#3. 出陣

文字数 1,496文字

 速い。英霊の眠る神聖なる森は、そこだけが優しい緑に包まれている。だが、そのエリアから1歩抜ければ、すでに悪魔の巣と呼ばれるに相応しい荒野となる。

 荒々しい山肌と、それにまとわりつくように伸びる、枯れたような木の根が足を阻む。愛はそれらをひらひらと飛び越えて、転がり落ちる石のように駆け下りた。

 凄い身体能力だ。まあ、そうでなければ私が"取り憑く"意味が無い。わざわざ"肉体を捨てて"まで愛に取り憑いた意味が、だ。

 だが、愛の力はまだこんな物では無い。まだまだまだまだ、全然足りていない。引き出さねば。引き出してやらねば。絶対に引き出してやる。愛の、真の力を! 私の生きる理由の為に!

「木霊ちゃん! どうしよう、木霊ちゃん! あの船、街の上まで来たら、もうどうしようも無いよ! そしたら、みんな死んじゃうよ! お父様もエンヤもジイも! 嫌だ! 愛、そんなの絶対に嫌だ!」

 ふむ。確かに、倭の侍がいくら屈強だと言っても、空から降り注ぐ砲弾は防ぎようがないだろう。木と紙で出来た街だ。一瞬で灰になる。必然、倭の国は滅亡する。アヴァロンには無い風情に溢れた街が消滅するのは惜しいが、仕方が無い。

 が、それはそれで都合がいい。このまま愛が間に合わねば、それだけで愛は飛躍的に強くなるはずだ。それがこの世界の"異物"であり、魔力の"特異点"である愛の特性なのだから。

「落ち着きなさい、愛。おそらくその心配はありません。ゆっくり行っても平気です」

 飛空船までの距離、直線にしておよそ3キロメートル。間もなく愛の"射程距離"に入る。愛を間に合わせてはいけない。

 愛の力はすでに常人を遥かに上回る。飛空船は無防備に飛んでいるわけではないが、万が一撃ち落とされては困るのだ。

 それに。

「何でっ? どうしてそんな事が分かるのっ?」

 愛は半泣きだ。悲痛な声で問い返す。

「あれは、戦いに来たのではありません」

 おそらく、可能性は半々だ。アヴァロン皇国の最近の諸事情を鑑みて、倭を攻める可能性は高くない。それと、王と教皇の性格からして、いきなり攻めるとは考え難い。

 王は幼少期から私が直接教育しているし、エルンスト教教皇は4000年の付き合いだ。アヴァロン皇国には15年帰っていないが、あの2人は変わらない。それは断言出来る。

 まあ、どちらでも構わない。倭が滅んでも良し、滅ばなくとも良し。どちらにしろ、愛はまだあそこに行かせないようにしなければ。この子は何をしでかすか予測が出来ないのだから。

「じゃあ、何しに来たの? 話し合い? そんなの、今さらあるわけないよ!」

 愛は更に速度を上げた。蹴り上げた土がもうもうと舞い上がり、駆け抜ける風で木立をわさわさと揺らした。避けきれない木は拳でバキバキと薙ぎ倒す。これは凄い。時速100キロは出ているのではないか? 馬など相手にならない速度だ。

 それにしても、信用されていないな、私は。いや、違うか。信用されていないのは、アヴァロン皇国の方だ。40年に渡る排斥の歴史が、倭の民に染み付いているからだ。

「確かに、今さらです。が、可能性はあります。それに」
「それに?」

 そろそろ山の麓、倭の街が見えてきた。街の真ん中を貫く街道には、東条将軍率いる武士団が、馬に跨り疾駆している姿が確認出来た。

「さすがは将軍です。もう、迎撃の為に出陣しているようですよ」
「お父様!」

 愛が叫んだ。


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登場人物紹介

 東条愛。15歳。倭の国の姫。魔力回路【モンスター】の保有者。

 王族専属護衛騎士団【プリンセス・シールド】に入隊した後、エルンスト教教皇マーリンより神器【クレイモア・ギガース】を賜る。

 愛の成長が、この世界を滅亡から救う鍵となる。

 木霊。4000歳以上。愛の左手薬指にはまる、白金の指輪。

 最強の魔力回路【ネクロマンサー】を持つ不死者。

 愛に残酷な試練を与えるべく寄生している。

 クラリス・ベルリオーズ。17歳。隻眼隻腕のプリンセス・シールド団長。

 仲間の仇である【黒騎士】打倒に執念を燃やす。

 魔力回路は【ファイア・スターター】。神器【アンフラム・ファルシオン】を自在に操るクラリスは、大陸最強の騎士との呼び声が高い。

 

 アリス・ベルリオーズ。?歳。自称クラリスの妹を名乗る妖精。

 魔力回路【オールマイティ】を駆使し、クラリスを補佐するプリンセス・シールド騎士団副団長。

 自らに定められた「消滅の時」を受け入れ、それまで必死に生きると決めた。

 エスメラルダ・サンターナ。16歳。ユースフロウ大陸南部地方エルサウス出身。

 クラリスにその強大な能力を見出され、プリンセス・シールドにスカウトされた。

 精神感応系魔力回路【アナライザー】の保有者。

 その能力ゆえ人々に疎まれたエスメラルダは、滅多にその力を使わない。

 エルザ=マリア・フェルンバッハ。14歳。エルグラン出身の大魔術師。

 特定危険人物に指定され、アヴァロン皇国首都エールにある城塞牢獄ダイアモンド・プリズンに収監されている。

 両親を殺害し、フェルンバッハ家を滅亡寸前にまで追い込んだ者への復讐を胸に秘め、プリンセス・シールドに加入した。本人は牢獄にあるため、くまのぬいぐるみを遠隔操作して戦う。

 ジャン=ジャック・ドラクロワ。20歳。軍務省所属。階級は少佐。正式呼称はメイジャー・ドラクロワ。魔力回路【コンダクター】により、飛空船を意のままに操る天才艦長。四大公爵の一人、デューク・エールストンと、対等に話せる友人関係にある。クラリスの許嫁だが、父親であるドラクロワ伯爵からは反対されている。

 プリンセス・アヴァロン。15歳。本名秘匿。アヴァロン皇国2000年の歴史の中で、初めて生まれた女児。王家が二児以上もうけたことはかつて無く、その為「不吉姫」などと揶揄する勢力もある。

 愛と同様、この世界を救う鍵を持つ姫だが、その力に気づく者はまだいない。

 黒騎士と呼称される謎の騎士。当時キングス・シールド騎士団を率いていたクラリスの仲間を、その圧倒的な戦闘力で惨殺した犯人。この戦いでクラリスは左腕と左目を失った。神出鬼没、正体不明、目的不明。剣も魔法も一切通用しない無敵の騎士。

 ベルトラン・ケ・デルヴロワ。23歳。キングス・シールド騎士団団長。

 人類であるかも疑わしい面貌を持つ巨漢騎士。魔力回路を持たない為、神器【ウイングド・ハルバート】のみを頼りにのし上がった剣技の実力派。

 顔も口も悪いが、正義の為、仲間の為なら血を流すことを躊躇わない熱血漢。

 ただ、少女のドレスを収集する趣味があり、性癖的には危険。

 オメガ。年齢不詳、能力不明の敵魔導師。木霊に深い恨みを持つ。

 獣人王ウィンザレオ、竜王ゲオルギウス、妖精王オベロン、魔王ディアボロと盟約を結び、世界を混沌へと導く。

 プリンセス・シールドは、この少年の掌の上で踊らされることとなる。

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