#14. 侮辱の騎士
文字数 4,158文字
「これより、叙任式典を執り行う」
デューク・エルノースの深く重い、しわがれた声が、その場に響いた。白い総髪と長い髭を持つデューク・エルノースは、漆黒の礼服の胸にずらりと勲章を並べ、アヴァロンへの貢献を誇示していた。悪趣味にも見えるが、所持する勲章は全て着用して臨むのがこの国での正式なマナーだ。責める者は誰もいない。
3段高い玉座壇の最前に立つデューク・エルノースことエイブラハム・エインズワースの後ろには、玉座にもたれた国王と女王の姿だけがある。プリンスとプリンセスは出席していないのだ。これも過去に私が取り決めたルールだが、こうする理由はいろいろある。
国王の椅子の横にはベルトランが、すでにアーティファクト(神器)、ウイングド・ハルバート(暴風翼の大戦斧)を出現させ、威風堂々と侍っている。
女王の横にも、まるでベルトランへの当てつけのような美青年が、槍を持って美しく佇んでいる。彼がクイーン・シールド団長か。ヘイゼルが、確かアーサーと呼んでいた男だ。
そして、広間の壁沿いには、アヴァロンの重鎮たる文官武官、王都駐留の貴族たち、見届け人として出席しているエルンスト教神官たちも整列し、いよいよ開け放たれた重厚な扉から入場する新生プリンセス・シールドたちを待ち構えていた。壁際の要人たちの最前列、玉座に最も近い場所には、デューク・エールストンたるフェリシアーノ・リカルドもいる。フェリシアーノの側で、一際高貴な雰囲気を醸し出している二人は、多分他の四公爵か。
「此度は新任騎士として、エスメラルダ・サンターナ及び、アイ・トウジョウ。二人を加えた新しいプリンセス・シールド叙任が為、各人に参列いただいた。各々、見誤ることなかれ。アヴァロンの、未来の為に」
エインズワースの朗々とした発言に、参列者は皆一様に頷いた。なんとも堅苦しく、重苦しい雰囲気だ。この壮麗豪奢な大広間には似合いだが、愛にとっては天敵だろう。私は嫌な予感しかしなかった。
「では、ご覧頂こう。来たれ、若葉の騎士よ。そして、さざれ石の騎士たちよ」
「応!」
エインズワースがばさりと腕を振り払うと、扉からクラリスが勇ましく応えた。そして、ゲートに5人のシルエットが現れた。かつ、こつ、とブーツを高らかに鳴らして、居並ぶ諸侯の前を進むクラリスを先頭に、少し遅れた左右に愛、エスメラルダ、後ろにはエルザ=マリアがついてゆく。アリスはクラリスのマントで隠された左肩に、腕を組んで立っていた。
玉座壇の前に至るまでのここは、花道だ。誰もがここを歩みたいと憧れる花道だ。アヴァロンの中枢を司る人物たちの前を、堂々と歩む長い花道。シールド騎士となった者だけが通る道。
だが。
「ふっ」
「くすくす」
「ふははは」
それは、明らかに嘲笑だった。小さな小さな、悪意ある笑いのさざめきが、騎士の花道を穢していた。
「わー。人が、いっぱいだあ」
「ふわあああ。こここ、こんなに偉くて怖そうな人たちが、たたた、たくさんんんん」
「コラー、二人トモ、邪魔。チャント歩ケヨナ」
毅然と歩むクラリスの後ろでは、愛がきょろきょろと落ち着き無く、エスメラルダは俯いて何度も足を躓かせている。エルザ=マリアは、そんな二人をくまさんのお腹でぽよんぽよんと押し進めていた。
うむ。こんなに無様な入場は、私ですら見た事が無い。ただでさえ、異質なメンバーの揃った騎士団なのだ。細心の注意を払わねば、嘲笑されて然るべき、だ。
「あなた」
「うむ」
女王が国王に視線で何かを訴えた。国王はこめかみに指を当て、少し顔を顰めている。何か心配しているようだが、私には手に取るように分かっている。
「止まれ、ディム・クラリス」
国王や女王、私の心配は的中した。エインズワースが手を挙げて、クラリスの歩みを止めたのだ。
「何か? デューク・エルノースよ」
クラリスは従い、その場で足を止めた。しかしその燃える瞳は、完全に敵を見るものだ。
「貴公、本気でその者らと、王女を護る騎士団の役目を執行するか?」
エインズワースの口元が、にやりと吊り上がった。この場でその傲岸なる表情は、どんな地方領主ですら撤回を求めて武力を興すほどの無礼だ。
「無論だ。何か異存があるのか?」
当然、クラリスはそう答えた。が、口の利き方に難はある。これも無礼だ。無礼には無礼でもって応えるか。騎士らしい振る舞いだが、相手は選ぶべきだと思うが、クラリス。
「わっはっはっは!」
「本気か?」
「私はてっきり、叙任式前の余興かと」
「ははは。妖精に、ぬいぐるみに、一般人。他国の姫が、一番まともではないか。ははははは」
クラリスの返答直後、どっと湧き起こった笑い声が広間を満たした。この荘厳な広間に、これほど笑いが溢れた事は、かつてない。こんな侮辱は、戦争を起こそうとでもしない限り、あり得ない。
