#7. 一つの命
文字数 2,543文字
「今だ! 主砲、撃てっ!」
ジャン=ジャックが鍵盤を力強く叩き付けた。直後、今までずっと沈黙していた三連装の主砲が4門とも、鬱憤を晴らすかのように雄叫びを上げた。
「ギュエエエエエッ!」
「あ! 当たったあ!」
「全門命中ですわ!」
計12発の40センチ弾が、ワイバーンに悉く命中した。1発でも城の城壁など角砂糖のように粉砕する砲弾だ。さすがのワイバーンも悲鳴を上げている。これは効いたか?
「ギュウオオオオッ!」
しかし、ワイバーンは火の粉と白煙の中から、不死鳥の如く抜け出した。多少ふらついているが、仕留められるほどのダメージは与えられなかったようだ。
「ちっ、なんて硬いやつだ! 舷側砲台じゃあどうせ効かないと思って主砲に賭けたってのに!」
それでも、ジャン=ジャックは攻撃の手を緩めない。効こうが効くまいが、飛空船の攻撃手段はこれだけなのだから当然だ。対人間及び構造物であれば無類の強さを発揮する艦砲射撃だが、竜の眷属相手では分が悪い。
「今度も全て命中しましたわ。けど、ダメージは薄い……これは、属性の問題、ですわね、ジャン」
「んなこたあ知ってらあ。火の属性のワイバーンに、爆発の火炎は効き難いってこったろ。そんなもん、百も承知でやってんだ!」
ジャン=ジャックの指揮は的確かつ効率的で、舷側砲台による追い込みと、主砲の斉射によるフィニッシュは完璧だ。しかし、ワイバーンの防御力はそれを遥かに上回る。
「……水属性の、氷結系魔法が使えればっ……!」
アリスはぎゅっと小さな手を握り締めた。
「馬鹿言ってんじゃねえよ。精霊溜りのド真ん中で魔法を使うのは自殺行為だぜ。そもそも、お前は今、魔法が使えねえだろが」
「分かってますわよ、そんな事。でも、このままでは……。仕方がありませんわ。エルザ=マリア」
「アーイ。呼ンダー?」
鎮痛な面持ちとなったアリスの呼び出しに、エルザ=マリアのくまさんが応えて現れた。どこにいたのか、空から降りてきたエルザ=マリアに、愛は「きゃーっ! くまさーん!」と大喜びで蝉のように飛び着いた。
「おま、アリス! エルザ=マリアなんか呼んで、何するつもりだ!」
「決まっていますわ。魔法で活路を拓きますの。わたくしの魔法で精霊溜りを誘爆させ、エルザ=マリアと飛空船の魔法障壁でそれに耐える。あとは風も元通りに吹いてくれるはずですので、ジャンの操船であれば、ワイバーンから逃げ切る事も可能なはず」
なるほど、それはいい手だ。水属性魔法による誘爆であれば、それでワイバーンも仕留められるかも知れない。そこまでの威力が無くとも、最悪怪我くらいは負わせられる。そうなれば、逃走の成功確率はぐんと跳ね上がる。
「そんな事は、この俺が許さねえぞ、アリス! お前、今魔法を使ったら、クラリスが死ぬって言ったじゃねえか! 俺はクラリスを死なせねえ! 俺はクラリスを絶対に守ってみせる!」
おお。とぼけた男だと思えば、こんなに熱い面もあったのか。しかし、やけにクラリスに拘っているようだが。クラリスもジャン=ジャックも、覚悟ある騎士と軍人だ。最小の犠牲で最大の生を取るのは宿命であり義務のはず。私情を持ち込めば、仲間が即全滅するケースなどいくらでもあるのだから。
「無理ですわ」
「無理じゃねえ! 主砲をこのまま浴びせ続ければ、ワイバーンといえども必ず弱る! やつには俺たちをどうしても沈めたい理由なんかねえはずだ。これを続けていれば、あいつは必ず逃げるはず! だから!」
「ですから、それが無理だと言っているのですわ」
「なぜっ?」
「惚けないで下さいな。ワイバーンからの火炎、あと何回防げますの?」
「うっ」
アリスの鋭い指摘に、ジャン=ジャックが言葉に詰まる。
「知ってたのかよ……」
ジャン=ジャックは苦笑いを浮かべた。
「当然ですわ。わたくしは、プリンセス・シールド副団長なんですのよ。あの火炎攻撃で消費する魔導炉の魔力と残りの魔力を鑑みた所、わたくしの計算では、あと3回ほどでこの飛空船は浮力を維持出来なくなりますわ」
「えっ? それって、落っこちちゃうって事?」
「墜落、イヤダー。ソレナラ、ワイバーン、殺ス。イイ? ネエ、イイ?」
愛はエルザ=マリアに抱き着いたまま、非情な結論に言及した。エルザ=マリアはただ殺したいだけのようだ。どうせぬいぐるみだからなのか、後先を考えてはいない。
……いや、これはどうやら、自立思考をしている、のか? アリスが「遠過ぎる」と言っていたのは、エルザ=マリア本体が直接操作していない事を示唆していたとも考えられる。何しろこのくまさんは、私すら知らない高等魔術で動いている。全て推測の域を出ないが。
「わたくしと、お姉様。二人の、いいえ、一人の命で、この船のクルー1200人が助かりますのよ。更には、今後のアヴァロン永劫の平和を占う愛までがここにいる。これだけの意義があれば、安い代償だと思いませんこと、ジャン?」
「うっ、う、う」
ジャン=ジャックの顔が苦悶に歪んだ。
待て、クラリスとアリス、一人の、命?
これはどういう計算か?
「いや、いやいやいや、待て待て待て! まだ、何か手がある! 俺が絶対になんとかする!」
「待てませんわ。ほうら、また!」
「きゃああああっ!」
「ウワー」
ワイバーンの火炎が飛空船の魔法障壁に激突した。魔法障壁に浮かび上がる幾何学的な紋様や模様が、何箇所か欠けて綻びを見せ始めた。これで、耐久力は後、2回。王都まで飛び続ける事も考えれば、あと1回が限度だろう。
これは、今度こそ私の出番か。……いや。
「何? あの蜥蜴みたいな、蝙蝠みたいな、鳥? ワイバーン? やっつけたらいいの?」
愛がくまさんからすとんと降りて、アリスとジャン=ジャックに不思議そうに尋ねた。