#14. ホワイトプリムは侮れない
文字数 2,204文字
「うわあー、見て見てー、木霊ちゃん! アリスちゃんみたいなのがいっぱいいるよ!」
と言うわけで、指輪に戻った私と愛は今、王城の中庭にあるローズガーデンにいる。多種多様な色とりどりの薔薇の垣根が、長大な遊歩道を形成する市民憩いの場なのだ。そして、ここには妖精たちが多く生息しており、その愛くるしい姿も人々の目を楽しませている。
今夜は愛の歓迎を目的とする晩餐会が予定されている。アヴァロンの騎士として相応しい礼儀作法は飛空船での道すがら、アリスから一応教示されたが、ちゃんと出来るとは私には思えない。倭での礼儀作法すら、愛は適当で曖昧にしか身につけていないのだから、他国のものなど言わずもがな、である。当然、服も着物のままだ。
ドレスの着付け、時、場所、身分に応じた挨拶や振る舞い、食事における作法など、愛で無くとも今夜いきなり完璧にこなすのは無理がある。だが、やらねば倭の国がアヴァロンの重臣貴族、騎士や聖職者に至るまで、嘲笑の的にされるだろう。
なにしろ何も知らぬ者の倭人へのイメージは、野蛮で無慈悲な鬼人である。この先入観も相俟って、愛への拒否反応はかなり強いものになると予想された。現状、愛の超えるべきハードルは高過ぎるという事だ。
「ねえねえ、木霊ちゃん。でもさ、なんでここの妖精さんたちは、服を着ていないのかな? 翅もトンボみたいだし」
(……こっちの妖精が普通なのですけどね。アリスは、かなり変わった妖精なのです)
本当に変わった妖精だ。いや、不思議だとも言える。肉体と魔力回路を持つ妖精が、人を姉と慕うとは。アリスには、何か秘密がありそうだ。これも教皇猊下に尋ねるつもりだったのだが……。
「そうなの? ふうーん」
(聞いておきながら、その気の無い返事はどうなんですかね、愛。本当は興味無いでしょ、キミ)
ローズガーデンは入園を許可された市民には開放されている。妖精が舞い薔薇咲き誇るここには、他にもたくさんの見物客がいるのだ。だから当然、私は思念で会話をする。
「発見しました、ディム・クラリス」
「うわあああっ!」
愛が見ていた薔薇の垣根を突き破り、若い女性が現れた。控え目なフリルとレースをあしらわれた黒いドレスとホワイトプリムを着用しているこの黒髪の清楚な女性、愛付きのメイドとして、朝紹介された人物だ。
何の前触れも無く、突然目の前に現れたメイドに、愛もかなり驚いている。もし私に心臓があれば、口から飛び出していたかも知れない。そう思うほど、私も不意を突かれた。
「よし、でかした。すぐに拘束、連行せよ」
「イエス、ディム(女性騎士の敬称・サーに相当)」
どこかから、クラリスの冷徹な指示が聞こえた。メイドはそれに人形のように従った。
「見つかっちゃった! 逃げろお!」
が、そんな指示を完遂させるほど、愛は生易しくは無い。愛はその素晴らしい反射神経でくるりと踵を返すと、ローズガーデンの石畳を踏み砕くほどの脚力でダッシュした。これに追い付けたら人間では無い。ましてや、メイドごときには追い付けまい。
「困ります、プリンセス・愛。お戻り下さいますように」
「ええええええっ!?」
(うお、おおおおおっ!?)
しかし、置き去りにしたはずのメイドは、目の前で手を広げていた。追い付くどころか追い抜かれただと!? そんな馬鹿な! どこで抜かれたのだ!?
「嫌だよーだ! 戻って欲しければ、捕まえたらいいんだよーだ!」
愛も相当動揺したが、それも刹那。すぐに気持ちを切り替えて横に飛び、特級庭師が精根込めて育てた薔薇の垣根をぶち破った。
「かしこまりました。では、そうさせていただきます」
「ぎょええええっ!?」
ぶち破った先に、またしてもメイドがいた。なぜだ? このメイド、空間転移の魔法でも使えると言うのか? いや、それはあり得ない。それを使えるのは、一人だけだ。と言うかこの女性、本当にメイドなのか!?
「失礼いたします」
メイドの手が、愛へと伸びる。
「おっとお!」
それを、愛がひらりとかわす。はずだった。
「うええええっ!?」
(愛!)
しかし、愛はあっさりと腕を掴まれ、ねじり上げられた。さらに足を払われ、後頭部にもう片手を当てられ、地に顔を叩きつけられた。
「いったあーいっ!」
「ご無礼。しかし、捕まえよとの仰せでしたので、ご容赦下さいませ」
そういう意味ではないと思うが。このメイド、容赦下さいと言うが容赦無い。だが、これはおかしい。愛の魔力回路が、腕を掴まれた瞬間から発動していない。
動きも変だ。今度はしっかり観察していたが、メイドは超速度で動いていたわけでは無かった。これは、先読みか。このメイド、愛の動きを予知していたかのようだった!
「手こずらせおって。さあ、戻るぞ、愛。戻って、続きを始めるのだ」
「いやだあああー、クラリスだあああー」
かつこつとブーツを響かせて石畳を歩いて来るのは、冷酷な笑みを浮かべるクラリスだ。飛空船と、王城に帰還してからの集中治療により、元気を取り戻したクラリスだった。