「デューク」
「しばしお待ちを、国王陛下。この場は、わしにお任せあれ」
「むう」
場を憂慮した国王が口を出そうとしたが、それはあっさりとエインズワースによって遮られた。騎士叙任は軍務省管轄だ。国王とて、無碍にその権利を剥奪しては批判が出る。エインズワースはわずか一言の呼吸により、それを国王に改めて認識させたのだ。
「なに? どしたの? なんかみんな楽しそう」
愛は嘲笑の渦中にあっても、呑気ににこにこ笑っていた。相変わらず、悪意に鈍感な子だ。ここまで鈍いと、馬鹿と言いたくなる私だ。
「ううっ。頭が、頭が、痛い、ですうう」
エスメラルダは頭を押さえてふらふらとよろめいた。私の存在を感知したほどのアナライザーだ。読もうとしなくても、悪意の奔流くらいは勝手に察知してしまうのだろう。
「ムカーッ。コイツラ、全員ブッ殺ス」
エルザ=マリアの黒曜石で出来た目が怪しく光った。おいおい。ここで魔法などぶっ放せば、全員反逆者認定確定だ。
「ひ、酷いっ……」
アリスが目に涙を浮かべている。嘲笑の原因の一端である自分が許せなくて、悲しくて、悔しいのだ。しかし、どうする事も出来ないのが、また辛いのだろう。愛もこれくらいの痛みを感じてくれたなら、魔力回路の成長がもう少し捗りそうなものなのだが。ついため息したくなる。
「どうかな、ディム・クラリス? わしに異存が無くとも、諸侯はそうでは無いようだが? 貴公は、これをどう受け取る?」
場を見渡したエインズワースは、クラリスにそう問いを投げ掛けた。
「下らんな。私は、有象無象のド素人どもに認められたくてシールド騎士を拝命するわけではない」
しかし、クラリスは強気だった。クラリスは、いつもいつでもこの姿勢を崩す気がないらしい。私はそんなクラリスが気に入った。権威に屈せず言いたい事を言う者の姿は胸がすく。やられる立場である私は、そんな者を上から徹底的に叩き潰し、激しく後悔させるのが大好きだ。
「なんだと?」
「我らを有象無象と呼ぶか」
「口が過ぎよう」
「これがシールド騎士団長の品格か?」
エインズワースへの反論は、悪手だった。クラリスは、場を完全に敵に回したのだ。これは取り返しがつかない。
フェリシアーノはクラリスをじっと見守りながら、出る機会を窺っているようだ。この場を何とか収められるのは、同じ四公爵であるフェリシアーノくらいか。しかし、国王陛下にすら口出しを許さないエインズワースに、太刀打ち出来るだろうか?
「ふふふ。良くぞ申した。では、有象無象で無ければ認めるわけだ」
「何?」
エインズワースが指を鳴らした。
「お呼びでしょうか、デューク?」
すぐに、大広間の扉から、一つのシルエットが現れた。全員が「誰だ?」と入り口に目を向ける。
「あっ!」
アリスが目を見開いた。
「何ダト?」
エルザ=マリアが冷気を纏う。
「ふええ、ここここ、怖いいいい!」
エスメラルダは、その異様な仮面に怯えている。
「き! 貴様あっ! なぜ、ここに!?」
クラリスがその美しい顔に猛獣のごとき皺を寄せた。
「あれ? 黒騎士ちゃん?」
愛がそれの名を呼んだ。
そこにいたのは、黒騎士だった。黒の甲冑で全身を固めた、髑髏面の兜を被る不気味な騎士だ。
「わしには、愛姫とエスメラルダ、アリスとエルザ=マリアがシールド騎士として相応しいとは思えぬ。従って、わしが納得出来ねば叙任も出来ぬ」
エインズワースは両手を掲げ、役者のようにそう言った。
「戦え、新プリンセス・シールド騎士候補たちよ! わしが相応しいと用意した、その騎士たちを打ち倒せれば、力を認め、叙任する!」
扉から、3人の黒騎士が現れた。計4人。4人の黒騎士が、花道を踏みつけて立っていた。
「うおおおお! エインズワース! 貴様ああああっ!」
クラリスは我を忘れてエインズワースに突き進んだ。右手を振り出し、アンフラム・ファルシオン(紅蓮剣)まで呼び出したクラリスの殺意は本物だ。
「おっと。クラリスは、参加出来ぬぞ? わしは、貴公だけは認めておる」
「くっ!」
クラリスはエインズワース護衛の騎士が、左右から突き出し交差された槍によって行く手を阻まれた。
つまり、黒騎士4人とアリス、エルザ=マリア、エスメラルダ、愛との団体戦。これは、騎士同士の馬上槍試合などで見られる形か。エインズワースは、正式な試合によって、愛たちの適性を見たいわけだ。これはエインズワースの持つ権限の範疇にある。拒否は出来ない!
「エイブラハム・エインズワースッ……!」
思いがけない展開に拳を突き上げて盛り上がる貴族たちの中、フェリシアーノがエインズワースを睨み、拳を握り締めていた。