#6. ただいま入浴中
文字数 2,980文字
「わー! 大っきなお風呂ー!」
大理石に囲まれた脱衣室で、愛は早速浴室へのドアを開けると、そのお風呂の大きさに目を見張った。愛の頭には大きなたんこぶが出来ている。これは、クラリスからもらった拳骨によるたんこぶだ。
「ふえええ……い、痛いいい……」
愛と共に脱衣室まで来たエスメラルダは、それどころではないらしく、やはり頭に出来たたんこぶを押さえてしくしくと泣いていた。
「まだ泣いてるの、エスメラルダちゃん……て、言いにくいなあ。えっちゃんでいいか」
「まだって……こんなの、そう簡単に治りませんよう……え? えっちゃん? 私?」
「愛、えっちゃんは無いですわ。エスメラルダは16歳。あなたより一つ歳上ですのよ」
そして、アリスも一緒にいた。アリスも頭にたんこぶをこさえており、そのせいかひょろひょろと飛んでいた。
「こんな気持ち良さそうなお風呂に入れるなら、あんな騎士の事なんて、もうどうでもいいや。あははははは」
愛は早々と着物を脱いだ。それはもう素晴らしい脱ぎっぷりだった。いつもの愛の脱ぎ方だ。そして、その辺に脱いだ服は脱いだままで放ったらかし。どこでも愛は愛だった。
「愛様。アリス様。エスメラルダ様。お着替えは、こちらにご用意しております。特にエスメラルダ様におかれましては、こちらのお召し物をご遠慮無くお使いいただきますように」
「ふやああああっ!」
背後から突如現れたメイドに、エスメラルダは悲鳴を上げた。本当にどこから現れたのだ? 私ですら気配さえ掴めなかった。
「あ、ありがとう。ご苦労様」
アリスは胸を押さえつつ、辛うじてそれだけ言えた体だった。動揺が隠し切れていない。
「なぜ、わたくし用のサイズのドレスまで用意できるのかしら……」
アリスは脱衣棚に用意されたドレスをつまんでしきりに首を捻っている。確かに、そう簡単に用意出来るサイズのドレスではない。このメイド、これをどこから調達したのか? そんな我々の心を知ってか知らずか、メイドは相変わらず澄まし顔で立っている。
アリスの小さなドレスを誰が用意しているのかを私が知るのは、かなり後の事となる。出来れば知りたく無かったが。
「どうしたの、えっちゃん? 早く入ろうよ。脱がないと入れないよ。知ってる?」
「し、知ってますよ、それくらいい。でも、でもお」
「どうしましたの、エスメラルダ? ここには女性しかいませんのよ? 裸を見られても、恥ずかしがる事はないでしょう?」
「ああ、うえいえ、ふいい」
アリスもいそいそとドレスを脱ぎ、着ていたドレスをちまちまと綺麗に畳んだ。あんな大きな翅が背中から生えているというのに、器用に脱ぐものだと感心する。エスメラルダはまだもじもじとしていて、服を脱ぐ気配は無い。別に見たいとは思わないが、本当に苛々する。
「なに、恥ずかしいの、えっちゃん? 変なの。じゃあ、愛が脱がせてあげるよ。あ」
「ふにゃあああああっ!」
愛がエスメラルダのボロ雑巾、いやドレスを掴むと、それは肩からびりりと盛大に破れた。すでによれよれだったので、抑え気味だった愛の力にも耐えきれなかったようだ。エスメラルダの白い肩が露出した。
「ご、ごめんね、えっちゃん。でも、これで脱ぐしか無くなったし、着替えもあるし、安心してお風呂に入れるよね。ね?」
「ふえええ、クラリスさんに買ってもらった大事なドレスがああ〜……、いえ、違います、違うんですよううう」
それでも、エスメラルダは往生際悪く破れた布を引き合わせて肌を隠した。大事なドレスだったのは分かるが、流石にもう諦めた方がいいのでは? これ、私が焼き払ってやろうかな。
「違うの?」
「何が違うんですの、エスメラルダ?」
短気を起こしそうになる私に比べ、愛もアリスもエスメラルダに優しい。エスメラルダの心に寄り添おうとしているのが伝わる。
「い、言っちゃっても、いいですかあ?」
「うん?」
「何ですの? 気になりますわね。いいから、仰ってみなさいな」
エスメラルダは二人に向けた上目使いで確認した。私の嫌いな、人の顔色を窺う仕草だ。
「じゃ、じゃあ、思い切って、言います、けどお」
「いいよ」
「ええ、どうぞ。でも、あまり時間がありませんので、手短にお願いしたいところですわね」
「わ、分かりましたあ」
エスメラルダは大きく息を吸い込むと、私の想定外の事を言い出した。
「愛さん。あ、あなたの、その、指輪、の事、なんですけどお」
「指輪? これ?」
愛がエスメラルダに私を見せた。
「は、はいい。その、指輪。って、もしかして、もしかするとお」
「うん?」
「愛の、指輪? これがどうしましたの?」
「それって、もしかして、ひ、人、なんじゃ、ないんでしょうかあ? それも、お、男の、人、なのではあ?」
何だと? この少女、私の存在が分かるのか? 馬鹿な!
「うん、そうだよ。この子はね、木霊ちゃんって言うんだよ。よろしくね、えっちゃん」
あ。愛、そんなにあっさり私の事をバラすとは。止める暇すら無かった。まずいなこれ。
嫌な予感がしたので、この子の魔力回路等の解析はしないようにしていたのだが。もし精神感応系の魔力回路の保有者であった場合、簡単に逆探知される危険があったのだ。だが、この子は、極限まで魔力の漏洩を抑えている私の存在を感知した。間違いない。
この少女、とてつもない力を持っている!
「は? 木霊ちゃん? それ何なんですの、愛? わたくし、意味が分からないのですけれど」
ドレスを脱ぎ去った為に更に妖精らしくなったアリスは、目をぱちくりとさせている。
「ふえ、ふぇ、……」
エスメラルダはぷるぷると震え出すと、脱衣室中に響き渡る悲鳴を上げた。
「ふぎゃああああああ! おとおとおとおと男の人に、お風呂ででで、ははははは裸を見られられられられるのはあああああ」
「気にしない、気にしない」
「ほぎゃああああああああ!」
そんなエスメラルダのドレスを、愛は玉ねぎの皮を剥くようにはぎ取った。鬼か。
「ええ? ええええ? ちょ、ちょっと、愛? 木霊ちゃんって、誰なんですの? ねえ、愛? 愛ってば!」
「気にしない、気にしない」
「ほわああああああああー!」
無理やり裸にひん剥いたエスメラルダを担いで浴槽に飛び込んだ愛を、アリスが追った。
とりあえずエスメラルダが到着した事で、叙任式には間に合いそうだ。急ぎ身なりを整えなければならない為、ここは愛の判断が正しいと言える。
エスメラルダは汚れ過ぎだ。この後は、礼服或いは隊服に着替えなければならない。無駄な時間は使えないのだ。
愛たちに拳骨をくれた後、「バンクシーは私に任せて、お前たちはとにかく準備を進めろ。とりあえず風呂だ」と指示したクラリスは、どうなったか? 私は、少女たちの入浴よりも、そちらの方が気になった。
嘘では無い。