#11. 贖罪

文字数 2,908文字

 マーリンは、かつて天界にてアトゥムを補佐する十二神の筆頭として仕えていた。つまり、天界二位の上級神だったのだ。その力は凄まじく、軍神マルスや戦女神ヴァルキュリアを遥かに凌駕していた。かつてマルスは言ったという。ヴァルキュリアと二人がかりであれば、マーリンを倒す事も可能だ、と。

 だが、第一次天界戦役において、その力は大半が失われた。それでも。それでも、いまだ私より強いのだ。私の魔力回路ネクロマンサーも、マーリンによって与えられたものだ。無限に成長する魔力回路ネクロマンサーも、まだマーリンを凌ぐほど育ってはいない。4000年かけても、まだ。

「……それは、不可能です。私は、あなたには勝てない」

 息の詰まる睨み合いから先に目を逸らしたのは私だった。私の持てる力でマーリンに勝つ為の算段を一応勘考してみたが、まるで思いつかなかった。私は、無力だ。第一次、第二次ともにマーリンやエルンスト、オズワルドのサポート程度の事しか出来なかった私と何も変わっていないのが悔しく、気づけば拳を握り締めていた。

「うふふ。お利口さんね、ゼルタちゃん」

 マーリンは妖艶に微笑み、口調を戻した。マーリンは目的に対して非情だ。私が邪魔になるのであれば、躊躇なく始末するだろう。それは私も同じ。つもりだ。

「そうなると、ゼルタちゃん」
「はい」
「あなたには、もう戦う理由が無くなるわ〜。この世界は、もう滅亡しないのよ。この世界は、これから本当の平和を手に入れるのだから」
「……えっ?」

 きょとんとする私に、マーリンはにこにこと笑顔を向ける。これは考えろということだ。

 私はこの世を恨んでいた。生家は小さな地方領主で、それなりに豊かに暮らしていたが、ある時戦乱により滅ぼされた。大切な家族を失った私は、以降、孤児としてとある教会に住まう事となる。

 そこの神父は最悪だった。元貴族の私を目の敵とし、他の孤児をけしかけてありとあらゆる虐待を行った。そこで私は世を恨んだ。なぜ私がこんな目に遭わなければならないのか。こんな世界を作った者が憎い。神が憎い、と。

 そんな私を救ってくれたのがマーリンだった。マーリンは天界で封印されていた魔力回路ネクロマンサーの刻印を私の魂に施した。そして、この世界の真実を教えてくれた。

 即ち、この世界は主神アトゥムに魂を貢ぐ為に作られた事を。だから辛く苦しい戦が無くならない。その戦乱により鍛えられた魂をアトゥムが搾取する為なのだ。死して天に昇る魂は、全てアトゥムが喰らうのだ。つまりこの世は魂の牧場に過ぎないのだ、と。

 それを知った私は、この世の不幸の元凶たるアトゥムへの復讐を誓った。私は、4000年、それだけを考えて生きてきた。

「なのに、もう、戦わなくて、いい、だと……?」

 凄まじい拒否反応が私の全身を貫く。では、今までやってきた事は何なのか? 私の4000年は、無駄だったのか? マーリンがアトゥムの護衛をするとなればそうなるだろう。だが、待て。私には、愛がいる。プリンセスも使えるかも知れない。二人を鍛え上げ、マーリンにぶつけるか? それならば、或いは――。

「ねえ、ゼルタちゃん。あなたは、今まで良く頑張ってきたわ。でも、もういいの。あたしは、知っているわ。あなたが、とても優しい子である事を。そんなあなたに、あたしは、ずっと、ずっと、酷い役目を与えて、きた」

 マーリンが泣いている。私が、優しい? ふざけるな。私がどれだけの人を、どれだけの魂を喰らって来たのか、知らないはずも無いのに。一千万か、二千万か。私は、罪の無い人々ですら、笑いながら残虐に殺してきた。はははははは。そう、苦しみ、もがき、泣き、喚く様を、私は、嘲笑いながら、

「……違う」

 本当は、誰も殺したくなど無かった。アトゥムがあれほど、絶望的な強さを持っていなければ、こんな事は、しなくて、済んだ。痛かった。胸が痛んだ。しかし、それは気づかないふりをしてきた。認めれば戦えなくなるからだ。復讐を果たすまで、私は、自分の気持ちに、気づいては、ならなかった。

「う、おお、おおおおっ……」
「ゼルタ!」

 頭が割れそうだ。私の戦いが、終わる? なんだ、それは? 終わったとして、その後、私は、どうしたらいいというのか? 戦う事しか知らない私は、どうしたらいい? やめてくれ。私から、戦いを、生きる、目的を、奪うのは、

「やめてくれええええ!」
「ゼルタ! ゼルタ!」

 堪えられなくなり天に向かって叫んだ私を、マーリンががばりと抱き締めた。

「辛かったのね、悲しかったのね。そして、寂しかったのね。誰にも言えず、理解もされない、強さを求める戦いだったの、あたしは知ってる。ちゃんと、ちゃんと分かってるわ!」

 私の強さは魂の強さだ。強さは量だ。器の大きさだ。魂を喰らえば喰らうほど強く大きくなるネクロマンサーの魔力回路は、そうしなければ存在意義を失うのだ。だから喰らった。たくさん、たくさん喰らってきた。酷い事だ。赦されない事だ。だが、だが、そうしなければ戦えないのだから、仕方がないだろう!

