#9. クラリスの微笑
文字数 2,012文字
将軍は勝機無しと悟った。これは将軍がアヴァロンの軍事力を良く把握している証左だ。今日まで倭の国が存続出来ていたのは、圧倒的な兵力差を埋める、磨き上げてきた戦略戦術、そして勇猛果敢な武士団があったからだ。
だが、今回はそれら全てが飛空船により無力化された。魔法という未知の力はなんとか出来たが、上空から降り注ぐ砲弾に抗う術は無い。例え砲弾の雨を凌げたとしても、飛空船には、おそらく200ほどの銃士隊が控えている。これも侍の刀ではどうにも出来ない。
(終わったな)
私から見ても、将軍が倭の皆へ密かに謝罪したのは当然だった。と、普通ならばそう考えたのだ。だが。
「無駄な殺戮は騎士の好むところではない! 道を開けろ雑兵ども! 私は、倭の将軍との一騎討ちを所望する!」
クラリスだ。将軍へ向かい猛然と駆けて来る紅い激情が、この戦いの行方を不確かなものにしようとしている。
ほほう。クラリスとやら、余程腕に自信があると見える。あの魔力量からして、当然魔法騎士なのだろうが、侍同様剣のみで戦うつもりでいるようだ。これは面白い。将軍は対魔法戦でも無類の強さを持っているが、剣においてももはやアヴァロンに於ける剣聖の域にある。騎士の剣と侍の刀。どちらが折れるか、楽しみだ。
(楽しみ……、あ、あれえ?)
じっくり観戦する為に良い視点を探していた私は、気づけば凄まじい速度でクラリスへと接近していた。剣を引き寄せたクラリスが、あっという間に目の前だ。しかもこちらをがっつり見据えている。完全に目標に定められた感じだ。私は思いっ切りクラリスの刃圏に入っている。あれえ? これ、斬られるやつじゃないのかあ?
「させるかあーっ!」
「む。どけ、そこの子ども!」
愛! 愛がクラリスの前に手を広げて立ちはだかっている。愛の指に嵌まる指輪たる私も、当然クラリスの前に来てしまっているわけだ。
わーっ! ちょっと勘弁してくれ、愛! 何かの間違いで指輪が斬られでもしたら、凄く困った事になるのだ! 私の15年間が台無しになってしまう!
「どかない! そして、愛は子どもじゃないっ!」
「なんだと?」
クラリスのこめかみに太い血管が浮き出した。
「愛は、倭の将軍東条家長女だから! 愛は、倭の国を守る姫だから!」
クラリスに向けてそう言った愛は、構えを低くし、刀の柄に手をかけた。抜刀の構えだ。刀、いつの間に? 誰かから奪ったのか? 一緒にいるはずの私でも気づかないとは。これだから近接戦派は恐ろしい。魔導師である私には、こうした1流の戦士の動きが全く見えない。まあ、実際彼らと戦う際には、見えなくても困る事は無いのだが。
「倭の国の、姫? 東条、愛、か? ほう」
愛の名乗りを受けたクラリスは、瞬時に冷静となり、何事か思案している。
「退け、愛! ここは女子どもの出る幕では無い!」
将軍の怒声だ。腹に響くその声で、何人かの侍が、思わず「ひっ」と息を吸い込んだ。
「退かない!」
愛は拒否した。この子は頑固だ。こうと決めたら動かない。
「エンヤ!」
将軍は再びエンヤを呼んだ。引き摺ってこいという意味らしい。
「はいなあ? あー? なんでしゅかねえー、呼ばわりやったかねえー?」
が、エンヤは耳に手を当てボケた老婆のフリをした。この老婆、指示に従いたく無い時は、たまにこうした事をする。
「あ、阿呆! こりゃ、エンヤ! ふざけておる場合ではないぞい!」
ジイがあわあわと焦っている。愛が心配で、胸が張り裂けそうなのだ。エンヤが動かないので相当狼狽しているが……自分で助けようとはしないのがジイだ。ジイは知将の類なので、こうした事は不向きである。
「エンヤ」
将軍はエンヤを睨んだが、それ以上は言わなかった。
「ありがとう、エンヤ」
愛は構えたまま振り向かず、少しだけ頭を下げた。
「お父様と一騎討ちなど片腹痛い! お父様は将軍だ! お前のような大将格なんかが勝負を挑むのは無礼だよ!」
「ほう。うむ。なるほど、そうかも知れん」
クラリスは素直に肯定した。この女、どうやら……。
「では、お前と一騎討ちをしてもいい。しかし、ではお前がこの争いの勝敗と、その結果による責任を負うのだな? 何を懸けて行う一騎討ちなのかは、分かっているか? 負ければ私の要求を受け容れるしかなくなるが」
クラリスは愛へ諭すように語りかけた。
「そんなの分かってる。侍は、いつも覚悟が出来ているから!」
「結構。では、お前との一騎討ちを承けるとしよう」
クラリスは冷たい微笑を浮かべ、剣を構えた。