#2. 飛空船(スカイ・シップ)
文字数 1,160文字
全長300メートル近い船体に、堂々と聳える5本もの巨大なマスト。両舷合わせて40門にも及ぶ砲台と、甲板に鎮座する3連装の巨砲が2門。それが前後甲板にそれぞれある。これ1隻で一国を相手に戦えると言われる、アヴァロン自慢の空飛ぶ軍艦が、悠々と風を孕んで航行していた。
「大砲がある……!」
「ええ。前後甲板に2門ずつ。計4門ありますが、舷側にも格納式の砲台がありますよ」
愛は目を凝らして船を観察している。まだ豆粒程度にしか見えない船だが、愛の視力をもってすれば、かなり詳細な視認が可能だ。
私は指輪なので目は無いが、視覚はある。逆に言えば、目に縛られない視野と遠望が可能だ。これも私の魔力回路【ネクロマンサー】の力が成せる業なのだ。
「軍艦だ! 攻めてきたんだ!」
「えっ? あ、愛!」
言うや、愛は泉の畔に脱ぎ散らかしていた着物を引っ掴んでぱぱっと適当に着ると駆け出した。着物と言っても、下は皇国式のスカートというものだ。しかも短い。愛は「動きやすそう」と言う理由でアヴァロンの行商人から買ったのだが、それでは下着が丸見えになるので履いても履かなくても同じだった。
ちなみに、下着はスカートとセットでアヴァロン式のパンツを買っている。「脱ぎ履きしやすいから」だが、敵国の物でも良いと思った物を取り入れるのに躊躇が無いのは、ここ倭の国の国民性であるらしい。
国、とは言ったが、アヴァロン皇国が統治するこのユースフロウ大陸で、倭の国は国と認められてはいない。倭は、実力で領地を奪い取り、不法占拠しているだけだ。これがアヴァロン皇国の見解だった。
この地の名は、【デビルズネスト】。悪魔の巣と呼ばれるに相応しい、痩せこけた土地である。不気味な木々と剥き出しの岩肌が土地の大半を占める、元々人の住まない土地である。
そこを、倭が「奪い取った」と言うのだから恐れ入る。未曾有の大震災により自国の沈没した倭の国の民が、九死に一生を得て辿り着いたのがここなのだ。生存者、たったの5万。たったの? いや、海を渡り、これだけ生きて辿り着けたのは奇跡だ。しかし、その5万が生活していくだけでも、ここは厳しい土地なのだ。それでも倭の国の民は遠慮してここを出ずにいる。
そんな倭の民を、アヴァロンは認めなかった。なんとも狭量で人情の欠片もない処置ではないか。私がアヴァロン皇国のパレスメイヤー(宮宰)として執務していた頃には考えられない無情である。
だから愛は駆け出した。
「空からあんな大砲撃たれたら、みんな死んじゃう!」
愛は必死に駆けていた。暴風にも似た速度で。