「もういいの。もういいのよ、ゼルタ。これからは、あなたの幸せを見つけるの! あなたは、幸せにならなければならないのよ!」
「はははははははは! この私が、幸せを? 馬鹿な! そんな資格が、この私にあるものか!」
「資格なんて、いらないわ! あなたが望めば、それは叶うものなのよ! 幸せを願う権利は、誰にだってあるんだもの!」
「大量虐殺をしてきた私にもあるのですか、マーリン!」
「あるわ! 見て、ゼルタ!」
「むっ?」

 私は、マーリンの指し示す窓の外を見た。そこには、王都の家々の灯りがあった。ツインタワーの麓に広がる、無数の小さな灯りが見える。人の営みが光となり、海のように広がっている。

「これは、あなたの成した事よ。この平和な世界を作ったのは、間違いなくあなただわ」
「違います。アヴァロン建国は、オズワルドが」
「いいえ。オズワルドはその優しさが弱点だった。建国当初、反抗勢力を根絶やしにしたあなたの功績がなければ、アヴァロン皇国はこんなに長く続かなかった。あなたはたくさんの人を殺したって言うけれど、理由無くそうした事は、無かったわ。仕方が無かったで済まされるのはあたしも嫌い。でも、結果は、結果でしょう? それが正義か悪か、なんて時間が決めるものなのよ」
「マーリン……」

 いつもこうだ。私は、マーリンにとって、弟のようなもの。また、こうして慰められ、手を煩わせる。私よりも罪悪感を抱えているはずのマーリンなのに。そう思うと、自分の情けなさで泣きたくなる。

「……それでも、罪は、消えません」

 なのに、私は、こんな事しか言えないのだ。この言葉が、マーリンにも突き刺さるのを知っているのに。

「そうね。だから、あたしはこの世界を守るのよ。何を犠牲にしても。それが、あたしの贖罪、だから」

 マーリンは絞り出すようにそう言った。

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登場人物紹介

 東条愛。15歳。倭の国の姫。魔力回路【モンスター】の保有者。

 王族専属護衛騎士団【プリンセス・シールド】に入隊した後、エルンスト教教皇マーリンより神器【クレイモア・ギガース】を賜る。

 愛の成長が、この世界を滅亡から救う鍵となる。

 木霊。4000歳以上。愛の左手薬指にはまる、白金の指輪。

 最強の魔力回路【ネクロマンサー】を持つ不死者。

 愛に残酷な試練を与えるべく寄生している。

 クラリス・ベルリオーズ。17歳。隻眼隻腕のプリンセス・シールド団長。

 仲間の仇である【黒騎士】打倒に執念を燃やす。

 魔力回路は【ファイア・スターター】。神器【アンフラム・ファルシオン】を自在に操るクラリスは、大陸最強の騎士との呼び声が高い。

 

 アリス・ベルリオーズ。?歳。自称クラリスの妹を名乗る妖精。

 魔力回路【オールマイティ】を駆使し、クラリスを補佐するプリンセス・シールド騎士団副団長。

 自らに定められた「消滅の時」を受け入れ、それまで必死に生きると決めた。

 エスメラルダ・サンターナ。16歳。ユースフロウ大陸南部地方エルサウス出身。

 クラリスにその強大な能力を見出され、プリンセス・シールドにスカウトされた。

 精神感応系魔力回路【アナライザー】の保有者。

 その能力ゆえ人々に疎まれたエスメラルダは、滅多にその力を使わない。

 エルザ=マリア・フェルンバッハ。14歳。エルグラン出身の大魔術師。

 特定危険人物に指定され、アヴァロン皇国首都エールにある城塞牢獄ダイアモンド・プリズンに収監されている。

 両親を殺害し、フェルンバッハ家を滅亡寸前にまで追い込んだ者への復讐を胸に秘め、プリンセス・シールドに加入した。本人は牢獄にあるため、くまのぬいぐるみを遠隔操作して戦う。

 ジャン=ジャック・ドラクロワ。20歳。軍務省所属。階級は少佐。正式呼称はメイジャー・ドラクロワ。魔力回路【コンダクター】により、飛空船を意のままに操る天才艦長。四大公爵の一人、デューク・エールストンと、対等に話せる友人関係にある。クラリスの許嫁だが、父親であるドラクロワ伯爵からは反対されている。

 プリンセス・アヴァロン。15歳。本名秘匿。アヴァロン皇国2000年の歴史の中で、初めて生まれた女児。王家が二児以上もうけたことはかつて無く、その為「不吉姫」などと揶揄する勢力もある。

 愛と同様、この世界を救う鍵を持つ姫だが、その力に気づく者はまだいない。

 黒騎士と呼称される謎の騎士。当時キングス・シールド騎士団を率いていたクラリスの仲間を、その圧倒的な戦闘力で惨殺した犯人。この戦いでクラリスは左腕と左目を失った。神出鬼没、正体不明、目的不明。剣も魔法も一切通用しない無敵の騎士。

 ベルトラン・ケ・デルヴロワ。23歳。キングス・シールド騎士団団長。

 人類であるかも疑わしい面貌を持つ巨漢騎士。魔力回路を持たない為、神器【ウイングド・ハルバート】のみを頼りにのし上がった剣技の実力派。

 顔も口も悪いが、正義の為、仲間の為なら血を流すことを躊躇わない熱血漢。

 ただ、少女のドレスを収集する趣味があり、性癖的には危険。

 オメガ。年齢不詳、能力不明の敵魔導師。木霊に深い恨みを持つ。

 獣人王ウィンザレオ、竜王ゲオルギウス、妖精王オベロン、魔王ディアボロと盟約を結び、世界を混沌へと導く。

 プリンセス・シールドは、この少年の掌の上で踊らされることとなる。

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