#3. プリンセスの初公務
文字数 1,982文字
「ええ、と。では、新生プリンセス・シールドには、早速イレギュラーな事案が舞い込んで来ていますので、それについて説明を」
プリンセスを机に座らせたフェリシアーノは、その横に後ろ手に立ち、議題を切り出した。
「いきなり公務か、フェリス? プリンセスに?」
クラリスは跪いたまま顔を上げた。愛はその後ろで同じように跪いているが、まるで抜け殻のようだ。頭は空っぽで、目は開いていても何も映してはいなかった。プリンセスとの出会いが、愛にこれほどの衝撃を与えたのだ。
見れば、プリンセスも人形と区別がつかないほど生気が無い。おそらくは、愛と同様、何も考えられないでいるのだろう。
「何度も言いますが、私の事は、デューク・エールストンと呼びなさい、クラリス。ええ、公務です。それも、デューク・エルグランからの依頼です」
「エルグラン? 公爵家が? なぜ、王家の公務などした事が無いプリンセスに? 何の依頼をしてきたと言うのだ?」
「ああ、ああ。まあ待ちなさい、クラリス。説明しますから」
余程意外だったのだろう、矢継ぎ早に聞くクラリスを、フェリシアーノは軽く手を挙げて制した。クラリスは「すまん」と一言、口を閉じた。
「実は今、エルグランでは獣人が暴れています。プリンセスには、その"盾"、つまり、シールド騎士の力を以って、それを治めて欲しいとのご請願がありました。この件、デューク・エルグラン名義ではありますが、問題の地はフォルスナロウ。ブランドル伯爵家が統治を任されている領地です」
「フォルスナロウだと? よりによって、何というデリケートな場所で暴れているのだ、その獣人は。下手をすると、大変な事になるぞ」
「そうです。いくら手強い獣人だからと言っても、軍務省に頼めば問題は悪化しかねません。あんな所に軍を率いて行くのは、寝ている赤子を起こしかねない愚挙ですから」
「赤子などという可愛げのある者でも無いが……なるほど、だから、我々を」
「そうです。これは少数精鋭でしか成し得ない公務なのです。それも、最強クラスの騎士で編成された部隊でしか不可能な作戦となる」
「では、まさか。その、敵とは」
ふむ。ここまで聞くと、私の脳裏に浮かぶ敵は一人だ。彼ならば、フォルスナロウで暴れるのも納得がいく。
フォルスナロウとは、竜王ゲオルギウスが眠る火山帯ドラムフォルスと、大河を隔てて隣にある地域である。ゲオルギウスは剣戟の音を極端に嫌う。軍隊が戦えば、寝ている赤子どころか眠れる竜王ゲオルギウスを叩き起こす事になる。ゲオルギウスの寝起きが悪ければ、フォルスナロウなど、全域が一息で焼き払われる事だろう。
そして、私の思い当たる獣人であれば、暇潰しにわざとそこで暴れるだろう。彼は退屈が大嫌いだ。刺激を求め、ゲオルギウスに嫌がらせをしに行っても不思議は無いし、むしろそれが彼の普通だ。
彼の名は、獣人王ウィンザレオ。
白銀の鬣と体毛に覆われた、獅子の頭と人の身体を持つ獣人である。ウィンザレオの脅威を掻い摘んで説明するならば、鋼鉄をも切り裂く爪、岩をも噛み砕く牙、音よりも速く動く身体能力を備える。そして、何よりも。
ウィンザレオは、不死身だ。
プリンセス・シールドがもしウィンザレオに挑んだならば、間違いなく全員殺される事だろう。今は、まだ。
最悪の敵を想定していた私をよそに、フェリシアーノがクラリスへと敵の名を告げるべく口を開いた。
「敵は、フェンリル。銀狼王フェンリルです」
誰だよ。思い切り予想を外した私は、心の中で思い切り突っ込んでいた。
「そうか。フェンリル、か。あの銀狼王が相手となれば、プリンセスの初公務を飾るには相応しかろう!」
不敵に笑んだクラリスは、満足しているようだった。
「ひっ、ひいいい! わわわわわ、私たち、あんな怪物を相手にするんですかああああ!」
エスメラルダは泣き叫んだ。あれ? もしかして有名なのか、フェンリル?
「フェンリル……スピードハ、獣人王ウィンザレオト同等ト言ワレル、敵。詠唱必須ノ我々魔術師ニトッテハ厄介ナ敵、ダナ」
エルザ=マリアには、若干緊張が走っている。あれ? そんなに強いのか、フェンリル?
「ほあー、ふー、ふほーん」
愛はほげほげと口を開けたまま、変な声を出していた。愛は仕事と敵にもっと興味を持つべきだと思いました。