#10. 愛 VS. クラリス
文字数 1,874文字
将軍は一騎討ちに反対のようだ。当然か。誇り高い侍が、しかもその頂点にある将軍が、実の息子ならまだしも、娘に戦わせるなど堪え難いはず。勝っても負けても恥辱となる。と言うよりは、ただ単に心配なのだろう。将軍も親なのだ。
(ふふふ。しかし、そんな感傷的な理由で邪魔はさせない)
私はほんの少しだけ力を振るった。
「ぬっ! これは?」
将軍の馬が嘶き前足を浮かせた。私が将軍の正面の地面を壁のように盛り上がらせたからだ。これでわずかながらだが時間が稼げる。
「いざ、勝負!」
愛が抜刀の構えで踏み込んだ。居合いでクラリスの首を飛ばすつもりだ。愛の思考は、指に嵌まる私には読み取れる。
「ふっ。私が何を要求するのかも聞かずに、いきなりか。負けるとは微塵も思っていないと見える」
踏み込んだ地を割るほどの愛の瞬発力を前に、クラリスは余裕で笑う。王族専属護衛騎士団ならば、侍と相対した事は無い。倭の主敵は、隣国エールスタを治めるレオパルディ辺境伯であり、それ以外の騎士は、倭と交戦したことが無いのだ。従ってクラリスは、鞘走る刀の神速を知らないはずだが、舐めているのか?
「その首、貰った!」
愛が刀を抜き放った。
「――っ!」
いや、抜き放つつもりが、出来なかった。
「ふふふ。どうした、倭のプリンセスよ。刀を抜かねば、私の首は取れないぞ」
「くっ! くっそおーっ!」
おやおや、愛は、なんとはしたない言葉を吐くのか。気持ちは分かるが、姫としての品格は忘れて欲しくないものだ。
「なんで? なんで刀が抜けないのっ? 愛、凄い力持ちなのにっ!」
愛が抜刀しようと足掻いている。右腕はぶるぶると震えている。これは間違いなく愛の全力だ。が、刀は抜けない。何も分かっていない様子の愛に、私は思念で説明してあげることにした。
(愛。それでは刀は抜けません)
「木霊ちゃん! なんでっ?」
「……ん?」
また愛は、私の思念に言葉を発して応えてしまった。そんな愛を、クラリスが予想通り怪訝そうに見ている。まあいい。愛が誰と話しているかなど、どうせ分かりはしないのだ。
(刀の柄頭に、クラリスの剣の切っ先がぴたりと当てられています)
「そんなの、見れば分かるよ! なんでこれだけの事なのに刀が抜けなくなるのかって聞いてるんだよ!」
「ふむ? これは奇怪な。お前、誰と話しているのだ?」
さすがに声が大き過ぎる。クラリスも尋ねずにはいられなくなっている。しかし無視する。
(ほら、前に大きな力士を、小さな普通の子どもが立てなくしていた事があったでしょう?)
「ああ、あれ? あの、お相撲さんのおでこに指を当ててたやつ?」
(それです。原理は同じ。力の始点を封じられているのです)
厳密には違うが、愛にはこの程度の説明が丁度いい。この子は理屈ではなく、感覚で理解する。
「なるほど、分かった!」
ほらね。
「そうか。クラリスは始めから剣を抜いてた。だから、ただ前に突き出すだけで、愛が刀を抜くより速く、柄に剣を届かせる事が出来たんだね」
愛はクラリスを睨みつけながら分析した。こういう飲み込みの速さは一級品だ。剣も始めにみるみる上達した。
「ほう。直情傾向型の脳筋馬鹿に見えたが……」
クラリスはそんな愛に対して大変失礼なことを呟いた。クラリスも愛を分析している。裏を返せば、興味があるということだ。
「これ、まずいよ木霊ちゃん。刀を抜くには退がらなくちゃならないのに、」
「そうだな。私は、お前が退いた瞬間を狙うだろう」
「先に言わないで!」
言いたかった事をクラリスに先回りされた愛は悔しそうだ。こういうの嫌いだから。
「くっそー、くっそー」
下品連呼。私は愛のこういう所が嫌いだ。愛は打開策が見い出せない。クラリスも動けないのだから慌てる必要は無いのだが、このまま膠着なんて退屈に過ぎる。やれやれ、仕方が無い。少しヒントをあげるとするか。
(落ち着きなさい、愛。君の戦法は刀だけでしたか?)
分かるかな? もっと直接的なヒントの方が良かったか? 5歳児でも分かる言い方にしようかな?
「あ! そっか!」
愛の瞳が輝きを取り戻した。これで分かるのか。戦いについては理解力が凄い。これは姫としてどうなんだ?
「お? ふふふ。何かやるつもりだな」
笑っていられるのも今のうちだ、クラリス。
愛の本当の力を見せてあげよう!