何かの時のためと持っていた二振りの剣をクロとコーが遣いヒビキは冒険中ほとんど使うことのなかった三節棍、レイナが愛用のレイピアで南門から突撃したことで、南門を攻めていた人造人間(ホムンクルス)は逆に挟撃を受ける形になり形勢が逆転。
 南門を受け持っていた総大将のやっさんはすぐさま北門に部隊を移動させてイサミ隊と合流し、北門を襲っていた怪物(モンスター)軍団を壊滅させた。
 住人たちは悪夢の街からは解放されたが、そのほとんどが行方不明者として扱われていたため、事情の異なるロム以外は政治的決断が下されるまでは十分の一のまま日下部の管理下に置かれることとなったのだ。

「結論から言えばこの事件、政権中枢の議員センセイが何人か絡んでいてな。まぁ、大スキャンダルだ。しかも国を跨いだ政治屋どもの思惑なんかも絡んでいてな? ややこしいったらない。そこで、トカゲの尻尾を切ってひとまずシャンシャンってことになった」

「それでいいのかよ」

 理が憤り、八つ当たりであると思いつつも喰ってかかる。

「仕方ないだろ? 全容を解明してしまったら国がひっくり返っちまうからな。ま、やっさん? とか名乗ってた元ジャーナリストが暴露するから結局政権崩壊は避けられないだろうけどな」

 などとさらりと毒を吐く。

「それでいいのか?」

 呆れた顔で問いかける弘武にゾッとするような怜悧な笑みを返した日下部は、直接には問いに答えず話を続ける。

「でな? 等身大に戻って社会復帰するにしたってなかなか難しい連中ってのもいたんで、一応意向調査というものをしてみた。『元の世界に戻りたいですか?』とな」

 日下部はそこで一区切りつけると仲間に目配せをして頷き合う。
 男が一人立ち上がり部屋を出て行くと、日下部は再び喋り出す。

「結果は意外だったんだが、戻りたいと言ったのが六割。彼らは報道解禁とともに戻すことにした」

「残りは?」

「死亡扱いだ」

「え?」

「死亡扱いにしてあの街で余生を過ごしてもらうことになった」

「それでいいのですか?」

 善治(ゼン)の声が微かに震えている。

「彼らが望んだことだ」

 抑揚のない事務的な答えが返ってくる。

「それって、あの街は非公開ってことですか?」

「機密事項だな」

「……何か企んでますね?」

伊達(だて)(ひろ)()くん……だったか? 勘がいいね。その通りだよ」

 その瞬間、四人は場の空気が冷たくなったのを感じた。

 緊迫した沈黙が場を支配する。

「君たちは……万事解決したと思うかい?」

 日下部の問いに誰も答えようとしない。  「はい」とは答えかねたからだ。
 確かにゲームエクスポミクロンダンジョン崩壊事故に端を発した一連の行方不明事件は、一応の解決を見た。
 しかし、今回の騒動では首謀者にまで届いていないことは彼らにも判る。

「そこで君たちに相談だ」

 日下部はファイルから書類を四部取り出し、彼らの前に差し出す。
 善治と理が手にとってページをめくり出す。
 航助(サスケ)は腕を組んだまま目を閉じ、弘武は日下部から目を離さない。

「これは……」

 善治が唸る。
 何かいいかけたのをノックが遮った。

「どうぞ」

 日下部に促されて入ってきたのは先ほど出て行った男と玲奈(レイナ)であった。

「玲奈!」

「お兄ちゃん!」

「緊急記者会見はこの後十九時三十分を予定している。出来れば君たちには立ち会ってもらいたいんだ。彼女と一緒にね」

「それとこれとどう関係があるんだよ?」

 理が紙の束をバサバサと突き出しながら問うと、日下部は一人ひとりを冷たい視線で見つめながらゆっくりと語りかける。

「君たちは有能だ。人員不足、経験不足の我々には喉から手が出るほど欲しい人材ってことだよ」

「我らに隠密になれと?」

「その通り。このことは極秘裏に国の承認を取り付けている。名付けて『ミクロンパーティ』……まぁ国らしいセンスのない名称だが、すでに数人に声をかけていて君たちを除く八人とは契約が成立している。そう、ここに来るのが遅れたのはそのせいなんだ」

 日下部はそこで一旦間を置いて彼らの様子を伺う。

「もちろん、ミッションがなければ今まで通り学生生活を送ることも可能だ。卒業後も仮初めにはなるが日常生活ってやつを提供しよう。どうだね?」

「声をかけた数人とは、我々が知っている方々ですか?」

「他に誰がいる? このチーム編成に関しては君たちを中心に考えられていると言っても過言じゃない。君たちにはどうしても参加してもらいたい。もちろん、ここは民主主義の法治国家だ。君たちの考えは尊重するがね」

「どうだか?」

 シニカルに答えた弘武だったがそこはやはりオタクの一人、この計画に全く興味がないわけでもない。

「さっきも言ったが、十九時三十分に緊急記者会見が開かれる。君たちに考える時間を与えられなくて申し訳ないが、今この場で……そうだな。一時間以内に結論を出してくれ。我々がいたのでは話し合うこともできないだろう。一時間後にまた来る。いい返事を期待しているよ」

 そう言って日下部たちは部屋を出て行った。

「玲奈も声をかけられてるのか?」

 開口一番、理が玲奈に声をかけた。

「私はお兄ちゃんたち次第って答えたの」

「なるほどな」

 答えを聞いた理は芝居がかった口調でそう言った。

「で? どうしますか?」

 善治が鼻にかかったような例の好きなアニメキャラの真似と思われる話し方でみんなを見回す。
 その表情は努めて冷静に振舞っているつもりのようだが、弘武から見れば興奮を隠しきれていないように見える。

「みんな興味あるんでしょ?」

 三人が互いに様子を伺っているのに見兼ねた弘武がそう促すと、三人は堰を切ったようにオタク魂を炸裂するような熱い思いを吐露しだす。

「はいはい、判りました。判りましたよ」

「玲奈は付き合わなくてもいいんだぞ? せっかく助かったんだ。日常に戻ったって……」

「嫌」

 理に最後まで言わせず短く拒否する。

「ずっと離れ離れだったんだよ? みんなと一緒にいたいの」

 そう言われ、彼らはなんだかむず痒さを感じる。

「本当に『みんな』でござるか?」

「え!?

 航助にそう言われた玲奈は顔を赤くして俯いた。

「れ、玲奈?」

 朴念仁の理がなんのことかと訊ねるが、玲奈から答えを聞き出せそうにはない様子。
 ようやく合点がいった善治が「ははぁん」と弘武を見やると案の定照れ臭そうな顔をしていた。
 一時間後、日下部たち三人が部屋に入ってくる。

(はら)は決まったかね?」

 そこには晴れ晴れとした表情の五人が待っていた。
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