#17. ウィリアム・ウィリス
文字数 2,326文字
「アリス……むうう、頑張れ、アリス……」
「アリスが心配なのは分かりますが、声が出ていますよ、ベルトラン。エインズワースに聞かれてはまずいでしょ、それ」
「何だと、アーサー。俺が、声を出していたと言うのか?」
「そう言いました。無駄な反問はやめて下さい。あと、その無駄に暑苦しい顔もなんとかして下さい」
「おい。顔は生まれつきだ。それどうしようも無いんだが」
金髪の美青年、アーサーに言われては切なさ100倍だ。私はベルトランに同情した。
「むう。あいつは、まさかウィリアム。ウィリアム・ウィリスではないのか!」
愛の方へと突進する黒騎士を見て、クラリスが席を立った。
「ほう。まだ魔力回路を使ってもおらぬというのに、良く分かったものだな、クラリス。そうとも、あれはウィリアム・ウィリス。特殊強襲騎兵隊隊長、カーネル(大佐)・ウィリスだ。その昔は、確かおぬしの部下でもあったな。ふふ、ふふふふふ」
「き、貴様あっ! あんな、殺す事しか知らぬような者をっ!」
「ははははは。無礼だな、クラリス。殺す事しか知らぬだと? ウィリスは軍人だ。殺す事以外に、何を成すべきだと言うのだ?」
「貴様っ……、まさか、そんな事を、本気でっ……!」
クラリスは絶句した。口元を歪め、いびつに笑うエインズワースは、本気だと確信したのだ。
それにしても、特殊強襲騎兵隊、か。軍部の中でも、難易度の高い任務のみを与えられる少数精鋭で構成された部隊と聞く。その実力は、シールド騎士団と同格か、それ以上とも言われるが……これは、ますますまずい相手だ。正統騎士との相性は最悪と言えるだろう。
「愛、邪魔。エルザガヤル」
飛び出した愛の後方で、エルザ=マリアが円柱形の両腕を突き出した。腕には冷気が渦を巻いている。
「待って、くまさん! あいつ、愛を狙ってる!」
愛は全身でウィリスの殺気を感じ取っている。愛の背筋を悪寒が走った。直後、愛は刀を鞘に納め、駆けながら居合の構えを取った。
「バカ、愛!」
エルザ=マリアが叫んだ。
「全くだ。これは、思った通りの素人だ!」
ウィリスの黒い甲冑の隙間という隙間から、白い靄が大量に吐き出された。
「うわっぷ! 前、見えないっ!」
一瞬で靄に包まれた愛の視界は無くなった。目に映るは白のみ。他には、何も見えない。
「その隙だけで十分よ!」
だが、私には見えている。ウィリスは、細身の剣を愛に目掛けて高速で突き出した。愛には見えていない。いかん、これは刺さる!
「カチカチカッチーン!」
「うひゃああああ!」
エルザ=マリアが意味不明な声を上げると、靄が瞬時に氷結した。靄の粒子が凍った事で空間に隙間が生まれたおかげで、ウィリスの剣を視認した愛は、間一髪体をひねって避けきった。だが。
「逃がさん」
ウィリスの剣は、避けた愛へと方向を変えた。なんと執拗な剣なのか!
「おっとお!」
しかし、それも愛はギリギリ避けた。そして、愛が刀を鞘走らせた。速い! 避けたひねりを利用した抜刀だ! しかも、魔力回路モンスターを発動させての超速度抜刀術! これをかわせる者などいないはず!
「オオ!」
エルザ=マリアが奇声を上げた。ウィリスは、胴から真っ二つに斬り裂かれた。
「あれっ?」
が、そのウィリスは、さらさらと消滅した。斬ったウィリスは、霧で出来た幻影だ。愛は斬った刀の手応えの無さに体勢を崩し、よろめいた。
「もらった!」
その上から霧を突き破り、剣を振りかぶったウィリスが現れた。愛は抜刀したまま、腕が伸び切ったままだ。まずい、防御が間に合わない!
「伸ビロー、槍ー!」
刹那、エルザ=マリアが地を叩いた。叩いた地面からは、鋭利に尖った氷柱が、ウィリス目掛けて伸び上がる。
「ちいっ!」
ウィリスは、それを剣で薙ぎ払い、再び霧の中へと消えた。
「危なっ。ありがと、くまさん!」
愛がエルザ=マリアに笑いかけた。
「ウルサイ。エルザの邪魔、スルナ、愛」
「うん、ごめんね! あいつ強いよ、くまさん! 愛と一緒に頑張ろうね!」
「ハア? エルザ、邪魔スルナッテ……ハア。モウ、イイ」
どう言っても楽しそうに笑う愛を見て、エルザ=マリアは諦めた。実際、コンビネーションは悪くない。この調子であれば、どうやら実力的に愛やエルザ=マリアの上を行くウィリスを相手にしても、なんとかなると思える。まあ、こうしたちまちまとした戦闘に於いて、私の見識などあまり当てにはならないが。私の戦い方は、圧倒的な力で圧し潰すのみだから。
しかし、そんな私の予見はやはり外れた。ウィリスの持つ魔力回路の厄介さだけは予想通りだったのだが。
「ふふ、ふふふ。面白い。思ったよりも楽しめそうだ」
ウィリスが、霧から姿を堂々と現した。しかし、その姿は。
「うえええっ! ちょっと、くまさん! あんなのアリなのっ?」
「アリ。ムシロ、普通」
驚く愛に、全く動じないエルザ=マリア。
「普通? 嘘だあっ! 人間、あんなに増えたりしないもん!」
ウィリスは、10人ほどに増えていた。
やはりこう使うのか。霧の魔力回路、ガバナンス・ミスト。
私は霧の幻影を操るウィリスに、魔軍参謀レイスを思い出していた。