#25. 結成
文字数 2,148文字
ウィリスの絶叫は、闘技場の壁を突き破り、更に外にまで引きずられて行った。
「なんだ!?」
「何が起こった?」
「か、壁、がっ……」
観戦していた貴族たちは、皆、思わず席から立ち上がり、理解出来ない眼下の光景を、ただ呆然と眺めるのみだった。
闘技場は半壊した。堅固な石造りの壁のみならず、柱まで叩き折られたようになり、それが支える精緻な石組みのアーチたちは、雪崩のように崩れ落ちた。凄い被害だ。だが、これをやった者は。
「ふー、ふー、っ」
熊のように腕を薙ぎ払ったままの姿で佇む、愛なのだ。愛の漆黒の瞳は、妖しく赤い光を放ち、獣のような息を吐き出していた。
ウィリスが刎ねた愛の首は、残像だ。愛はあの瞬間、凄まじい速度でウィリスの懐に踏み込むと、この大破壊を生み出した、渾身の掌底を放ったのだ。その破壊力は、ウィリスの霧化速度すら凌駕し、結果、即死レベルのダメージを与えた。魂魄の護牢の中、残っているのは瀕死の小鳥が1羽だけ。これは、愛の身代わりだ。
「な、なんという、力、だ……」
観覧席から身を乗り出したクラリスは、ごくりと喉を鳴らして愛を見下ろしている。クラリスには、愛が何をやったのかが見えていた。愛は全てを力で解決する。実に愛らしい勝ち方だ。
「こ、こんな事が……」
アリスはエルザ=マリアの頭の上にへたり込んだ。いくらモンスターの魔力回路が超人的力を発揮するとは言え、これはさすがに規格外だ。いや、闘技場を破壊するくらいであれば、成せる者も存在する。しかし、愛はこれを直接的な打撃ではなく、腕の突きによる衝撃波のみで成したのだ。それが、アリスには信じられない、脱力してしまうほど、理解出来ない。
「……ふ、ふええ……お、思わず、魔力値を測定してしまいましたけどお……でもおっ……」
エスメラルダは、自身の持つ魔力回路アナライザーによって、咄嗟に愛の力を測っていたらしい。
「こ、こんな数値、あり得ませんよお……こ、こんなの、人間が出せる力じゃ、ないですよおっ……!」
エスメラルダは、荒い呼吸を繰り返す愛を、恐怖に彩られた瞳で見つめている。この瞬間、愛はエスメラルダにとって、人間では無くなった。誰よりも何もかも測定探査調査出来るエスメラルダにとって、愛は未知の存在となったのだ。その恐怖は、エスメラルダにしか分からない。
「うふふ。追い詰められて、とうとうリミッターが切れたのね〜。自分でも『これ以上の力を出すと、どうなるのか分からない』と無意識にセーブしていた力が、今、解放されたんだわ〜」
白く大きな聖帽から垂れるヴェールで隠されてはいるが、マーリンの表情は、きっと微笑んでいるのだろう。これは、オズワルドが覚醒した時と似ていると思えるからだ。
「コレハ、マサカ……」
エルザ=マリアは、何かに思い当たっているようだ。おかしい。今の愛を真に理解出来るのは、この場では教皇猊下マーリンと私のみのはず。そんなはずは無いのだが……まあ、いい。いずれ、エルザ=マリア本人に出会った時、話すとしよう。
しばらくして、闘技場の崩落は終息した。もうもうと立ち上っていた土煙もすっかり晴れ、ズダボロとなった制服により肌の露出がまずい事になっている愛だけが、そこに佇んでいた。
そう、ズダボロなのは、服だけだ。ウィリスの酸の霧による攻撃で肉を溶かされ、骨まで見えていたはずの愛の体は、元通り美しい少女の姿を取り戻していた。
「さて、結果は出たようだ」
凍り付いたかのようだった闘技場の時間を動かしたのは、国王陛下による拍手だった。国王陛下は、立ち上がって愛へと惜しみない拍手を送っている。
「お、おお」
「これは、もう」
「異論の余地は無いですな」
下の階にて、多数の貴族たちからのそうした声と共に、拍手が湧き上がった。一人、二人と席を立ち、拍手するにつれ、とうとう全員が立ち上がり、愛を讃えた。
「う、え? あ、あは。あははは。どーも、どーもー」
最初こそ頭をかいて照れていた愛も、ついには両手をぶんぶんと振り回して喝采に応えた。これは、いつもの愛だ。瞳の色も元に戻り、イマイチ頼りない理性や知性もちゃんとある。
良し。暴走するかと思ったが、なんとか帰って来たようだ。初めての制限解放にしては上出来だったな。
「どうかな、デューク・エルノースよ。彼女たちに、シールド騎士たる資格は無いか?」
国王陛下は、ひとつ下のバルコニーに立つエインズワースに向けて、穏やかな声で裁定を求めた。
「ふむ。それでは、此度の見極めの結果を、申し渡すといたしましょう」
エインズワースは国王陛下に一礼すると、声高に宣言した。
「アリス・ベルリオーズ、エルザ=マリア・フェルンバッハ、エスメラルダ・サンターナ、そして、アイ・トウジョウを、シールド騎士に叙任する。四名には、アヴァロンの騎士として、曇りなき忠義と献身を期待する」
ここに、プリンセス・シールドは、正式に結成された。
「やっ、たあああああーーーっ!」
愛が拳を突き上げた。
〜 第四章、完 〜