#15. 槍試合
文字数 3,932文字
「あなた」
「うむ。見守るしかあるまい」
アリーナ最上段の王族専用観覧席では、国王と女王が座して戦士の登場を待っている。ゆったりとした席にはサイドテーブルが設えられ、花や果物、飲み物等が用意されていた。以下の貴族用観覧席は、ほぼ同じようになっている。
「おのれ、エインズワース。貴様、我らに恨みでもあるのか?」
「口を慎め、ディム・クラリス。ふふ。恨みなど、とんでもない。わしはただ、自らの職務に忠実なだけだ」
国王たちのいる所の1階下の観覧席では、エインズワースとクラリスが並んで座った。当然、エインズワースの席の左右には護衛がいる。
他の3人の公爵も、二人の左右に順次並んで腰掛けた。ここは四公爵専用席だ。前列は予備を含めて六席、後席は家族用に12席ある。
「得心がいかぬならば教えよう。わしは軍務省を与る大臣でもある。だから、アヴァロンに於ける軍事力に類する物は、全て管理する義務がある。これは、不心得者を選別し、危険な武器や魔法の乱用を防止せねばならないと言う事に他ならない。その上で初めて、外敵に備える事が出来るのだ」
エインズワースは静かに、訥々と語り聞かせる。まるで、クラリスが何も知らぬかのように。
「クラリスよ。貴公は、シールド騎士団が政務省の管轄だから、デューク・エールストンの推薦があればそのまま通ると勘違いしていたのだ。それもそのはず、過去、わしが、いや、エインズワース家が政務省大臣推薦の騎士に不可を突き付けた事は無い。
しかし、本来は政務省大臣推薦の後、軍務省の認可が下りてこその叙任が正規の順序だ。これは、軍務省大臣、政務省大臣による、万が一の事態、即ち王への刺客がシールド騎士として送り込まれるのを防ぐ為の処置なのだ。どちらかが、どちらかの野望を制する為、この制度は発布した」
クラリスはただ黙って聞いている。反論の余地を探しているのだろうが、エインズワースの説明は、残念ながら一分の隙も無い正論だ。
なにしろ、王は一子相伝。女王の親族も、婚儀までには私が全て必ず始末して来ている。つまり、王の血族は直系のみ。いつ血筋が絶えても不思議は無いと思うだろう。こんなに心許ない最高権力者は、普通あり得ない。
それでも私は将来、骨肉の争いの勃発を避ける為、こうして来た。王は私が間違いなく必ず守るし、実際守って来たからだ。軍務省と政務省、両方の認可を経てなるシールド騎士団の制度を制定したのも、その一環だった。
「さて。では、此度の貴公が選んだ者たちは、どうなのか? アリスは妖精。そもそも、騎士たる人でも無いではないか。エルザ=マリアなど大監獄にある大罪人で、話にならん。エスメラルダは善良なる市民のようだが、それだけだ。とてもではないが、命を賭して王女を守るとは思えぬ。最後は倭の姫、東条愛。敵国の姫が、我が国の姫を守るだと? そんな事が信じられると思うてか?」
クラリスは手に爪が食い込むほど拳を握り締めている。その手が置かれた椅子の肘掛けを、赤いものが伝っていった。
「無礼だと思うだろう。わしが恨めしい事だろう。すまないとは思うが、許しは乞わぬ。だが、これは必要な処置なのだ。貴公がわしの目に適う騎士を選定しておれば、こんな事態は生まれなかった。それだけは、ゆめゆめ忘れるで無いぞ」
「ふ。忘れるものか」
「むう?」
クラリスはようやく口を開き、そして。
「エインズワース。お前こそ、ゆめゆめ忘れるんじゃないぞ。お前の目が、いかに節穴だったのかを、これから私の選んだ者たちが証明してくれるのだからな」
クラリスは不敵な笑みを浮かべ、エインズワースをその赤い隻眼で睨みつけた。
「ふふ。ふわっはっはっは。そうか、お前は、信じておるのだな」
エインズワースは気を悪くするでもなく、豪快に笑い飛ばした。
「ふん、当然だ。それよりも、あれはどういう事だ、エインズワース。黒騎士は、お前の部下だったのか?」
「ふははは。ああ、確かにあれらはわしの部下。軍選り抜きの騎士たちよ」
「なにいっ!」
「おっと、勘違いをするなよ、クラリス。黒騎士とは呼んだが、あれらはお主らを殺め傷つけた黒騎士ではない。ただ、黒騎士と同じような甲冑を着けさせただけの騎士たちだ」
「なっ! な、なぜ、そんな悪趣味な真似を!?」
クラリスも気づいていたはずだ。あれらは本物の黒騎士ではないと。彼らは、纏う空気も圧力も、パレードで出会った黒騎士よりも数段劣る者たちだった。大体、黒騎士は完全なるお尋ね者であり、重大犯罪者だ。それが、あんなに堂々と登場されてはたまらない。
