#15. 事情

文字数 2,916文字

「……大した女傑だ。天晴である」
「うん。凄いや、この人。愛、完全に負けちゃった……」

 愛と将軍はクラリスの傍らに跪くと、片手を地に着けて頭を下げた。将軍は、敵ながら敬意を表さずにはいられなかったのだ。

「しょしょしょ、将軍! これでは負けを認めた事に! それでは姫様がアヴァロンに取られてしまいますぞ! そやつは倒れておるのじゃ! だから姫様の勝ちじゃ! 姫様はアヴァロンになどやらぬ! 姫は侍の子なのじゃ! 騎士になどさせてはならんのじゃあ!」

 半狂乱となったジイは、二人の側に立つと、口角から泡を飛ばして叫び続けた。過去、愛は何度か魔法騎士とも対戦しているが、ついぞ遅れをとった事は無かった。ジイは愛を信頼していた。だが今は、それが過信だったと認める事を拒んでいる。

「黙れ、ジイ! 倭は信義を重んずる! 例え姫であれ我が子であれ、それに反する者はこのわしが許さぬ!」
「あ、う。じゃが、じゃがっ」

 ジイは返す言葉が見当たらない。何か言おうと口をぱくぱくさせるものの、言葉は喉に引っ掛かって出て来ない。

 信義、か。倭は、冬になる前にはお隣のレオパルディ領に攻め入り、家畜や干し草を大量に強奪しているのだが、これは信義に悖らないのだろうか? まあ、私にとってはどうでもいい事なのだが。

「お下がりなさいな、倭の野蛮人! お姉様に近づく事は、このアリスが許しませんことよ!」
「うわあ。ちっちゃーい。可愛いー! よーしよし、こっちにおいでー」
「こ、この無礼者! わたくしは小鳥じゃありませんのよ!」

 倒れたクラリスの上を庇うように飛び回っている妖精は、愛の態度にご立腹だ。随分と尊大な妖精だが、クラリスを姉と呼ぶのは無理がある。人間の両親から妖精は生まれない。人間と妖精が交わる事もあり得ない。従って、姉妹となるのは不可能なのだ。

 そして、最大の違和感の理由が分かった。私が解析したところ、この妖精は、なんと魔力回路を持っている! しかも、かなり強大なものだ!

「ふむ。では、何者か?」

 将軍が立ち上がり、宙を舞う妖精と目線を合わせた。将軍の鋭い眼光に射抜かれたアリスと名乗る妖精は、ぴたりと宙に静止した。そして、ドレスの裾をつまんで流麗にお辞儀すると、改めて名乗った。

「失礼。わたくしの名は、アリス。王族専属護衛騎士団の一つ、プリンセス・シールド副団長、アリス・ベルリオーズと申します。団長のクラリスが倒れましたので、以後、わたくしが権限を代行いたしますわ」
「副団長、だと? 人でも無いのに、か?」
「うわあー、アリスちゃんて言うの? 偉いんだねー、アリスちゃーん。よしよししてあげるから、ね、こっちに来て抱っこされようねー?」
「ええ、人で無くとも副団長ですわ。あと、誰が抱っこされてよしよしされますのっ! 子ども扱いしないで下さいな!」

 広げられた愛の小さな手を、アリスはさらに小さな手で、ぴしゃりと叩き落とした。

「わー、柔らかーい」

 愛はそれでも喜んだ。完全にアリスを舐めている、というか愛でている。

「あー、もう! なんなんですの、この子! フェリシアーノ! フェリシアーノ、救護班はまだですのっ! お姉様を飛空船へ、早く! もう用事は済みました! 愛を回収したら、さっさと撤収いたしますわよ!」

 アリスはかなり焦っている。お姉様と慕う人間が虫の息なのだから当然か。

「そんなに大声を出さなくとも、すでに到着していますよ、アリス。さあ、救護班の皆さん、クラリスをお願いします」
「はっ」

 音も無く間近に現れたのは、上等なスーツを着こなす、金髪に銀縁眼鏡が印象的なスマートな男だった。30そこそこに見えるが、その身に纏う支配者の貫禄はかなりのものだ。

 男の指示に従い、軍服の腕に救護班を示す赤十字の腕章をつけた男たちが、魔法で浮かせた皮革のベッドにクラリスをそっと寝かせ、素早く撤退して行った。

「挨拶を後回しにしてしまい、失礼しました、将軍。アリス、紹介をお願いします」

 スーツの男は手を胸に腰を折った。

「はい。東条将軍、こちらはアヴァロン皇国四公爵の一人、デューク(公爵)・エールストンですわ」
「初めてお目にかかります東条将軍。私はデューク・エールストンこと、フェリシアーノ・リカルド14世と申します。お会い出来て光栄です。早速ですが、この度のご訪問について」
「堅苦しい挨拶はいらぬ。それより、あれを何とかせぬとゆっくり話もしておれぬぞ」
「あれ、ですか」

 将軍が指差す先を見る為、フェリシアーノは振り返った。そこには、砂塵を巻き上げて迫る騎馬の一団があった。

「待て待て待てえーい! 本国の能無しどもめ! トウジョウの首はわしのものだ! 誰にもやらんぞ!」
「レオパルディ辺境伯……」

 フェリシアーノは先頭で叫ぶ壮年の騎士に絶句した。鬼の形相で剣を振り上げ白馬を駆る、古式ゆかしい総鉄の甲冑を着込んだ男は、長年に渡り倭の国と戦ってきた隣国エールスタの領主、レオパルディだった。

