#17. 囁き
文字数 2,021文字
「門の前までに止められたのは幸いでした。ご苦労様、アリス」
フェリシアーノは満足している。デューク・エールストンとは、この東部方面の広大な一帯を統治する大公爵だ。その一部であるエールスタ辺境伯レオパルディの騎士団が一万、魔法のたった一撃で戦闘不能に陥った。これは普通、憂慮すべき事態だ。
「どういたしまして。これで新生プリンセス・シールドの価値がお分かり頂けるはずですわ」
アリスはますます反りくり返った。アリスは褒めると調子に乗るタイプだと私は確信した。
「ぬおお、おのれえ! どういうつもりだ、フェリシアーノ! 俺様は聖地エールスタを守護する聖なる騎士団なのだぞ!」
これは驚いた。馬の下から、一際華美な甲冑を着込んだ騎士が猛然と駆け出したのだ。公爵であるフェリシアーノを呼び捨てにするのは、間違いなくレオパルディ辺境伯その人だ。
「おお、なんと頑丈なやつだ。わはははは。おうい、レオパルディ。わしはここにおる。ここだここだ」
将軍はレオパルディの無事を喜んでいるように見える。楽しそうにレオパルディを手招きした。
「そこか、トウジョウ! 待っておれ、今すぐその首を刎ねてくれるわ!」
レオパルディは剣を抜き、激昂した。そんな風だから、毎度将軍の挑発に乗って罠にはまるのだ。防衛する側にとって、これほどやりやすい相手はいない。
「止まりなさい、レオパルディ」
「うっ! ぬぬううう」
しかし、レオパルディの前に銃士隊が現れた。10人ほどの銃士が、最新鋭ライフルのマズルを、レオパルディに向けている。これの弾丸は鉄の甲冑も難なく貫く。ただの騎士には、絶対に防げない。さすがのレオパルディも、これには唸るだけだった。
「面倒な人物が来てしまいました。正式に会談し、プリンセス・愛を引き受けて行きたかったのですが」
「良い。想定外の懸念は出来たが、愛ならば、おそらくなんとかするだろう。疾く連れ去られるがいい」
将軍は犬でも追い払うかのように手を振った。無礼極まりない仕草だが、フェリシアーノはそこに構う暇が無い。
想定外の懸念とは、おそらくクラリスの怪我の事だろう。愛をプリンセス・アヴァロン護衛騎士団に入団させるにあたり、危険度は低いと将軍は考えていた。いつでも王族を斬れる立場に愛がいれば、アヴァロン自体を人質にするのと同じな為、倭にはメリットしか無いと思っていた。だが、クラリスほどの騎士をあれほどの目に遭わせる者がいると判明すれば話は別だ。それどころでは無くなる可能性もある。
「よ、良いのか、将軍? 姫様はまだ子ども。一人ぼっちで何かあれば、心細い思いをするはずじゃ」
思った通り、愛を溺愛するジイはアヴァロン行きを迷いだした。重臣会議で決定した事は覆らないと、誰よりも良く知っているジイなのだが。
「案ずるな。一人ぼっちでは無い」
将軍は愛の指にはまる私を見た。
「木霊か。じゃが、木霊なぞ喋るだけの指輪じゃ。任せて良いのかのう」
ジイは私の力をあてにしていない。確かにここでは喋るだけだったので当然だ。
「では愛。達者でな」
「う、うん。行ってきます、お父様」
あっさりと送り出す将軍に、愛は寂しそうな顔を見せた。後の保障は何も無い、もしかしたら今生の別れになるのかも知れないというのに、将軍の態度は私にも薄情に思えた。
おっと。このまま愛が旅立っては、せっかくのお膳立てを無駄にする。私もやる事はやらなければ。愛を強くする。それが私のやるべき事なのだから。
(さて。では、フェリシアーノを使うとするか)
私は魔法による念話をフェリシアーノに送る事にした。指向性を高めれば、アリスやエルザ=マリアのような魔法騎士にも傍受される事は無い。他に優秀な魔導士がいれば厄介だが、いないのは確認済みだ。
(フェリシアーノよ。いいのか?)
「なに? 誰だ?」
フェリシアーノは周りを見渡す。しかし、指輪である私からの念話だとは分からない。指輪が魔法を使うという可能性を勘案する馬鹿はいない。
(いいのか? 飛空船は、倭の先制攻撃を受けている。被害はどうだ? 死者がいるのではないか?)
「な! なぜそれを!?」
私は魂を操る者。飛び去る魂魄を見逃す事は無い。愛の手斧によって、飛空船の誰かが死んだ。この責任は取らせなければならない。
(国王専用飛空船の乗員に選ばれるほどの者だ。有耶無耶には出来まい。倭の侍の首一つくらいもらって帰らねば、世論が許さないのではないのかな? なにしろ和平の使者の一員が、殺されているのだからな!)
私はフェリシアーノの心に、悪意を込めて囁いた。