「それは、彼女らの本気を見る為よ。例え偽物と言えど、黒騎士を前にして荒ぶらないわけはあるまい。そして、存分に力を発揮して欲しいと思うておる。わしとて、実力を見極めたいのだ、クラリスよ」
「むうっ……」
実際、黒騎士を目にした途端、クラリスの闘志は一気に沸き立った。自身で体現してしまったエインズワースの狙いを言われては、反論も出来まい。ふうむ。エインズワースめ、老獪な。この男、一筋縄では抑えられそうにない。
「来ましたよ、ディム・クラリス」
隣に座るフェリシアーノが、クラリスに呼びかけた。
「来たか」
クラリスは視線を円形の闘技場に向けた。かなり高い所から見下ろす形になるこの席では、隔壁入場口から入って来た愛たちが一目瞭然だ。東側のゲートからは黒騎士たちが、西側のゲートからは愛たちが姿を見せた。
「すっごーい! 広ーい!」
闘技場に入った愛が開口一番、そう叫んだ。
闘技場から見上げる観覧席は、まるで自分が巨大な釜の底にいるような気持ちにさせる。自分が虫にでもなったように感じるのだ。
今回の観衆は貴族等の上級国民たちのみ。一般席は無人だ。これで全ての席が埋まっていたら、凄まじい声援が闘技場を満たしていたに違いない。
「ひゃああああ。どこですかあ、ここお? ど、どうして、こんな事にいいい」
「ウザイ。エスメラルダ、ウザ」
エスメラルダはくまさんにしがみついて、後ろに隠れてついてくる。ビビり過ぎ。もう戦う前に負けている。
「……もう、やるしかありませんわ。やるしかっ……!」
アリスは愛たちの先頭を飛ぶ。副団長として燃えていた。アリスの青い瞳の先には、黒騎士たちが待ち構えている。
「本気でやっていいんだよな?」
「無論だ。デューク・エルノースには、殺してもいいと言われている」
「ひゅう。演習でも仮想敵兵ばかり相手にしていたからな。こりゃあ楽しくなりそうだ」
「相手は女子どもばかりだぞ。ま、しかし、命令とあれば仕方がない。可愛そうだが、諦めてもらうしかないようだ」
4人の黒騎士は、すでに戦闘準備万端という風情だ。腕を鳴らす者、剣を振る者、手に魔力の迸りを見せる者、それぞれやる気満々だ。
出来るな。エインズワースは、軍の選りすぐりを用意したと言っていた。彼らはもしや、軍部最強の魔法騎士団【ソード・フォース】の一員か。もしそうならば、万全のシールド騎士団でも苦戦は必至。ましてや、まだ完成していないプリンセス・シールド……しかも、クラリス抜きでは!
「凄い殺気……ねえ、アリスちゃん。これ、試合なんだよね? あの子たち、敵ってわけじゃないんでしょ?」
愛は事情が飲み込めていないながらも、戦わなければならない事だけは理解している。その上で、感じた疑問をアリスにぶつけた。
「さあ? でも、一つだけ言える事がありますわ」
「なに?」
アリスはごくりと喉を鳴らすと、
「これは、本気の槍試合。気を抜けば、命を持って行かれますわよ」
アリスらしい不遜な笑みを浮かべ、そう答えた。
槍試合。それは、騎士の真剣勝負。例え殺されようと、文句は言えない戦いなのだ。
「整列! それでは、互いに剣を合わせよ!」
「応!」
エインズワースが号令した。愛たちに正対して整列した黒騎士たちが剣を抜き、天に掲げた。
「応!」
アリスも腰にあるバターナイフより小さい剣を抜き、黒騎士の剣に合わせた。剣を合わされた黒騎士が苦笑した。
「オー!」
エルザ=マリアは円柱形の腕を黒騎士の剣に合わせた。合わされた黒騎士は、笑いを堪えて震えている。
「ふえええー!」
エスメラルダは腰を抜かして地を這うように逃げ出した。が、正対していた黒騎士が首根っこを掴んで引き戻した。剣を合わせる事も出来なかった黒騎士は、「おいおい……」と激しく失望していた。
「おーっ!」
愛は刀を抜いて勢い良く黒騎士の剣に打ち付けた。がきん、と小気味よく金属音が響き、対する黒騎士は満足げに頷いた。
「意気や良し! では、槍試合を開始せよ!」
エインズワースが手を振り下ろした。
その時。
「お待ちなさい」
聞き慣れた美声が、槍試合の開始に待ったをかけた。その女性は、純白の法衣を翻し、アリーナ最上段観覧席入り口に立っていた。
「……これはこれは、教皇猊下。お久しゅうございます」
一瞬見上げたエインズワースが、手を胸に跪き、傅いた相手は、教皇猊下。慈愛の女神、マーリンだ。
何をしに来たのだ、マーリン? これは私の予想外の展開だった。