#9. ソウルメイト
文字数 2,487文字
「……愛が誕生し、その巨大な、巨大過ぎる魂の波動をキャッチした私が、アヴァロン皇国を飛び出して15年……早い、ものです」
あれは79年に一度この星を訪れる赤色彗星が、夜空に長い尾を引いている日だった。全ての民が異様な夜空に畏怖を抱き、家の窓も戸も締切り篭っていたので、繁華街にも人影一つ無い静かな日だった。
私は長年使い込み年老いた肉体を捨てて、幽体となって倭へ飛んだ。2000年に一度現れる魂の特異点、救世主の誕生だ。これをずっと待ち侘びていた私が、飛び出すのを我慢出来るはずも無い。
しかし、倭に到着した私が見たのは、生まれたばかりの女の子だった。まさか女の子だったとは、と強く失望した事を覚えている。
私の使命は救世主の育成だ。エルンストはともかく、オズワルドは私が覚醒を後押しした。後押しとは、大事な人を奪う事だ。魔力回路は強い怒りや悲しみにより、飛躍的に能力を向上させる。だから私は救世主の大切な人を殺した。
「そうね、あっという間、だわ〜。で、愛ちゃんはどうかしら〜? やれそう、なのかしら〜?」
マーリンは控え目に聞いてきた。私がやれますと答えれば、必然的に愛に苦難を与える事になるからだろう。マーリンはその悲しさ辛さを想像したのだ。
「はい、やれます。愛の魂の器は、エルンストやオズワルドにも引けを取りません。デサイダ(神殺し)の魔力回路も、必ずや覚醒するでしょう」
だから、私がやるのだ。マーリンをこれ以上苦しめない為に。マーリンは、エルンストとの約束を守る為、地上を、人類を助けている。愛した人との約束を、4000年間、真摯に守り続けているのだ。
「そう。て、え? デサイダ?」
「はい? デサイダですが、何か?」
マーリンが妙なところを聞き返してきた。何だこの反応は?
「え? え? 愛ちゃん、デサイダなんか使えないわよ〜、ゼルタちゃん」
「はい? いや、そんなはずはありません。むしろ、愛以外にデサイダを発現させられる者はいませんよ」
何をわけの分からない事を。それが出来ないならば、私が愛に取り憑いている意味がなくなるではないか。
「いやいや、無理よ〜」
「いえいえ、大丈夫ですよ」
「いいえ、絶対に無理だってば〜」
「いえいえ、そんな馬鹿な。では聞きますがマーリン、何を根拠に無理だと言うのです?」
「だって〜、え? 嘘でしょ、ゼルタちゃん? 気付いてないの〜?」
「何がですか? いいですから、はっきり理由を言って下さい、理由を」
「だって愛ちゃん、光属性なのよ〜?」
「……は?」
一瞬脳が硬直した。だが。
「いえ、それは知っています。ですが、これから私が愛を苦しめる事で、闇に」
「無理だってば〜。愛ちゃんは、純然たる光属性なのよ〜。ゼルタちゃんが純然たる闇属性なのと同じよね〜」
「いや、それも分かっています。完全な光属性は闇に落とすのが大変ですが、やってやれない事は」
「無理。ねえ、ゼルタちゃん。じゃあ聞くけど、愛ちゃんてオズワルドちゃんの生まれ変わりだと思う〜?」
「あ、当たり前です。あんな巨大な魂の器は、救世主たる者の生まれ変わり以外にあり得ません」
いやいや、勘弁してくれ。ここが違っていたら洒落にならない。
「そっか〜。ゼルタちゃん、まだプリンセス・アヴァロンには会っていないものね〜」
「プリンセス・アヴァロン? なぜここでプリンセスが出てくるのですか?」
本当に訳が分からない。愛と同じ年に生まれたプリンセスだ。会っていないに決まっている。だが、それが何だと言うのだろうか?
「じゃあ教えてあげるけど、プリンセスってね〜、暗いのよ〜」
「はあ?」
つい間抜け面を晒してしまった。これただの陰口じゃないのか?
「頭は良いと思うんだけど、基本的に暗くて人付き合いが苦手っぽくて、性格もひねくれてるし頑固だし友達いないし」
「ちょちょちょ、ちょっと待って下さい」
ボロクソではないか。流石に不憫になってきた。もう聞きたく無い感じ。
「でも、顔はいいのよ〜。可愛いわね、かなり」
「は、はあ……見てくれだけは褒められるのですか……」
唯一の救いはそれか。ベルトランと真逆だ。
「ふふ。あとは、優しい、かな。優し過ぎて危険なの。属性は、純然たる闇属性。どう、ゼルタちゃん? ここまで聞いて、誰かと似てると思わない〜?」
「え?」
実は思っていた。その特徴。似ている。
オズワルド・アヴァロンに!
「ま、まさ、か……?」
目眩がした。後頭部を鈍器で殴られたような気分だ。
「魂には片割れがある。その相手は、ソウルメイト。ソウルメイトは、同じ時、同じ時代に現れる……」
マーリンは私の反応を見て悟ったのか、そう呟いた。
「さて、じゃあ、愛ちゃんの性格は?」
「あっ!」
指摘され、完全に理解した。
明るく朗らか、頭は悪いが人が好きで楽天的。思うがままに振る舞うが周囲に好かれ、助けずにはいられなくなる存在感。そして、純然たる光属性を持つ。それは。
「アイリーン!」
私はその名を叫んでいた。
第二次天界戦役でオズワルドのパートナーとして戦った、全能の女神アイリーン! アヴァロン皇国初代女王、アイリーンだ!
「その通り〜」
マーリンはぱちぱちと拍手した。
「なんという事だ! 逆、だったのか!」
私はテーブルを叩いて立ち上がっていた。
「そう。プリンセスの方が、愛ちゃんより1日遅く生まれているのよ〜。すぐに愛ちゃんの方へ飛んだあなたは、だからプリンセスの誕生に気づけなかった。あんな大きな魂の波動の側に、ずっといたんですものね〜。くすくすくす」
盲点だった。ソウルメイトの存在を忘れていた。私はずっと思い込んでいたのだ。愛が、救世主である事を!