#17. パレード
文字数 2,298文字
パレードの隊列先頭は、国王陛下の馬車が務めた。ベルトラン率いるキングス・シールドがそれを間近で護衛、前後には華美荘厳な儀仗騎士団が旗を掲げて付き従う。国王陛下は、馬車の窓から沿道を埋め尽くす人々に笑顔で手を振っている。
その後ろにはパレードの主役である愛を乗せたオープンタイプの馬車が続き、クラリスの騎馬が先導していた。愛の馬車の後方にはエルザ=マリアのくまさんが、きゅぽきゅぽとおかしな足音を立てて歩いている。
晴天の空にはカラフルな紙吹雪が舞い、沿道の国民は皆笑顔で愛の馬車を見送った。力一杯手を振る者、愛姫と叫んで万歳する者、並び建つ出店でひたすら飲み食いする者、買い物をする者などで凄い賑わいとなっている。つくづくお祭り好きな国民性だ、と私は半ば呆れていた。
「ありがとうー! みんな、ありがとおー! 愛です、よろしくねーっ!」
お祭り好きなら、愛とて負けるものではなかった。祝賀ムードに染まる街並みに、愛はぶんぶんと手を振り、馬車の上で飛び跳ねんばかりに応えている。
この歓迎ぶりは、フェリシアーノの手腕によるものだ。飛空船には政務省所属の広報官が同乗しており、ワイバーン撃退をパレードに先立って大々的に報道していた。即ち、愛は飛空船とそのクルーを救った英雄として広報されていたのだ。これで、倭のイメージは格段にアップしていた。
愛は昨晩と同じように美しい小袖打ち掛け姿でアヴァロン人の視線を一身に集めている。この様子を見れば、あのメイドもかなり満足した事だろう。着付けを終えるとどこかに消えてしまったが、何を考えているのか良く分からないメイドである。
「ちょっと愛。あんまり暴れないで下さいな」
「あ、ごめんね、アリスちゃん。でも愛、嬉しいんだもん!」
愛の髪の中には、アリスが隠れて耳打ちしている。クラリスの指示だ。アリスは愛が妙な行動を起こさないよう、監視する為ここにいる。こんなに近くにいても、私の存在は悟られていない。まあ、それが当然だ。指輪にある私の魔力を探知出来るほどの魔導師はまずいない。
「そうですなあ、姫しゃま。エンヤも嬉しゅうございますぞえ。うひぇひぇひぇひぇ」
「ねー、エンヤ! こんなに歓迎してもらえるなんて、愛、全然思ってなかったよー!」
そして、馬車には、なぜかエンヤも同乗していた。今までどこに行っていたのか、全くの謎だ。おかしな細工をしていなければいいのだが。まあ、それはさておき、私にはどうしても理解出来ない事がある。このエンヤに関してだ。
「ほう、さすがは倭のお姫様だな。見ろ、従者の女性もなんと美しいことだ」
「アヴァロンには無い美しさを持つ顔立ちだな。ふうむ、倭も捨てたものではない」
こんな感想が沿道の民から度々上がっているのだが、これはエンヤを指しての言葉だ。全く意味が分からない。エンヤは80過ぎの老婆なのだ。皺だらけで猫背で枯れているのが私の中のエンヤである。
「エンヤさん。一つ、質問してもよろしいですか?」
耐え兼ねた私は、エンヤに小声で問い掛けた。アリスには聞き取れないくらいの声だが、エンヤであれば必ず気づく。
「おお? なんじゃ、木霊? 珍しいの、おぬしが話しかけてくるなんて。よいとも。何が聞きたいのじゃ?」
やはり気づいた。老婆とは思えない聴力だ。
「ありがとうございます。いえ、エンヤさんのその姿についてなのですが」
「うむ? 何かおかしいかの?」
本気で聞き返しているのか、このババアは。おかしいに決まっているだろう。と、そんな気持ちは心の奥に仕舞っておく。
「あなたは、なぜ」
「うむうむ」
「なぜ」
「うむ」
「なぜ、若返っているのですか?」
「うむ?」
不思議そうな顔をするな。そんな顔をしたいのはこっちの方だ。愛の物よりも大人し目な桔梗の柄の小袖に打ち掛け、簪も小振りで控え目だが、この老婆、どう見ても、20歳前後にしか見えないぞ!
「なんじゃ、そんな事か。かっかっか。ほれ、皺など髪を上に引っ張れば伸びて消えるじゃろ? 後は化粧でどうとでも誤魔化せる。背筋も工夫次第でしゃんとするもんじゃ。わしゃ、忍者じゃからな。これくらいの変装など、技の内にも入らぬわい。かかかかかか」
マジかよ。本当かよ。本気かよ。嘘だろ。信じられないぞ。忍者、凄すぎるだろ!
「……なるほど。女性とは、とても怖ろしいものですね……」
「ああん? 何と?」
「いえ、素晴らしいですね、と」
「そうじゃろう、そうじゃろう。わしに惚れてはいかんぞえ、木霊や。かかかかかか」
誰が惚れるか。私は心の中で毒づいた。
「エンヤさん? さっきから、誰と話していらっしゃいますの?」
さすがに気になったのか、アリスが愛の髪からひょこりと顔を出した。
「うん? なあに、独り言じゃよ、妖精のお嬢ちゃん。わしゃ、年寄りじゃからのう。歳を取ると、一人で話す事が増えるのじゃ。ひぇっひぇっひぇっ」
「そ、そうなんですの? それならいいのですけれど」
見た目と発言のギャップ、そしてその内容の不気味さに怖れを抱いたのか、アリスはすぐに愛の髪の中に引っ込んだ。
何がいいんだ、アリス。私はアリスの発言に危うく突っ込みそうになっていた。