「わはははは。餌を奪われまいとする野良犬のようなやつよ」

 将軍はレオパルディのあまりの勢いに大笑いしている。しかし、私は笑えない。レオパルディの率いる騎士団は、1万近い。総勢を率いて来たと思われる。レオパルディは突撃一辺倒の大馬鹿者だが、それだけに突進力と突破力だけは大陸一だ。この平野で、とても止められるとは思えない。

 それにしても、あれだけの軍は、すぐに用意出来るものでは無い。レオパルディは、おそらく本国の情報を独自に収集していたのだ。特に毛嫌いしている魔法騎士の援軍を断る為か。

「アリス」

 フェリシアーノがレオパルディの騎士団を見据えたまま呼びかけた。フェリシアーノは知っている。レオパルディが、権威に従わない騎士である事を。レオパルディが従うのは、信仰のみである事を。

「無理ですわ。今、わたくしが魔法を使えば、お姉様は間違いなく死んでしまいますもの」

 アリスは残念そうに首を振った。

 ? 不思議な発言だ。アリスが魔法を使うとクラリスに負荷がかかるということか? 魔法は魂の力だ。別個体ならば魔力の源も別のはず。なのに、なぜ?

「愛が」

 愛がその辺の大木を引っこ抜いて前に進み出た。それを振り回して止める気だ。

「ダメですわ」
「アリスちゃん?」

 愛を止めるアリスの判断は正しい。愛はまだ倭の戦士だ。ここでどちらに被害が出ても、後々厄介な事になる。だから将軍は軍を動かさないのだ。今回のアヴァロン側の要望を、将軍は事前に届いた親書により把握している。

 即ち、アヴァロン皇国建国2000年祭における、平和の演出への協力だ。倭の姫がアヴァロンの姫を護衛する騎士団にあれば、効果的に両国の友好を天下に知らしめる事が出来るのだ。

 そして、将軍はすでに重臣との軍議において方針を決していた。愛をアヴァロンに送る、と。愛をアヴァロン王家の喉元に突き付ける刀とする為に。愛には知らせぬまま――。

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登場人物紹介

 東条愛。15歳。倭の国の姫。魔力回路【モンスター】の保有者。

 王族専属護衛騎士団【プリンセス・シールド】に入隊した後、エルンスト教教皇マーリンより神器【クレイモア・ギガース】を賜る。

 愛の成長が、この世界を滅亡から救う鍵となる。

 木霊。4000歳以上。愛の左手薬指にはまる、白金の指輪。

 最強の魔力回路【ネクロマンサー】を持つ不死者。

 愛に残酷な試練を与えるべく寄生している。

 クラリス・ベルリオーズ。17歳。隻眼隻腕のプリンセス・シールド団長。

 仲間の仇である【黒騎士】打倒に執念を燃やす。

 魔力回路は【ファイア・スターター】。神器【アンフラム・ファルシオン】を自在に操るクラリスは、大陸最強の騎士との呼び声が高い。

 

 アリス・ベルリオーズ。?歳。自称クラリスの妹を名乗る妖精。

 魔力回路【オールマイティ】を駆使し、クラリスを補佐するプリンセス・シールド騎士団副団長。

 自らに定められた「消滅の時」を受け入れ、それまで必死に生きると決めた。

 エスメラルダ・サンターナ。16歳。ユースフロウ大陸南部地方エルサウス出身。

 クラリスにその強大な能力を見出され、プリンセス・シールドにスカウトされた。

 精神感応系魔力回路【アナライザー】の保有者。

 その能力ゆえ人々に疎まれたエスメラルダは、滅多にその力を使わない。

 エルザ=マリア・フェルンバッハ。14歳。エルグラン出身の大魔術師。

 特定危険人物に指定され、アヴァロン皇国首都エールにある城塞牢獄ダイアモンド・プリズンに収監されている。

 両親を殺害し、フェルンバッハ家を滅亡寸前にまで追い込んだ者への復讐を胸に秘め、プリンセス・シールドに加入した。本人は牢獄にあるため、くまのぬいぐるみを遠隔操作して戦う。

 ジャン=ジャック・ドラクロワ。20歳。軍務省所属。階級は少佐。正式呼称はメイジャー・ドラクロワ。魔力回路【コンダクター】により、飛空船を意のままに操る天才艦長。四大公爵の一人、デューク・エールストンと、対等に話せる友人関係にある。クラリスの許嫁だが、父親であるドラクロワ伯爵からは反対されている。

 プリンセス・アヴァロン。15歳。本名秘匿。アヴァロン皇国2000年の歴史の中で、初めて生まれた女児。王家が二児以上もうけたことはかつて無く、その為「不吉姫」などと揶揄する勢力もある。

 愛と同様、この世界を救う鍵を持つ姫だが、その力に気づく者はまだいない。

 黒騎士と呼称される謎の騎士。当時キングス・シールド騎士団を率いていたクラリスの仲間を、その圧倒的な戦闘力で惨殺した犯人。この戦いでクラリスは左腕と左目を失った。神出鬼没、正体不明、目的不明。剣も魔法も一切通用しない無敵の騎士。

 ベルトラン・ケ・デルヴロワ。23歳。キングス・シールド騎士団団長。

 人類であるかも疑わしい面貌を持つ巨漢騎士。魔力回路を持たない為、神器【ウイングド・ハルバート】のみを頼りにのし上がった剣技の実力派。

 顔も口も悪いが、正義の為、仲間の為なら血を流すことを躊躇わない熱血漢。

 ただ、少女のドレスを収集する趣味があり、性癖的には危険。

 オメガ。年齢不詳、能力不明の敵魔導師。木霊に深い恨みを持つ。

 獣人王ウィンザレオ、竜王ゲオルギウス、妖精王オベロン、魔王ディアボロと盟約を結び、世界を混沌へと導く。

 プリンセス・シールドは、この少年の掌の上で踊らされることとなる。

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